第251話 お迎え
どうもおかしな場所にやって来てしまった。なぜ自分がこんな場所にいるのか、まるで思い出せない。果てしない暗闇のなか、炎のような朧な発光体がふよふよと浮かんで一列に並んでいる。その横を追い抜いて進もうとしたら、頭に突起を生やした四角張った顔の奴に、とげとげの棒で追い立てられた。俺も列に並べということらしい。
仕方がないので後ろに並ぶと、俺の後ろにも次々と炎が並んでいった。長大な列は少しずつ前に進み、暇を持て余しはじめた頃に列の先頭に到着した。そこには四角張った顔の親分みたいな奴がいて、俺を見ると頭を抱えた。そいつは周りの奴らを集めて話し合いをしはじめた。しばらくしてそれが終わると槌を振り回しながら、乱暴に俺を階段の方へ誘導する。
階段を上る。ずっとずっと高くまで。そこには鮮やかな花が咲き乱れていた。地面は柔らかく、立っているだけで仄かに沈み込む。花の周りには下でも見た炎のようなものが群がって、どうやら蜜を飲んでいるらしかった。地面に埋もれてくつろいでいるような炎や、中空でぼんやりと佇んでいる炎もある。
俺は試しにその花の蜜を飲んでみることにした。不味い。なんという不味さ。まったく口に合わない。思わず吐き出して、今度は地面に寝っ転がってみる。しかしどうにも居心地が悪い。
なんて不愉快な場所だと思いながら途方に暮れていると、俺の様子を遠くから眺めていたあの四角張った顔の奴がこちらへやって来た。そうして俺をまた別の場所へと追いやりはじめる。
階段を下りる。ずっとずっとずっと地下まで。そこではもう吹き消えそうなほど弱り切った炎が、大量に閉じ込められていた。
俺はそのなかを案内されて、大きな水泡がぶくぶくと音を立てている湖の傍に到着した。よく分からないが湖に入ってみる。少し温度が高いようだが、それ以外にこれといって特徴はない。湖の底に何かあるのかと覗いてみたが、炎が千々になって揺らめいているだけだった。
四角張った顔の奴は俺を別の場所へと連れて行く。今度はとんがった山だ。たくさんの棘に覆われている。俺はその山に足を踏み入れてみる。棘は思ったよりも柔らかく。踏みつけると簡単に折れていってしまった。それを見ると四角張った顔の奴は慌てて俺を山から引き剥がし、次の場所へと引っ張っていく。
燃え盛る炎で包まれた場所。炎が炎を焼いている不思議な光景だ。俺も炎に身を任せてみる。中々心地いい。今まで来た場所では一番落ち着ける場所だ。
四角張った顔の奴は、炎のなかで和んでいる俺をしばらく観察していたが、やがてどこかに行ってしまった。俺は取りあえずここに居座ることにして、ゆっくりと休んだ。
しかし、ずっといると気分が悪くなってきた。やはり根本的に合わないらしい。本当になんて場所だ。どこにも俺の居場所がない。
意気消沈していると、思わぬ来訪者が現れた。
神だ。
神が俺の目の前に降臨なされたのだ。
「迎えに来たぞ」
「これは我が神」
俺が震えながらひれ伏していると、四角張った顔の親分がやって来て、神と向かい合った。その親分の隣に立つひょろ長い奴が、分厚い本を捲りながらたどたどしく喋りはじめる。
「あなたの、星の、生き物の、魂、連れて、帰って、下さい」
「ええ。我が民がお世話になりました」
神が言うと、ひょろ長い奴は親分に何かよく分からない言葉で話しはじめた。どうやら通訳らしい。親分が何か言うと、それが通訳される。
「我々の、天国と、地獄に、その生き物の、魂の、居場所は、ありません、でした」
「さぞお困りになったでしょう。ご連絡を頂いてから到着が遅くなって申し訳ありません」
「いえいえ、迅速な、対応、痛み入ります。よろしければ、そちらの、惑星の者、専用の、天国と、地獄を、作りたいと、考えています。色々と、教えて、頂きたいのですが」
「それはいいですね。こちらも勉強させて頂きたいです。これから惑星間の行き来は、どんどん増えるでしょう。我々もそれに対応していかなくてはなりませんね」
「ええ。今後とも、末長い、お付き合いを、お願い、致します」
神と通訳のやり取りを横で聞きながら、俺はがっくりと肩を落としていた。
そうだ。思い出した。俺は極悪人。わざわざこんな辺鄙な宇宙の片隅の惑星までやって来て死んだというのに、神からは逃れることはできないらしい。結局、連れ帰らされて俺の生まれた惑星の地獄行きというわけだ。
しかし、この惑星の天国も地獄も、まるでわけが分からなくて、頭がおかしくなりそうだった。意味が分かるだけ、本当の地獄であっても、こんな場所よりましかもしれない。




