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井ぴエの毎日ショートショート  作者: 井ぴエetc


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第340話 潔癖王子と眠り姫

「さあ。姫に口づけを……」

「えっ!? ……いやです」

「へぇ?」

 小人が目をまんまるにして王子を見つめる。王子は困惑こんわくしきっていて、その眼差まなざしは説明を求めていた。


 白馬に乗った王子が森に迷い込んだのは偶然。野原を横切り国へ帰る途中、野犬が飛び出してきて、驚いた馬がけだしてしまったのだ。ともの者たちが追いかけてくるのも振り切って、そのまま見知らぬ森へ。白い雪がちらちらとい落ちる森のなか。自分そっくりの雪だまりを前にしてやっと白馬が立ち止まったそこは、深い木陰こかげが散らばる場所だった。

 出口が分からず、比較的明るい道を選んで馬を歩かせると、小さな足跡あしあとを発見した。獣でもいるのかと思って警戒けいかいしたが、よくよく見るとくつの跡。子供に違いない。村が近くにあるはずだ。そうして辿たどった先にあったのは不思議な小人たちが暮らす小屋であった。

「もしやあなた様は、どちらかのお国の王子様で?」

 聞かれて王子が「その通りですが」と返すと、小人たちは感嘆かんたんした様子で、花でいろどられたベッドに横たわるうるわしい女性の元へ連れて行き、口づけをするようにと王子に言ったのだった。


「なぜこのお方に口づけを?」

「姫は呪いによって永遠の眠りにとされているのです」

「姫? 呪い?」

 王子は「もしもし」と横たわっている女性に声をかけて、軽く肩をゆすってみる。まるで死人のように肌が白い。体温も冷たかった。手首をにぎって、みゃくをとる。かろうじて生きているというような弱い鼓動こどう。口元に耳を近づけて呼気こきを確認すると、ほのかな吐息といきが感じられた。

「なるほど。このお方はひど衰弱すいじゃくしておられるようだ」

「姫にかけられた呪いは王子の口づけによって解かれるのです」

「姫とおっしゃられるが、そのような身分の方であれば、なおのこときちんと医者に診せられたほうがよろしいでしょう」

 王子が至極しごく真っ当な意見を小人にいうと、小人は顔を悲しみで染め、今にも泣き出しそうなふるえ声で姫の身に起きたことを語った。

「このお方はここから北にある雪の国の姫様。その国をおさめる王女は冷酷で、嫉妬深く、我が子である姫の美貌びぼうねたんだのです。そしてこの森に幽閉ゆうへいしてしまった。我々小人は森の外の人々には小鬼とも呼ばれて悪しき存在とされていました。きっと我々が姫の命を奪うとでも考えたのでしょう。そうして自らの手を汚さずに済むようにしたのです。しかし、我々は外の人々が思うような存在ではありません。ただつつましやかに暮らす、森の民に過ぎないのです。姫は我々を怖れず、それどころかとても親切に接してくれました。姫の誠実な人柄に我々は心動かされ、身の回りの世話をさせていただいていたのです。ところが……」小人は苦悩するように頭を振って、

「我々と姫様のことが王女の耳に入りました。王女は姫が無事でいることに怒りをあらわわにして、ついに自らの手で姫の命を奪い去ろうとしたのです。そうして姫にのろいをかけました。我々森の民もまじないにはけていますが、王女の呪いはとても強力でした。一命をとりとめることには成功はしたのですが、呪いの後遺症で眠り続けるようになってしまったのです」

 王子は神妙しんみょうに小人の話に耳をかたむけ、同情のこもった眼差しを姫に向けた。

「我々は長い時間をかけて、呪いを薄めましたが、あと一息足りません。王子が姫の口から息を吹き込んでくだされば、目が覚めるのです」

 うん、とうなずいて「話はよく分かりました」とベッドの横に座っていた王子は立ち上がった。

「しかし僕はちょっと……」と、言いよどむ。

「どうしました」

「見知らぬ方とくちびるを合わすことに抵抗があるのです」

「そんな、人命救助ですよ。人工呼吸だと思って、そこをなんとか」

「僕は潔癖のきらいがありまして……、手をにぎるぐらいなら我慢できますが、これは耐えられる限度を超えていますよ」

 小人は思ってもいなかった展開に落胆らくたんを禁じえなかった。王子が颯爽さっそうくちびるうばい、姫が目覚め、そのままハッピーエンドへ一直線になるであろうと夢見ていたのだ。

「どうしたら口づけしていただけますか?」

「どう、と言われても……そうですね。水で洗った葉っぱなど乗せて、その上からならなんとかなるかもしれません」

 姫のくちびるが洗った葉っぱ以下だという事実に小人は衝撃を受けつつ、

「それでは意味がありません」

 と、首を横に振る。

「呪いを解くには息を吹き入れる必要があるのです。葉っぱしだとうまくいきませんよ」

「そもそもこうばっちりメイクされていては、口紅やファンデーションがつきそうですし」

 王子が来たと聞いた小人たちが、慌てて姫をかざり付けておいたのだが、それが裏目に出るなどとは思ってもいなかった。

「朱もおしろいも野に咲く果樹からとった天然のものです。ついてもなんともありませんよ」

 説明されても王子は「そうですか?」と眉をしかめている。

「お気になさるのなら、今すぐメイクを落としましょう、それならどうです」

「いや、でも、やっぱり」

 と、王子は逃げ腰。しかたないので、小人は切り札を使うことにする。

「姫が目を覚ましたあかつきには、おふたりは永遠の愛で結ばれることになります。このうるわしい姫がきさきになるんです。素晴らしいと思いませんか」

 小人は姫の素晴らしき人柄を想い、この王子がうらやましいと思ったが、そんな言葉は「それは困ります」とあっさり否定されてしまう。

「僕には婚約者がいるんです。もしこの方が目を覚ましたとしても、妻にむかえるわけにはまいりません」

 小人はこれは厄介やっかいなことになったぞ、と考える。

「そもそも王子でないといけないんですか」

 痛いところを突かれて小人は口をつぐんだ。実を言うと王子でなくともよかった。ただ小人たちが姫の先行きを案じて、そうしようと決めたのだ。姫はもう自国に戻ることはできない。居場所がないお方。王子に見初みそめられ、別の国の姫となられるのが良かろう、ということになった。そして、野犬にまじないをかけて、王子を見かけたら、この森に誘導するようにしていたのだ。

 しかし、これでは目を覚ましたとしても、王子はそのまま帰ってしまうだろう。どうにかしなければ、と小人は頭をひねる。姫に一生を森で過ごさせるのは不憫ふびん極まりない。次に別の王子が来るのはいつになるとも分からない。今が最初で最後のチャンスかもしれなかった。

「その婚約者の方と別れてもらうわけには……」

「できるわけないでしょう」

 当然の返答。

「……では、側室という形でも」

 姫には申し訳ないと思いつつ、提案してみる。

「それは僕の妻となるべき人と相談しなければ……、僕の一存で決めるような不誠実はしたくありません」

 つっぱねられて、いよいよ小人は頭をかかえる。

「客人という形ではどうです。とにかく姫をそちらの国に置いていただきたいんです」

「僕の国は貧しい土地ですから、城に、という形にはいかなくなるかもしれませんが」

 こう言われて小人は悩む。苦しい森の生活をいられていた姫を、できれば城での暮らしに戻して差し上げたい。そうしてしばらく考えたあげく、

「姫を雪の国に連れて行って下さいませんか」

「どういうことです」

「姫には素晴らしい求心力があり、国民から強い支持を得ていました。そういう意味でも王女にとっては邪魔な存在だったのです。姫が死んだと発表され、国民は悲しみに暮れています。生きていることが分かれば、国民の怒りによって王女は断罪され、姫が国を治めることになるでしょう。そうすれば、王子の国は雪の国と国交なさればよろしい。雪の国は豊かであり、先程貧しいとおっしゃられた土地も、いくらかうるおせるでしょう」

 これが実現すれば万々歳ばんばんざい。姫は自分の国に帰れて、申し分ない結末。

「クーデターに加担かたんしろ、という風に聞こえますが」

「いえいえ、そういうことでは……ありますが、雪の国の国民たちは女王の圧政に苦しんでいます。それを助けると思って」

「こんなことは、こちらでうかがった話を鵜呑うのみにして判断するわけにはまいりますまい。豊かという話の雪の国と敵対して、我が小国が攻撃されでもしたら、国民に申し訳が立ちません」

「ごもっともで……」

「その前に、僕が姫を起こすという約束もしていないのですよ」

 それはそうだ、と話が振り出しに戻ってしまう。

 その時「あっ」と小人は名案を思いつく。「王子のお知り合いの王子を紹介してもらえませんか、その方に姫をお願いするというのでは」

「うーん。どうでしょうか。皆、妻帯者で、小国ばかりが身を寄せ合っているような具合ですから、全員僕と同じような反応をすると思いますよ」

 がっくりうなだれる小人をなぐさめるような視線を王子はしばらく向けていたが、やがて、

「あなたが王子になればどうです」

 と、静かに言った。

「私が? 王子?」

「先程、仰っていたような姫を連れての国の奪還だっかんが可能であるならば、あなたがなさればよろしい。そして姫と一緒になって王子、いや王になりなさい。今までのお話をお聞きした限り、あなたは姫のことを深く深く想ってらっしゃる。雪の国の国民のこともね。僕などよりもよほど夫としてふさわしいですよ」

 押し付けるように言うだけ言って王子は颯爽さっそうと小屋を出ていく。そうして外にいた小人に帰り道を聞いて、白馬にまたがり去ってしまった。


 数年後、王子は雪の国の王女が崩御ほうぎょしたことを知った。そして死亡したとされていた姫が戻り、その座についたのだという。姫は結婚したらしかったが、その相手の背丈については、小さい、などという話は一切聞こえてこなかった。

 王子は、あの小人たちは姫のことを本当に心より想っていたのだと知り、力になれなかったことに対する申し訳なさがほんの少しにじんだ。しかし、すぐに頭の隅に振り払い、領土の民のことだけ考え、今日も王子としてのつとめにはげむのであった。

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