第359話 魔球
野球の世界大会の開幕戦。観客席は埋まりきり、会場は熱気に包まれている。選手たちは鍛え上げた肉体と、磨き上げた技でもって、勝利を収めるべく心を奮い立たせていた。
一回表。ピッチャーがボールを振りかぶり、バッターがバットを構える。青空の下、投げ放たれたボールが風を切り、真っすぐキャッチャーのミットめがけて飛んでいく。球種はストレート。球速はそこまで早くない。むしろバッターにはのろのろと飛んでくるように見えた。バットを振る。バットの芯で確かにボールを捉えた。はずだったのだが、なぜかボールはバットをすり抜けて、キャッチャーのミットに収まっている。
ストライク、という球審の言葉を、バッターは信じられない思いで聞く。その驚愕の表情を見て、ピッチャーはにやりと笑った。
それは魔球だった。ピッチャーが血の滲む特訓の末、編み出した驚異の技。特殊な回転をボールに加えることによって、バットが振られる風圧に敏感に反応し、衝突を避けるのだ。それによって、決して打つことはできない。
二球目が投げられる。バッターはボールの動きから目を離さない。同じ魔球。のろのろと飛んでやってくる。
バットが振られる。カキーンという軽快な音に、今度はキャッチャーが驚愕した。打てるはずがない球を、いとも簡単にバッターは打った。
バッターとて血の滲む特訓をしていた。それは魔打であった。特殊な軌道でバットを振ることによって、空気の流れを操作し、バットにボールを吸い寄せる。そして必ず打つことができるのだ。
ボールが低い位置を飛ぶ。ワンバウンドして速度が衰えるとゴロになる。そのまま一塁と二塁のベースの間を抜けた。ライトがそれを拾おうとする。しかし魔打の効果はまだ終わっていなかった。魔打で打たれたボールは、グローブに収めようとした瞬間に跳ねて、必ずこぼれ球になるのだ。
しかし、おかしなことに、そうはならなかった。それはライトが魔捕球の使い手だったからだった。特殊な握り方によって、球を決してこぼさない。すぐに一塁に球が渡されて、即座にアウト。に、なるはずだった。
通常のバッターであれば、到底ベースを踏むことは間に合わない。しかし、このバッターは魔走を極めていた。特殊な脚運びによって、肉体の限界を超えた速度で走ることができるのだ。魔走によってバッターは足を踏み出す。
けれども、思ったように速度は上がらない。なぜだ、とバッターは心のなかで疑問をくり返した。
それは一塁ベースを守るファーストが魔走封じを会得していたからだった。特殊な構えで集中力を奪い、脚運びを乱すのだ。これによってバッターは走りはのろまなカメ同然になってしまっていた。
ライトからファーストに球が送られる。これも魔送球だったので、そのままアウトが確定。
と、いうわけにはいかなかった。バッターは最後の意地で、魔送球封じを放ったのだった。魔走封じと同じように、集中力を奪って、魔送球を魔捕球する動作を乱したのだ。
結果、魔送球された球をファーストはとり落としてしまう。チャンスとばかりにバッターが走るが、すぐさまボールは拾われて、結局、間に合わずにアウトになってしまった。
魔と魔が交わる凄まじい戦い。研ぎ澄まされた技術がぶつかり合う様に、魔審眼によって試合を見守る球審や塁審たちも気を引き締めた。
両チームの選手たちはお互い実力の高さを認め、全力をもって勝負に挑んだ。
「なんだよこれ」
観客席で声が上がる。
「のろのろボールを打って平凡なゴロ。走りものろのろだし、ファーストもエラー。大した試合じゃないな」
「ほんとだよ」
隣の席の観客が同意して頷く。
「戦いのレベルが低すぎる」
「これなら俺の方がうまいぜ」
ふたりはそんな言葉を交わしながら、酒をあおって試合に野次を飛ばし続けた。




