第28話 前世罪
犯罪が増加し、人々の死生観が崩壊し始めた時代。多くの犯罪者たちが好き勝手に暴虐の限りを尽くした後、自ら命を絶った。これは死に逃げと呼ばれて、警察は頭を抱えた。社会問題にまで発展した死に逃げであったが、ある時画期的な装置が開発された。それは前世を特定する装置、前世判別機だった。
それが世に出た当初はそのような突飛な発明を信じるものはいなかった。しかし装置には前世を特定する以外にもう一つの機能が備えられていた。前世の記憶を蘇らせることができるのだ。著名人の生まれ変わりが探し出され、本人しか知らないような情報が次々に確認されると、一転して装置は本物だと認知されることになった。
装置は警察に導入され、未解決事件の犯罪捜査に使われるようになった。しかしその内に前世で罪を犯して、それを償わなかったものが見つかったなら、現世で裁かれるべきだという声が出始めた。
前世罪に関する法案は可決され、前世で加害者であった者は、被害者もしくは前世で被害者だった者に対して未消化分の罰に応じた賠償金を支払うという制度ができた。
賠償金の支払い命令を受けた者の中には、前世など他人に過ぎず、自身がその罪を負う必要はないと主張する者もいたが、被害者たちにはそんな理屈は通用せず、罪を免れることはできなかった。結局そういった前世加害者たちは、装置によって前世の記憶を呼び覚まされると、罪を犯した本人同様の扱いで罰を受け入れさせられた。
それでもまだ抵抗する者たちが、二度目の死に逃げを試み始めた。前世判別機では一つ前の前世しか分からない。もう一度死なれてしまってはそれ以上の追及はできなかった。
自殺者が増加すると、それを捜査や刑罰のせいだと主張する声が大きくなった。警察は慌てて装置の改良を要請し、前前世が特定できるようになった。更には再び同じ過ちを犯さないように改良は継続され、前前前世、前前前前世、それよりもっともっと遠い前世まで遡れるようになった。そうなると、過去のあらゆる罪人たちに罪の清算が求められた。
遠い前世で独裁者や大量殺人鬼だった者は生まれた直後から監視され、一生かかっても罪の清算は到底終わらず、死んでも生まれ変わった瞬間からまた償いを求められた。しかし悪名は無名に勝ると言うように、一定の歴史的価値がある前世の記憶を利用して、うまく金を稼ぐ逞しい者も多くいた。
前世の悪人が次々に裁かれると、前世の善人が称賛される運動が起こった。素晴らしい偉業を達成した人物の生まれ変わりとなれば、その前世の記憶の価値も計り知れないのだった。
とある豪邸の一室で一人の男が優雅な暮らしを楽しんでいた。男は世界中の人間から感謝され、あらゆるもてなしを受け、一生生活に困らないであろう財産を手にしていた。男の遠い前世の功績を考えればそれは当然のことであった。一回の人生ではとても称えきれず、文明が発展すればする程その功績は大きく膨れ上がるのだった。
生まれ変わってもまた同じような厚遇を受けることは確実だった。全人類が今こうしているのも全て男の遠い前世のおかげなのだ。なんといっても初めて火を使った類人猿の遠い生まれ変わりなのだから。