第319話 魂の重さ
魂の重さが二十一グラムであるというのはダンカン・マクドゥーガルなる人物の測定結果であるが、俺はこの説に異を唱えたい。同氏の実験結果でも重量のばらつきはあったようだが、なんにせよこれは軽すぎる。魂はもっとずっしりと重く、俺たちの体の中に納められているはずなのだ。
例えば子供と大人では魂の重さは違うはずだ。俺の考えでは老人ともなると、その魂は途方もない重量になっているはず。骨と皮になった体のほとんどが魂の重さで占められているに決まっている。精神の成熟と魂の重さは比例するというのが俺の持論。だが今はまだこれが妄想に過ぎないということも自覚している。
俺はこれを証明しようと考えた。
そのために俺は数々の精神修行をこなした。その結果、今では魂が磨き上げられ、肉体の隅々にまで充満している自負がある。
いよいよ俺の魂の重さを量り、二十一グラムなんてちっぽけな重量ではないことを証明する。俺が偉大なる魂の持ち主であることを証明するのだ。
二十一グラムという結果が得られたという実験は、人間の死ぬ前と死んだ後の体重の変化を測定したらしい。しかし死んでしまっては俺自身がその結果を知ることができない。俺は考えた。そんなことをしなくても、要するに魂が肉体から離れればいいだけのこと。つまり、幽体離脱。
その道のプロである霊媒師を呼んで、幽体離脱を体験させてもらうことにした。体重計は準備してある。体重計の上に板を乗せて、その上に俺が横たわる。
霊媒師が喝を入れると俺の肉体から魂が飛び出る。はずであったが、どうにもうまくいかない。霊媒師が何度か試すが、失敗が積み重なるばかり。
霊媒師はこれは俺の体質の問題だと言った。霊体、魂が体から抜け出るのに適してないのだという。残念ではあるが、俺はこの事実を喜ばしくも感じていた。おそらく俺自身の魂が重たいことを示しているに違いなかったからだ。重量のある魂が肉体から離れにくいのは当然のこと。
とはいえ、やはりきちんと計測して確証が欲しい。どうにかならないかと相談すると、修行法を授けてもらえた。それはまるで修験者の修行。野を駆け、山に分け入り、崖を登り、越えていく。俺は耐えた。そうしながら、霊媒について理解を深め、己の力のみで幽体離脱ができるように鍛錬をかかさなかった。
そうして、ついに俺は幽体離脱を成し遂げたのであった。
しかし、得られた結果は望んでいたものではなかった。俺の意識は確かに肉体を離れて己自身の体を見下ろした。そうして霊体となって体重計を覗き込んだ。しかし、その数値といったら、一ミリたりとも変動していない。体重計が故障しているのかもしれない。そう考えて一度肉体に戻る。体重計を確認するが、壊れてなどいないようだ。
近すぎるのかもしれない。今度はそう考えた。もっと遠く遠くへと霊体を離さなければ、肉体がその影響を受けてしまう可能性がある。だが、今の俺の実力ではそれほど遠くまで霊体を離すことはできない。俺は更なる鍛錬を重ねることにした。
俺のことを知った者たちが、どこからか集まってきた。俺はその者たちを弟子にして、修行を見てやることにした。皆一様に体重計とにらめっこして、己の魂の重さがその肉体から離れる瞬間を目撃しようとしている。一丸となれば必ず成し遂げられるはずだ。俺はそう固く信じて、仲間たちと一緒に励み続けた。
こうしている間も、修行によって俺の魂はますます重くなり続けているはずだった。
「ねえ。知ってる? 魂痩せのこと」
「なにそれ」
「あたらしいダイエット」
「魂が痩せるの?」
「ちがうちがう、魂を込めて痩せるってことよ。たぶん」
「へえ。まあそのぐらい本気でやりなさいってことなのかもね」
「そうそう。効くらしいよ。道場みたいな感じでさ。みんなで祈祷みたいなことするんだって」
「なんか怪しくない?」
「いやいや、成功すると、こう、魂が抜けたみたいに、気分が良くなるらしいよ」
「ふーん。ちょっとやってみようかなあ」
「一緒に行こうよ」
「あっ。それが狙いだったんでしょ」
「だめ?」
「いいよ。私もひとりじゃ続かないし」
「やったー。じゃあ予約しとくね」
「うん。お願いね」
「それにしても、変な名前だね。魂が痩せちゃったら消えちゃうのかな」
「さあ? みんながそう呼んでるだけで、ホントはなんとかかんとか修行法っていうムズカシイ名前なんだって。けど、なんにせよ魂が軽くなって、そのぶん痩せるんなら、それはそれでよくない?」
「たしかに」
「ね」
「でも見た目が変わらないのは困る」
「たしかに」
「ね」




