第348話 毛のない生物
凍りついた状態で発見されたその新種生物は奇妙な毛の生え方をしていた。頭から背中にかけてはつるりとしていて、うつ伏せの状態だとハダカデバネズミに見える。大きさは中型犬ほど。形も犬に似ている。四本の足と尻尾を持ち、尻尾にはふさふさとした毛が生えている。その尻尾の先端部分はちぎれたか、食われたように失われていた。
尻尾から尻、そして腹にかけては長毛で被われており、足は頭や背と同じようにつるりとしていた。爪はなく、ヒレがついており、水中を泳いでいたのかもしれない。
調査隊がその氷漬けの死体を持ち帰り検査したところによると、皮膚の状態から察して、元々は全身が毛に被われていたものの、進化の過程で腹と尻、尻尾以外の毛がなくなったのではないかということだった。尻尾はちぎれているが、生命活動に問題はなかったという。リスなどのように尻尾が抜ける構造になっており、元々外敵から逃げるために、尾を切り離すことができるようになっている、ということだった。
胃のなかには植物の残骸が確認され、草食だと判明した。その植物は海藻ではなく陸上のもの。手足がヒレのようになっているとはいえ、ペンギンやカワウソなどと同様に水中ではなく陸上で暮らしていたらしい。研究者たちは、その体の構造からせいぜい下手な犬かきをするのが限界だったであろうと考えた。
毛が必要なくなった要因は判然としなかった。この新種が生きていたと推察される時代、発見地は寒冷状態にあった。当然体温を守るために温かい毛衣が必要だったはず。腹と尻だけを毛で被っていてるぐらいでは不十分に違いなかった。
新種生物の生息場所だけは温かかったのではないか、棲みかを温かくする術を持っていたのではないか、別の温かい生物と共存関係にあったのではないか、様々な意見が飛び交った。そもそも、その時代に寒冷地帯だったという大前提が間違っている可能性があると指摘されたりもした。
多くの研究者が検討した末に出した結論は、寒かったが我慢していた、というものだった。それ以外には考えられなかった。非常に非効率ではあるが、日に大量の食物を食べて、体温を維持するためのエネルギーを確保していたらしい。それだけ食べ物が豊かな時代だったのだろう、という推測もあったが、やがてそれも否定され、謎は深まるばかりであった。
そうしているうちに、新たな個体が発見された。
見つけられた場所は、初めにその生物が発見された氷床からさらに深く掘り進んだ地点。つまり、より古い時代の同種生物。
それは一体目と酷似した骨格と体格をしていたが、毛の生え方が違った。頭だけがつるりとしていて、背や四肢にはうっすらと毛が残っていた。さらに掘り進められると三体目が見つかった。前二体に比べてかなり古い時代に生きていた三体目は、全身に毛が生えていた。
これらは時代を重ねるたびに、毛を失う方向に進化したという裏付けとなった。研究者たちは更なる発見に向けて尽力した。
調査の甲斐あって新しい個体がいくつか見つかったが、そのどれもがうつ伏せで縮こまっている姿勢。それに注目した研究者がいた。まるで毛を隠しているようだという。体毛の役割は保温だけではない。外部からの刺激、攻撃から身を守るというのも主な役割。その後者が毛を失った大きな要因ではないかとその研究者は考えた。
そう考えはじめたきっかけは、毛のない新種生物とは別種にあたる、第二新種生物の発見だった。その生物は鋭いくちばしとコウモリのような翼手を持っており、空を飛んで狩りをする肉食の動物。非常に頑強な体の構造をしており、翼を広げれば人間の体長をゆうに超える大きさ。この第二新種生物は、同じく氷漬けで発見された第一新種生物たちよりも、ずっと新鮮な状態であったので、生態についての調査は速やかに進められた。
判明したのは第二新種生物はケラチンを察知して襲う性質があるということだった。ケラチンは毛や爪を構成するタンパク質。第二新種生物は生き物の毛をケラチンで判別して狙うというのだ。
これは確かに効果的な戦術に思えた。毛は生物の弱点を守るため、弱い場所ほどより濃く密生する。ここが弱点であると知らせているようなものだ。第二新種生物は一番の弱点を鋭いくちばしで一突きにして仕留めるのだ。
この第二新種生物の胃から第一新種生物のものと思われる尻尾が発見されたので、いよいよ毛が失われた原因が明らかになってきた。
第二新種生物は第一新種生物の天敵。捕食者だったのだ。第二新種生物は毛が生えている部分を狙う。だから第一新種生物は毛を失う方向に進化した。毛が薄い個体が狙われずに生き残り、自然選択の末に、毛がない個体が繁殖、結果として、頭と背、それから四肢に毛がない生物になった。爪を持たないのもケラチンを察知されないため、という同じ理由に違いなかった。尻尾の毛はおとりとして使うのために残っていたのだろう。
氷漬けの第二新種生物がそれからいくつも見つかり、その更なる詳しい生態が明らかになってきた。第二新種生物は調べれば調べるほど、凶悪かつ強靭な生物で、もし現代にこんな生き物が存在していたら、非常に怖ろしいことになるに違いないと思われた。
なにしろ人間は毛の生えた頭を丸出しにして過ごしているのだ。第二新種生物にとってはそこを狙ってくださいと言っているようなもの。研究者はこの生物が既に絶滅していることにほっと安心しながら、その妙に生々しく、新鮮な遺体を眺めた。




