第356話 自動的
部屋のなかでは自動掃除機が床面を音もなく滑り、自動的にゴミや埃を回収している。部屋の主はソファに座って、音楽に聞き入っていた。そうしていると自動調理器が食事を作り、それが自動で目の前のテーブルに出される。自動食事装置がそれを口に運んでくれた。
なにもかもが自動化された世界。人々は指一本動かさずに、快適な生活が保障されていた。
食事を終えると、自動的に歯が磨かれ、自動的にパジャマに着替えさせられ、自動的にベッドに運ばれる。洗濯も自動。人々は皆、そんな生活を送っていた。
出かけたいと思えば自動的に運ばれた。仕事はまだすべてが自動化されていなかったが、日常生活が完全自動化されたことで、休む時間が増え、健康に仕事に励むことができるようになっていた。
自動的に街を行き交う人々。買い物をしたり、旅行の途中だったり、家族や恋人と散歩を楽しむ。そんななか、ひとりの男がばったりと倒れた。
すぐさま自動的に救急車が呼ばれて、自動的に病院へ担ぎ込まれる。
「大丈夫ですか」
医者が声をかけた。しかし全く反応がない。放心状態。魂が抜けたような虚ろな目つきで、どろんと宙を見つめている。
「どうしたんだろう」
「見たことがない病気だ」
「奇病に違いない」
何人かの医者が男を診察したが、誰もが匙を投げてしまった。
患者は生命活動にこそ問題はないものの、とにかく無気力。
以前までの世界であれば、生命維持装置につなげなくてはいけないような容態。けれど、今はそんな心配はなかった。なにせ生活の全てが自動化されているのだ。指一つ動かせなくても、生活には問題がなかった。
男は家に帰されて、生活を続けた。少なくとも貯金が尽きて、自動装置が動かなくなるまでは、男は生きることができる。医師たちはその間に、この奇病の原因を探る努力をした。
やがて、また同じ奇病患者が病院に運ばれてきた。魂が抜けたような顔つき。無気力そのもの。肉体の隅々まで調べられたが、異常は見当たらない。そして、奇病の患者はみるみるうちに増加して、日に何十人も運ばれて来るようになった。
「やはり精神的なものなのだろうか」
医者たちが顔を突き合わせて、患者たちの診断結果を見比べた。
「しかし脳のCTスキャン画像を見てもなんともないぞ」
「脳は複雑だ。どんなちっぽけなきっかけで病気が発症しているかも分からないぞ」
「それもそうだ」
「やはり脳をもっとよく調べるべきだな」
医者たちは頷き合った。そしてひとりがこんなことを言い出した。
「もしかしたら、この自動化されている生活が要因なんじゃないだろうか」
「どういうことだ?」
「生活を自らの手で行っていた時には使っていた脳の部位を、今は使わなくなっているはずだ。そこが退化してしまって、こんな症状になって表れているのかもしれない」
「ふむ」
聞いていた医者たちは首を捻る。
「とにかく患者たちの生活を確認して、比べてみればある程度の傾向が分かるかもしれん」
それはさっそく行われた。確かに皆、日常生活が全て自動化されている。しかしそれは現代であれば一般的な生活。法則性のようなのもは見つからなかった。
「やっぱり違うんじゃないか」
「そうだ。もしそんな原因であれば、全人類が罹患することになってしまう。そうなったら絶望だ」
そんな不安はすぐさま現実のものになろうとしていた。続々と患者は増えていく。医者たちのなかにも奇病に侵されるものが現れ、事態は非常に逼迫したものになった。解決策を発見できず、人類は奇病になすすべもないのであった。
突然、初めに奇病にかかった男が目を覚ました。それを契機にして、他の患者たちも生気を取り戻して、みるみる元気になっていった。
理由は分からない。けれど、突然にして病魔は立ち去り、人類は救われたのだった。
「やはり過度な自動化が原因だったのだろうか」
人々は言い合った。そして、それからはほんの少しずつ、人の手によって生活が営まれるようになっていった。
「神様。やっと終わりましたよ」
天使が言うと、神様は額に垂れる汗を拭って、
「皆、ご苦労様でした」
と、天使たちの仕事をねぎらった。それから天使たちを見下ろして、厳かに言い渡す。
「これからは各自以前のように一つひとつ魂を回収してもらうことになります」
天使たちからブーイングが起こる。神様はそれを手で制して、
「また、今回のようなことになってもいいんですか」
と、全員を見渡した。これには天使たちも口をつぐんで、がっくりとうなだれながら、神様の言うことを受け入れた。
「しかし、自動魂回収装置が壊れちゃうんなんてね」
天使のひとりが溜息をつく。
「間違って回収された魂を戻す作業はもうこりごりだよ」
「ああ。全くだ」
言い合って飛び立っていく。そうして天使たちは今日も世界中を飛び回り、手仕事によって魂を回収する作業にいそしむのであった。




