第27話 かつて神だったもの
分厚い雲に覆われ、煤で汚れきった街。その片隅でボロを纏った老人が倒れ伏していた。善良な市民がそれに気づいて助け起こすと、老人は長い白鬚を振り乱して立ち上がった。その瞳は煌々と輝き、顔には憤怒の表情が張り付いている。
「貴様ら、儂は神だぞ!」
老人ががなり立てると、市民は跪いた。
「承知しておりますとも」
市民は恭しく答えたが、老人は傍の市民など目に入ってはいないかのように荒廃した街へと目を向けた。
「いいや。分かっておらん。儂はこの世界の全てを創造したのだ。貴様らもだ。儂が力を振るえば貴様ら全員の命はたちどころに消え去ってしまう」
「空を切り裂き、海を割り、命を創造した偉大なるお力に敬意を示します」
市民はひれ伏したが、老人の怒りは治まらなかった。
「では、何故、儂を助けない? 儂の命は今にも尽きようとしているのだぞ」
老人は一言一言を区切りながら、声を絞り出すようにして叫んだ。
「命じて下されば、何でも致しましょう」
「儂にできないことをどうやって命じられよう。貴様ら自らがやるのだ」
「私たちは神様がお選びになった道を捻じ曲げる術を持ちません」
「いや、そんなはずはない。貴様らは儂よりも優れた存在なのだ。そのように創ったのだからな」
「神様は神様の創造主様よりも優れておられるのでしょうか」
老人は押し黙った。そしてうなだれると地面にへたりこんでしまった。
「私たちは人知に至らず、神である人間を超えることなどできないのです」
善良な市民であるロボットは優しく言って、機械技術者の老人に寄り添ったのだった。