第26話 霊の方程式
俺は宇宙船に慌ただしく乗り込むと、速やかに発進させた。この船は輸送船。惑星から惑星へと物資を届けるのが仕事だ。今回はかなり急を要する案件だった。ある惑星で死に至る流行り病が発生し、薬が足りなくなったのだ。俺は航路で必要なエネルギーを計算して、ギリギリまで薬を積み込んだ。
何日もかかる道のりだったが、輸送は順調かと思われた。しかし、航路の半分ほどが過ぎた時に異常に気がついた。エネルギーが予定よりも多く減っているのだ。計器をくまなく調べて俺はその原因を突き止めた。重量が増えている。その為に余分なエネルギーが消費されていた。
俺は急いで格納庫へと向かった。何か余計なものが積荷に紛れ込んでいるに違いなかった。扉を開け、そこにあったものを見た俺は愕然とした。それは幼い少女だったのだ。これは、密航だ。
少女は事の重大さが分かっていない様子で、悪戯が見つかったというようにはにかんだ。俺は少女を格納庫から連れ出して、まずは事情を聴くことにした。一刻を争う事態ではあったが、そうせずにはいられなかったのだ。少女は怒られると思っているのか、びくびくしながら小さなリュックを背負って俺の後についてきた。
少女の話によると、この船が向かっている惑星に兄が働きに出ているのだそうだ。他に家族はおらず、過酷な労働で兄はなかなか返ってこない。孤独に耐えかねた少女はこの船のことを耳にして、リュックに必要なものを詰めると、こっそりと乗り込んだのだった。
話終えた少女は先生のお叱り待つ子供のようにうなだれていた。俺は素早くショックガンを取り出すと、少女を撃った。閃光と共に一瞬で少女は絶命する。これが密航者がいた場合の規定。宇宙で定められた冷たいルールだった。
少女の髪から小さな髪飾りを抜き取ると、遺体と荷物、それにショックガンも船外へと廃棄した。今減った重量を考慮して改めてエネルギーを計算すると、紙一重の所で目的地に到着できるという計算結果が出た。
少女を助けることはできなかった。俺は自分に言い聞かせる。子供一人分の重量と同等の薬を廃棄してしまうと、それこそ多くの命が失われることになる。少女の身代わりに俺が死ぬという選択肢もあったが、子供に宇宙船の操縦は不可能だ。最後に兄と話させてやりたかったが、まだ惑星とは遠すぎて通信圏外だった。それに、救援を要請できるような船も近くにはなかった。だからどうしようもなかったのだ。あの時俺がしてやれるのは、苦しまないように一瞬で命を奪うことだけだった。
少女を撃つ刹那、目が合った。瞼を閉じるとその顔が浮かび上がってくる。己の運命を呪うかのような、哀しい表情だ。
俺は何度も悪夢に苛まれながらも目的地となる惑星に到着した。運んできた薬のおかげもあって多くの命が救われた。惑星中から感謝の言葉が贈られ、俺は英雄扱いだった。
しかし俺の心は晴れなかった。少女の兄を探して、せめてその最期を伝え、遺品である髪飾りを渡さなければならないと思った。そして俺は少女の兄と会うことになったのだった。
その男は霊媒師をしていた。新たに開拓された惑星では死者の霊を導く役割がどうしても必要なのだという。俺の話を聞き終わると、髪飾りを握りしめて男は祈りを捧げた。長い長い祈りが終わると、男の瞳からはとめどなく涙が溢れた。
「あの子はあそこにいます」
男が空に向かって手を広げた。
「分かるのですか」
俺は空を見上げたが、そこには無限の宇宙が広がっている。
「分かりません。あの子自身も分かっていないでしょう。哀しみがあの子を彼の地に縛りつけている。探し出し、導いてやらねばなりません」
宇宙の地縛霊となったという少女のことを思うと俺の胸は締め付けられた。少女の遺体が今どこを彷徨っているかなど想像もできなかった。
崩れ落ちるような音に驚いて振り向くと、男は倒れ、その胸元には深々とナイフが突き刺さっていた。俺が駆け寄ると、男は少女を向かいに行くとだけ言い残して息を引き取った。
俺は唖然として宇宙を眺めた。生者にとっても死者にとってもなんと冷酷で厳しい場所なのだろうか。俺はもう飛ぶことはできない。己の罪を抱えながら、この惑星で余生を過ごすだろう。あの兄妹が広大な宇宙のどこかで出会えるようにと願いながら。