第317話 光の影
暗闇。
ちいさな光の粒が、雪が舞うように漂い、まるい惑星の表層を形作っている。
霧雨のカーテンを通り抜けるように、その内側に入り込むと、そこには光に覆われて仄かに輝く虚無がぐったりと横たわっているだけだった。
光の球の内側を突き抜けて、反対側から飛び出すと、通信装置が微かな信号を捉えた。それは声のようでもあり、楽器を打ち鳴らす音のようでもある。なんだか楽し気で、陽気にはしゃいでいる調子。じっと耳を傾けていると、薄く笑みがこぼれてしまう。
宇宙船の側面を超小型隕石がみぞれのように叩いてきた。船外カメラを確認すると、礫は自然に作られた形ではなく、おそらくそれらは生活雑貨と推察された。日常の匂いが濃く染み込んだ塊たちは、絡み合って、分かちがたい過去の一部を見せつけながら、ゆっくりとカメラにその姿を焼きつけるようにしながら去っていく。
旋回。
再び光の球を正面に捉える。緩慢に、慎重に、星が巡るように光の粒は球の外周を形作り、回転している。
光の粒の動きに何らかの法則を見つけようとして、船のメインコンピューターに計算をさせていると、燐光の膜の表面に裂け目を発見した。まるで外科手術が行われた痕のように、精確な直線が光を切り裂き、中心付近が左右に引っ張られたように歪んで、怪物が口を開けたようにも、巨大な一つ目のお化けのまぶたが開かれたようにも見える。
裂け目の近くに移動してその中を覗き込む。そこには先程、通り抜けた虚無だけがあるはずであったが、何か得体の知れない不気味な影が蠢いているように思えてならなかった。
まるで抜け殻。
文明の、惑星の抜け殻。脱ぎ捨てられたその残り香が、蛹の形を保ったまま、ただ宇宙を彷徨っているのだ。羽化した中身はどこにいったのだろうか。広く暗い宇宙を眺めても、その姿は見当たらない。
その時、光の軌道を計算していたメインコンピューターが、結果が出たことを告げる信号音を発した。映し出された数字の羅列を確認して、その意味するところを読み取る。裂け目付近の光の軌道の湾曲具合から察するに、羽化はつい最近起きたらしかった。これに本当に中身があったとしたら、それはすぐ近くにいるかもしれない、ということ。
船外カメラを全て起動させ、最大限の警戒態勢を取る。裂け目に背を向け、宇宙に浮かぶ無数の星々と正対する。
だが、そこには何もありはしない。
ただ宝石のように美しい輝きが満ち満ちているだけだ。
ふと、思うことがあった。この羽化は成功したのだろうか。蛹から生まれた昆虫は成虫になるべく、しわくちゃの翅をぴんと伸ばし、宙を翔けるべく広げる。しかしその過程で翅を伸ばしきれずに、蛹を抱えて死に向かうものもいるという。
反転して、裂け目を覗く。そこには物寂しい文明の残骸が、まだひっそりと息づいているような気がした。




