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第25話 合言葉

 暗い裏路地の奥。薄汚れた扉の前で男が立ち止まった。男は分厚いコートで身を包み、目深に帽子をかぶっている。

 俺はこの男を尾行しているのだ。決して気づかれないように、路地の角から注意深く観察する。男が扉を開けて中へと入っていった。錆付いた扉が嫌な音を立てながらぴったりと隙間なく閉じられる。俺は素早く身を乗り出すと扉の前まで移動した。耳を澄ますとブーツの音が下の方へと遠のいていく。どうやら中は下り階段になっているらしい。

 しばらくすると足音が止み、立ち止まったことが分かった。三回ノックの音がした後に、また三回ノックの音。どうやらこれが合図のようだ。

「合言葉を言え」

 扉の向こう側の声が微かに聞き取れた。やはりここは俺が探していた奴らのアジトに間違いないらしい。奴らは俺の所属する組織と敵対しているのだ。そのアジトに潜入すれば、計り知れない価値のある情報が山ほど手に入る。俺はまだ下っ端にすぎないが、成功すれば一気に幹部へ昇進するのも夢ではない。

 冷たい鉄の扉に霜焼けができそうな程ぴったりと耳を押し付けて、全神経を集中させる。自分の心臓の音だけが馬鹿に大きく聞こえて、深々と降る雪にあらゆる音が呑み込まれてしまったように、辺りは静寂に満ちている。永遠にも思える一瞬の後、地下深くで扉が開けられた。ブーツの音が中へと入ると、すぐに扉は閉じられたようだった。

 駄目だ。どうやらしくじったらしい。合言葉を聞き逃してしまった。悔しさが込み上げて悪態をつきそうになったがぐっと堪える。まだチャンスはある。奴らのアジトの場所は突き止めた。入る為の手順も分かった。後は最後のピースである合言葉を手に入れるだけだ。

 俺は扉が見える場所で張り込みを始めた。また一人男がやって来た。扉を開けて階段を下りていく。俺は今度こそ聞き逃さないようにと必死で耳をそばだたせた。しかし結果はまたもや失敗であった。

 三回ノックすると、同じく三回ノックが返される。そして合言葉を聞かれる。ここまでは確実だったが、その肝心の合言葉が聞き取れない。余程用心深く外に漏れないようにやり取りしているのだろう。

 辛抱強く機会を待ったが、何日経っても成果を得ることはできなかった。しかし俺はあきらめなかった。合言葉があるという所まで絞り込めれば別の所からその内容を調べ出すまでだ。各地で粘り強く聞き込みを続けた結果、やっとそれらしい言葉に辿り着いた。

 ついに決行だ。アジトの中に潜り込めれば内部の様子を把握し、可能なら書類の一枚でも盗み出す。難しいことじゃない。俺ならやれると自分に言い聞かせる。

 薄汚れた扉を開ける。中は薄暗く、冷たい空気が吹き出してくる。階段を一段下りるたびに鼻を突くようなカビ臭さが濃くなっていく。目的の場所に到着した。上の扉とは打って変わって、真新しく、よく手入れされた扉だ。重厚感のある頑丈そうな扉がつやつやと金属光沢を放っており、その前に立つと押しつぶされそうな威圧感があった。

 軽く深呼吸して気持ちを落ち着けると、扉を三回ノックした。反対側から三回ノックが返ってくる。さあ、問題はここからだ。

 俺は質問を待った。だが返ってきたのは沈黙だけだ。脂汗がじっとりと額を濡らし始めた。もしや合言葉を聞くまでもなく、俺がスパイだということがばれているのだろうか。

 予感的中とでもいうかのように、しばらくすると扉の向こう側で銃を構えるような気配がした。俺は猛然と階段を駆け上がり、一目散に逃げて行った。


 一人の男が薄汚れた扉を開けて、階段を下りていく。その下にある扉の前で立ち止まり三回ノック。反対側からも三回ノックが返ってくる。

 そして扉の”外”にいる男が言った。

「合言葉を言え」

 すると扉は開けられて、男は中へと入っていった。

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