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第30話 魂のありか

「魂というのは本当にあるんでしょうか?」

 客である男が尋ねてきた。霊媒師をやっているとこういった質問を飽き飽きするほど聞くことになる。俺の商売は降霊。霊界にある魂を自身の体に宿して客と会話する、ということになっている。と言っても俺はいわゆる詐欺師というやつで、イカサマだ。しかし、客を丸め込む手腕は本物以上だと自負している。最近はそこそこ名前も売れてきており、結果として客が安心感を得られるならば偽物だろうと構わないだろうと考えている。

「勿論、魂は存在します」

 俺は微笑みを湛えながら答える。机を挟んで向こう側に座っている客は随分とやつれている。焦燥して、疲れ切っているようだ。ブランド物のスーツに高級腕時計。立派な身なりをしている。こういった疑問をぶつけてくるような輩は冷やかしが多いのだが、この客についてはそうではなさそうに思える。おそらくは科学文明にどっぷりつかった現代人特有の猜疑心がふと湧き上がったのだろう。こういった場面では質問を上手く捌いて客の心に取り入るのが定石だ。

「魂を降ろすというのはどういう感じなのでしょうか?」

 客は質問を続けた。

「難しい質問ですね。感覚的なものですので」

 俺がどう答えてやろうか頭を捻っていると、客は前のめりで次々に疑問をぶつけてくる。

「あなたの体にすっぽりと魂が入るような状態なんでしょうか。それとも近くに魂を呼び寄せて、話を聞くというような感じですか」

 細かいことを気にする客だと思ったが、そんなことはおくびにも出さず丁寧に返答する。

「両方ですね。通常は体という器に一つの魂が注がれています。しかし私の器には間仕切りがあるような状態です。仕切られた一方に私の魂、もう一方は空です。その空の場所に別の魂を入れます。そうして間仕切り越しに魂と会話して、私の口からその内容をお伝えします」

 完全に乗り移らせる、憑依型の霊媒師もいるが、詐欺師の俺には荷が重い。昔は浮遊霊と会話できることにしていたが、霊のたまり場と言われる場所に連れていかれそうになったり、やたらと出先の仕事が増えて、採算が合わなくなったのでやめてしまった。色々と考えた末に、言い訳の融通がきいて、自然なごまかしがしやすい今の形態に落ち着いた。

 客は分かったような分からないような様子で頷いた。

「魂というのは必ず転生するものなのでしょうか」

「ええ。そうですね」

 知らないが、そういうことにしておいた方が都合がいい。よほど難しい依頼には転生済みだから魂が降ろせなかったと言い張ることができる。

「人の数というのは変動していますが、本当に全ての魂が転生しているのですか?」

 何故そんなことを気にするのかと俺は訝しんだ。こんなにしつこく質問してくる客は初めてだ。俺の見た手違いで、やはりあら探しかなにかが目的の冷やかしなのかもしれない。

「数が合わないように感じるのは人知の及ばない力が働いているからです。それこそが神秘なのです。人の踏み込めない領域。神のような何かの存在を逆説的に証明しているのです。人という器が増えれば神の御許から新たな魂がやってくるのです」

 煮え切らない客の態度に腹が立ってきた俺は、勢い込んで喋り続けた。

「それに反して魂が減ることももちろんあります。中世の魔女狩りのように生きたまま火に焼かれた者は魂が滅されるのです。肉が焼かれるより、魂が焼かれる痛みのほうがよほど大きかったでしょう。非常に残酷な所業であった訳ですね」

 少し脅かすような口調で言ってやったが、客はむしろ落ち着いてきた様子で俺の話に聞き入っていた。そして俺が話終えると決心したように口を開いた。

「実は妻の魂を降ろして欲しいのですが」

 やっと仕事の話ができることに俺は内心で喜んだ。結局疑り深い客だっただけのようだ。霊媒に頼ろうという人間は偏執的になっている場合もあるので、今回もその一種だったのであろう。

「それでは降霊に必要になりますので、奥様に関する品物をご用意して頂きます。できるだけ生前の様子が詳しく分かるものでなければ確実な降霊にはなりませんのでご了承下さい。ご推奨しておりますのは写真や日記などですが、詳細は別途資料をお渡し致しますのでご一読よろしくお願い致します」

 降霊の時間を予約すると客は帰っていった。

 客は随分と急いでおり、その日の内にお願いしたいということだったので、すぐに大荷物を抱えて戻ってきた。荷物をあらためると、客の妻になりすますには十分な情報量があったので、俺は満足して降霊に臨んだ。

 長い長い呪文を唱える。部屋は薄暗く、たっぷりとお香を焚いてある。小物一つ一つの配置にまでこだわり抜いており、雰囲気は十分だ。

 客が息を呑む気配に合わせて俺は喝を入れた。客が完全に術中に嵌ったのが伝わってきて非常に気分が良い。

「…妻の魂は降りて来ましたか」

「はい…」

 答えるやいなや俺は炎に包まれていた。一瞬の出来事だった。息ができず、声も出せない。熱いと感じた直後、意識が遠のいていった。


 燃え上がる霊媒師を見下ろしながら男が言った。

「生まれ変わって復讐する、だなんて言い残しやがって。どうだ。お前の魂も殺してやったぞ。ああ、これでやっと安心して眠れるというものだ」

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