第289話 上手に組み立てできるかな
パパのお気に入りのおもちゃを壊しちゃった。
どうしよう。
どうしよう。
一人でちゃんとお留守番できるってところを見せたかったのに。
これじゃあ、大失敗だ。
じりじりと日が傾いて、茜色が、フローリングの床を這って近づいてくる。
私を追い立てるように。
そうだ。
直せばいいんだ。
それに気がついたのは、部屋のなかがすっかり冷え切ってからだった。
説明書がパパの部屋にあるはず。
それを見ながら組み立てればいい。
パパが帰ってくるのは明日の朝。
それまでに元通りに直してしまえば、何もなかったことになるのだ。
リビングのソファの傍でバラバラになっているおもちゃを置いて、廊下を走る。
階段を駆け上がって、パパの部屋に飛び込むと、閉じ込められていた空気がぶわっと吹き出してきた。
ひんやりと、乾燥している。
爽やかだけれど、酸っぱさも入り混じった匂い。
防虫剤の匂いだ。
壁いっぱいの本。
古い紙の香りが、鼻の奥を刺激してくる。
パパの匂い。
私の大好きな匂い。
窓際に置かれたテーブルの上には、きちんと並べられた本とノート、それにペン立て。
夕日が窓から射し込んで、地平線に呑み込まれる直前の、断末魔みたいな輝きを投げかけている。
私は机の上や、引き出しのなかを手あたり次第に確認したけれど、そこに求めるものはなかった。
今度は天井まである本棚を、首が折れそうなぐらいに曲げて見上げた。
説明書をパパが読んでいたのを見たことがある。凄く分厚い本だった。私なんかぺちゃんこにしてしまいそうな大きさ。だから、背表紙の幅を見れば、どこにあるか分かるはず。
息をするのも忘れて真剣に探すと、案外すぐに説明書は見つかった。
手を伸ばすが、もうちょっとで届かない。
パパの椅子を運んできて、それに乗っかると、やっとなんとかなりそうだった。
重たい本の隙間に指を入れて、両手で力いっぱい引っ張る。
もうちょっと。
もう少し。
そう思っていると、不意に、説明書がずるりと隙間から抜け出して、私の方へと襲い掛かってきた。
喉の奥から悲鳴が迸る。
天井が視界いっぱいに広がったと思ったら、私は椅子ごと後ろに倒れてしまっていた。
背中がすごく痛い。
でも、パパの椅子はふかふかの背もたれをしていたから、そのおかげで怪我をせずに済んだ。
まるでパパが守ってくれたみたいで、私はちょっとうれしくなる。
説明書は床に落ちて、ワニの口みたいにページを開いていた。
それを両手で抱えるように持ち上げて、私はリビングに戻る。
どうやって組み立てればいいのか調べるけれど、説明書には難しい文字ばかり。
私には何が書かれているのか全然読めない。
けれど、絵がいっぱい載っていたので、その内容はなんとなく分かった。
接着剤、ハサミにホッチキス、ねじ回しやちっちゃなトンカチ、ピンセットに針に糸、使えそうなものは全てかき集める。
そうして、いよいよ組み立てが始まった。
おもちゃのパーツは大きく六つに分かれている。四角いのが一つ。丸いのが一つ。長いのが四本。
それが今は全て外れてしまって、バラバラになっている。
実物の断面と説明書の絵を見比べながら取り付け方を考える。
まずは接着剤でくっつけようとしたが、パーツが重たくってすぐに取れてしまった。
ならば釘を打ってやれと、トントン叩いてみたけれど、柔らかいからうまくいかない。
パーツに穴をあけてしまっただけだった。
もう一度説明書をよく見る。
おもちゃと何度も見比べる。
今度は丁寧に。慌てずやれば絶対に大丈夫なはず。
汚れてしまった断面をきれいにして、観察する。
すると、だんだん、くっつけ方が分かってきた。
頭の中で手順を整理する。
断面の中央には芯がある。
それをピッタリくっつければ真ん中同士が合わさるはずだ。
たくさんのチューブがあるが、それはセロハンテープでくっつけるといいかもしれない。
とっても細かく密集しているから、ここには接着剤を使っちゃいけない。
チューブが詰まってしまう。
紐は紐同士結び付ければ何とかなりそう。
最後に表側をきれいに糸で縫い付けて固定すれば完成だ。
よし、さっそくとりかかろう。
私はチューブと紐をより分けて、断面と断面をじっくりと観察して、どれがどれとペアになっているのか探る。
すると困ったことになった。説明書には赤色と青色のチューブがある。けれど、実物のチューブは赤色だけだ。
どこかに青色のチューブがあるはずだと思って探すが、どこにも見当たらない。
ハサミで切ってみてもどうにも分からなかった。
でも、チューブの数は合っている。断面同士で同じ数。
だから、いずれかが、説明書での赤いチューブで、もう一方が青いチューブだということだ。
あと一息なのに。これさえ分かれば他は大丈夫そうなのに。
窓の外では月がピエロの口みたいに大笑いしている。
急がないと。
パパが帰ってくる前に、このおもちゃが動くようにしておかないと、怒られてしまう。
もうこうなったら、勘しかない。
ええいままよ、と繋げてしまえばいいのだ。
それでダメならもうしょうがない。諦めてパパのお叱りを受けよう。
決めてしまえばもう手が止まることはない。
すべてのパーツを順番にくっつける。
最後にくっつけた部分と比べると、初めにやった所がちょっと雑に見えてくる。
やり直そうかと思ったけれど、そんな時間はなさそうだ。
見た目はすっかり大丈夫。
きちんと動作もしているから、多分、元通りに組み立てられたんだと思う。
もうすぐパパが帰ってくる。
きれいに直せてよかった。
「ただいま。二人ともお利口にしてたかな」
「うん。私、きちんとお勉強してたのよ」
「……」
「それは偉いね。よしよし。……おや?」
「どうしたの?」
「う……」
「具合が悪いのかな?」
「……そうかもしれない。私がベッドに寝かしつけてくる」
「うう……」
「ああ、頼むよ。後でお薬を調合して持っていこう」
「はい、パパ。……さあ、行きましょう」
「ううう……」




