第31話 ワクチン
天を衝くように聳え立つ山、その向こう側に我々の敵がいる。争いがいつ、どのように始まったのかは今となっては分からない。しかし奴らの攻撃は止まる事を知らず、戦わなければそこに待つのは我々の滅亡だけなのだ。山を越えては何度も攻め込み、また攻め入られた。戦いは常に一進一退で、我々は勝つ為にあらゆる手を尽くした。
ある時、敵の部隊が山の麓に姿を現した。敵は今まで見たこともない新兵器で武装しており、偵察に放った兵士は容易く命を奪われた。我々は全身全霊で戦い、大いに翻弄された末にその弱点を見出すことに成功した。そうなると一転攻勢、一気に敵を殲滅することができた。
倒した敵の武装は直ちに回収、分析されて我々の戦力増強に使われることになった。攻め入って来た敵兵の体にはいずれも鋭い爪跡が刻まれており、何らかの負傷をしていたようだった。その傷跡を見て誰もがピンと思い浮かぶことがあった。それは山の頂に棲まう巨獣のものだったのだ。
山の頂上、その切っ先は年中分厚い雲に包まれており、そこには古来から恐ろしく巨大で獰猛な獣が棲んでいるのだと伝えられている。我々はその巨獣を山の神と呼び、その棲家に近付くことは決してない。先の戦いも巨獣の介入がなければ惨敗を喫していたであろう。我々は山の神に感謝し、より信仰を強くして祈りを捧げた。
敵の武装は技術者によって改良され、全く別の強力な兵器へと変貌した。それを手に我々は今こそ攻め入る好機だと判断した。攻撃部隊が編制され、次々に山へと送り込まれた。しかしその結果は芳しくないものだった。誰一人として兵士は帰還せず、時期尚早であったのだと意気消沈することになった。
しばらくして、またもや敵が攻め込んできた。我々の部隊を打ち負かしたことで勢いづいた様子であった。敵は我々の武装を発展させたような新たな兵器を携えており、苦戦を強いられることになったが、長い戦いの末になんとか打ち倒すことができた。再度敵の武装が回収されると、より強大な破壊力が発揮できるように改造された。
敵兵の体には深い爪跡がいくつも刻まれていた。ほとんど満身創痍ともいえる状態で、我々と渡り合っていた事実に驚愕すると共に、山の神の大いなる加護に平伏せざるをえなかった。
激しい攻防が続き、その度に敵の攻撃は苛烈になり、我々の戦術も進化していった。山の神の守護により、我々は辛くも敵の攻撃を凌ぎ切っていた。反撃に転じて十分に増強した戦力を山を越えた敵地へと送り込むことが幾度もあったが、何故か誰一人として兵士が戻ってくることはなかった。
お互いの戦力が限界まで研ぎ澄まされると、拮抗した力同士は抑制されて、両方が機を窺って攻めあぐねる事態となった。そんな頃、山の頂上からまばゆい光が降り注いだ。そして次の瞬間には地響きと共に悍ましい怪物たちが山から群れをなして攻め入ってきた。
我々は戦った。死力を尽くして怪物に立ち向かっていった。山の反対側からも凄まじい戦闘音が鳴り響いている。そこもまた戦場となり、怪物たちと戦っているのであろう。
山を覆っていた雲がいつの間にか掻き消えていた。山の頂上の一際高い樹の上で、巨獣が我々を、そして山の反対側の奴らをも見守っているのが分かった。我々も、山向こうの奴らも、ただ怪物を倒す為に懸命に武器を振るい続けるのだった。