第299話 彼方からの音
宇宙のどこかから音楽が流れてきた。観測基地がその音を受信してから、その音楽が意図するものがなんなのか幾度となく話し合われた。なんらかの意味を持った異星の生命体からのメッセージに違いない。しかし、その意味の解明は難航し、その内容を読み取ることはできなかった。
それはこの上もなく心地いい音楽だった。やがて世間に宇宙音楽として公表されると、瞬く間に全世界に浸透していった。
誰もが宇宙音楽を聴き、気持ちを安らかにしたり、優しい心持ちになったりした。
それを真似して曲を作ろうとする者も現れた。けれど、どんな楽器を使っても同じような音にはならなかった。既存の楽器のいずれにも当てはまらない音。音の震えが深みを作り、甲高いような、絞り出すような音色だ。それが不可思議なリズムで紡がれて、えもいわれぬ音楽を作り上げている。
熱狂的なファンが数を増やしていき、諦めることなく模索が続けられた。新たな楽器が考案され、それは新たな音楽の萌芽にもなった。しかし、新楽器で奏でられる音も、結局は目指すものではなかった。どうしても、宇宙からやってきたあの至上なる音楽には届かない。
もはや宇宙音楽を追い求めるのは誰もが抱く普遍的な夢になり、全勢力を傾けた一大プロジェクトになっていた。度々プロジェクトには頓挫がちらつき、落胆や苛立ちがさざ波のように広がったが、それすらも宇宙音楽は癒してくれた。何度でも奮起する者たちによって、音の解析が進められるなか、宇宙からやってきたものがあった。
天啓であると、誰もが感じた。先の丸い円柱形をした箱。そのなかにはたくさんの楽器が納められていた。それこそが、ずっとずっと求めていた楽器だった。
音楽を送ってくれた何者かによる贈り物としか思えなかった。その親切心に感謝と敬意を表しつつ、さっそく楽器の使い方が探られた。演奏方法以外にも、手入れの仕方、構造の把握など、すべきことが大量にあった。宇宙音楽を自分たちの手で奏でられるという高揚で心を高鳴らせ、演奏家が集まり、聴衆が歓声を上げた。
そして、音楽が紡がれはじめた。
俺たちは苦しんでいた。奴らはあらゆる方法を使って俺たちを痛めつけた。なにが目的なのか全く分からない。俺たちが悲鳴を上げるたびに奴らは喜んだ。これなら宇宙を放浪し続けていたほうが、ずっとマシであった。以前に送った通信。狂乱した通信士が、あたりかまわず発信した助けを求める声が、どこかに届いてくれていればいいのだが。あの救難信号を受け取り、苦痛に呻く通信士の叫びを聞いた星の者が、俺たちを助けに来てくれないものだろうか。




