第315話 ボディーガードガードロボ
俺はボディーガード。要人の警護がその役割。
しかし近頃妙な世論が高まりはじめた。ボディーガードに人権を、と言うのだ。
どういうことなのかというと、近年、凶悪な犯罪が頻発し、ボディーガードの需要が増加しているのが原因であった。俺も様々な現場に引っ張りだこで、懐も潤い、不謹慎ではあるが誠に助かっているのだが、その波に乗ろうとした素人がボディーガードになり、凶弾に倒れるという事件が立て続けに起きた。
そうして人権団体が、ボディーガードは命を商品として売買する野蛮な商売だ、と言いはじめた。とはいえ常に命を狙われているような要人にとってはなくてはならない商売。非難するなら犯罪を起こすほうにしてもらいたいものだが、実態の見えにくい犯罪者たちよりも俺たちボディーガードを相手取ったほうが世論に訴えやすかったのだろう。
ともかくボディーガードという存在に対して様々な意見が飛び交い、その商売の形態にメスがいれられることになった。要点をまとめると、ボディーガード自体の命をしっかりと保証すればいいということだったので、俺の所属するボディーガード派遣会社はボディーガードを守るロボットを開発することにした。もともとガードロボの基礎は出来上がっており、商品として売り出す予定だったので、それを転用しようというわけだった。
要人をボディーガードが守る。ボディーガードをガードロボが守る。そんな奇妙な入れ子構造のボディーガードが誕生した。
新体制になってからの初仕事。要人を運ぶ車に、俺、そしてガードロボも同乗する。ちょっとだけ料金は割高になってしまったが、そこは命の料金だとして要人たちに納得してもらう他にない。失ったものは金では取り戻せない。いくら金を使ってでも、まずは失わないことが肝要なのだ。
要人が車を降りた瞬間、さっそく暴漢が襲ってきた。酔っぱらっているようで目が座っている。酒臭い息をただよわせ、散々文句をわめき散らしながら手に持った木の棒をふり回した。俺は暴漢の前に立ちふさがった。するとガードロボがさらに俺の前に立ちふさがった。暴漢は木の棒でガードロボに果敢に挑みかかるが、金属のボディには傷ひとつつかず、逆に棒のほうが砕けてしまう。ガードロボは搭載されたスタンガンを浴びせて、暴漢を一瞬のうちにのしてしまった。
即座に警察に連絡がいき、暴漢が連行されていく。ガードロボの手際のよさに俺も感心してしまった。
要人は会議に出席するべく移動していた。俺とガードロボもその警護にあたる。そして空港で第二の襲撃者がやってきた。暗殺としてはかなりオーソドックスな手段。狙撃だ。
狙撃手に気がついたのは俺よりガードロボのほうが早かった。俺は咄嗟の判断で要人を自分の背中にかばった。音もなく弾丸が発射され、瞬く間に俺の頭めがけて飛んでくる。
これは命がないものということが自分で分かった。死が目前に迫っている感覚。時間が無限に伸縮しているような気がした。けれどその刹那、ガードロボが俺の盾になり、頑丈な頭で銃弾を弾いてくれた。頭部がへこみはしたものの、まったくもって動作に問題はない。直後に駆けつけた警備員に狙撃手は捕らえられ、緊張の一幕は幕を閉じた。
飛行機に乗りこんだ要人に礼を言われたが、なんだか素直に受け取りづらい心持ち。だから俺は思わず、
「結局のところロボットが全てやってくれました。俺じゃなく、ロボットに直接守られたほうが安心ではないですか」
と、いう質問をぶつけていた。
「そんなことはないよ」
「そうでしょうか。このガードロボは命がないので、一切の躊躇なく身を投げ出して人を守ることができます」
俺は自分の隣でぴかぴかと輝く銀色のロボットに視線を向けた。こいつは俺より優秀な守護者だ。こいつがいれば俺はもうお役御免な気がしてならなかった。
「まあそりゃあそうだろうがね。命がないってことは、命の重みが分からないってことだろう。やっぱり人間に守ってもらえてるほうが安心だよ」
「そういうものですか」
「ああ。それにこうして空いた時間に会話の相手にもなってもらえるだろう?」
冗談めかして言うと、要人は微笑んだ。そんな時、緊急の連絡が入った。なんとこの飛行機に時限爆弾が仕掛けられているというのだ。
急いで飛行機中をガードロボと共に探索する。
俺は長年の経験と勘を頼りにいち早く爆弾を見つけだすことに成功した。爆弾はしっかりと固定されており、無理やり動かそうとすると爆発する仕組みになっているらしかった。爆弾に接続されたタイマーに表示される秒数が刻一刻と減っている。ゼロになると同時に爆発するに違いない。一刻の猶予もない秒数。爆弾の大きさから想定される爆発の規模は相当だ。パラシュートで脱出などすれば、飛行機の破片や爆風によって結局命を落とすことになるだろう。解体するしかない。
爆弾処理班と通信をつないで、その指示に沿って解体を進める。しかし肝心なところで最後に切るコードが分からなかった。赤か青か、どちらかのコードを切れば爆弾を解除できるようだが爆弾処理班が正しいコードを調べ出すだけの時間はもう残されていなかった。
こうなったらもうあてずっぽうだ。ガードロボにもこの事態はなんともできない。ガードロボに爆弾を解体するような細かな作業は不可能だし、正解のコードを走査できるような機能も搭載されていない。爆発を受けとめきるほどの強度もない。強すぎる暴力に対しては俺と同じく無力なのだ。
俺が全ての責任を負って決めるしかない。ガードロボは俺の後ろで静かに佇んだまま、硝子の瞳を鈍く輝かせている。
時間がない。俺は意を決してコードを切った。
……。
……。
成功だ。
タイマーが停止している。
ホッと胸をなでおろし、要人の元へと戻る。しかし安心したのも束の間。操縦席から銃を持った男が飛びだしてきた。おそらくは爆弾を仕掛けた張本人。玉砕する覚悟だったらしい。操縦席の近くにいた俺に銃口が向けられ引き金が引かれる。爆弾解体によって疲労困憊だった俺は、対応が遅れてしまった。
か、またしてもガードロボに助けられた。銃弾の降りしきるなか飛び出して、すぐさま犯人を取り押さえる。俺は床に這いつくばる犯人に駆け寄ると、銃を取り上げ、なおも暴れるので頭を殴って昏倒させた。
やれやれだ。
これでやっと終わったらしい。
今回の仕事は中々にはげしいものだった。
しかしガードロボに何度も助けられて、ぎりぎりのところで命をつないでいる。はじめは不安に思うこともあったがこれほど頼りになる相棒もいない。今は信頼のおける仲間としてガードロボに命を預けることができる気がした。
ほっと息をつく俺を尻目に、ガードロボは要人へと近づいていった。そして、その体を軽々と持ちあげる。驚いた俺が止めようとする間もなく飛行機の出口が開け放たれ、要人は雲の海へと真っ逆さまに投げ捨てられた。
なんてことだ。守るべき対象を失ってしまった。
一体どうしたのいうのか。
なにか不具合が発生していたのだろうか。ガードロボの暴走。もしかしたら、空港の狙撃で頭部にダメージを負ったことが影響しているのかもしれない。
と、考えたが、俺はハッと気がついた。
ああ、そうか。
俺にとっては要人は守るべき対象だったが、ガードロボにとってはそうではない。ガードロボの守るべき対象はこの俺。そして俺の安全をもっとも脅かしているのは要人の存在だったのだ。




