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井ぴエの毎日ショートショート  作者: 井ぴエetc


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第199話 バトルロワイヤル

「デスゲームが見たい」

 社会を裏で操る組織のトップ。会長のこの一言で全てが動き出した。俺はその総指揮を任されて、準備に奔走することになってしまった。会長が望むのは人々が疑心暗鬼の渦に呑まれ、凄惨な殺し合いをするバトルロワイヤル。生半可なものは許されなかった。会長にとってはほんのお遊びに過ぎないのだろうが、もし失敗でもしようものなら俺を含めた開催に携わった全ての構成員とその親類縁者までもが闇の中に葬られる可能性があった。会長はそれほどまでの影響力を持ったお方なのだ。

 企画会議が開かれ、皆で大きな机を囲んで、まずは開催地について話し合った。参加人数は百人でいいと会長からお達しがあったので、十分な間隔をもって百人が収められる広さが必要だった。管理の面を考えるとビルが最適であったが、デスゲームに必要な各種機能を備えて百人が暴れ回っても大丈夫なビルとなると、相当巨大なものが求められる。場所も重要だ。騒ぎが周りに漏れてはいけないし、途中で予期せぬ闖入者が現れるなんてことは避けたい。世間にバレてしまってはいけないのだ。ある程度なら組織の力で揉み消すことは容易いが、会長は手際の良さを高く評価するお方だ。いちいち揉み消しに奔走などしていたら、例えデスゲームが成功したとしても、俺や部下たちの評価は得られないだろう。

 郊外に新しくビルを建てるのも規模を考えれば目立ち過ぎてしまうだろう。それならいっそ宇宙船を作って宇宙で開催してはどうかという突飛なアイデアもあったが、巨大宇宙船を建造、打ち上げなど、秘密裏にできる訳がない。開催までかなりの時間を要してしまうのもマイナスポイントだ。結局、自然の中、辺境の森ではどうかという路線で議論が進み、最終的には周りが海に囲まれた島がいいだろうという結論に至った。

 百人もの参加者を選ぶ作業はデスゲーム企画発足時点から始められていたが、困難を極めていた。すぐに死なれては困る。かと言って生存能力に優れ過ぎていると決着がつかない。バランスが大事だ。そして何よりきちんと鍔迫り合いができないといけない。低レベルなつまらない争いなど見せれば、会長の逆鱗に触れてしまうだろう。

 企画会議が進むにつれて、参加者に求められる要素も多くなっていった。いくつかのグループが形成された方が戦況が複雑になり、面白みが増すであろうと意見が出ると、協調性のない参加者は候補から外れた。途中であきらめたりしない強い心と積極性も必要だった。最終局面になって、戦況が動かなくなるなどという、面白みのない展開は絶対に避けたかった。最後の一人になるまで殺し合いが続けられ、その一人だけを脱出させるのだ。それが消極的な人間で、ぐだぐだとした決着になるなど許されない。

 指示しておいた島の購入が完了し、俺は部下に企画の進行を任せて視察に赴くことになった。島の大きさは申し分なかった。起伏が多く、自然が豊かで身を隠す場所が多い。これなら性急過ぎる展開にはならず、少しずつ力を削ぎ合うような良い争いができるだろう。だが問題も多かった。水の確保が難しいのだ。小さな池のような水溜りはあるが、川がない。川を作る必要がありそうだった。それも不用心な者がうっかり飲んで腹を下したりしない、安全な水質のものが好ましい。次に野生の動物や虫の対処も考えねばならない。毒を持つ蛇や、感染症の危険がある虫、それに加えて熊まで生息している。

 俺は組織のアジトに戻って、島に川を作るように指示した。見えない場所に浄水施設を作り、水を流して川にするのだ。それから早速企画会議を開くと、現地の獣、虫などの処遇について意見を交換した。適度な試練は素晴らしいドラマを生む、という認識で皆一致したが、どの程度が適切かということについては落としどころが難しかった。構成員のなかでも動植物に詳しい者たちを集め、意見を聞いたりして、議論を重ねた。その結果、許容できる害虫や猛獣の数を計算によって算出し、その数に合わせて間引いた上、医療キットとそのマニュアルを参加者に持たせて、各自自身で対応させようということに決まった。

 それから、俺が島の視察に行っている間にまとめられていた企画案に目を通してた。その主な内容としては、参加者たちは首に絶対開錠不可能な首輪を取り付けられる。首輪から参加者に一日一回毒が注入され、参加者は毎日一個解毒剤を呑まなければ死んでしまう。それぞれの参加者が持つ解毒剤の数は決まっており、日が経てばそれを奪い合うことを余儀なくされる。ついでに首輪にはこちらが映像と音声を取得する為のマイクロカメラとマイクを仕込む。ということであった。無駄のない案のように感じ、俺は即座に採用することにした。その他にも島に設置する施設の数々が提案されており、俺はそのいくつかを採用候補として見積もりを出すように要請した。組織には建築、科学技術等の関係者も多数所属しており、その者たちに最終的には任せられることになった。

 参加者たちに初めに持たせる手荷物も決定した。医療キットと食物、飲み物、解毒剤、サバイバルナイフ、雰囲気を盛り上げる為の主催者からの手紙、後はもろもろの小物。食物の量などは検討を重ねて、余裕があるようですぐになくなる丁度いい量に決められた。サバイバル入門書を同封してはどうかという意見もあったが、環境が原因で死なれては困るとはいえ、あまり優しくしてしまうと緊張感を削ぐ恐れがあったので、参加者にサバイバル経験者を適度に混ぜることで自然に知識が広まるように誘導したほうがいいだろうということになった。

 デスゲーム開催当日がじりじりと迫ってくる。島は開催地としての準備が完了しようとしていたが、参加者の選定が滞り始めた。組織の構成員である軍事関係者と行動学者、シナリオライターなどが顔を突き合わせて、どういった性格、技能を持った人間をどこに設置すると、狙い通りのシナリオになるかという議論が交わされた。想定外すぎる事態は避けたいが、かといって予定調和の行動ばかりだと会長を飽きさせることになりかねない。そのギリギリのラインをクリアした性格、能力を持った上で、誘拐が可能かつその存在の社会的抹消が可能な人物でなければならない。

 島は立派なデスゲーム開催地として完成したが、まだ百人の選定には至っていなかった。誰かを選び取ると、今まで決定稿となっていた人物が余計になったりするといったジレンマに突入し、もどかしい足踏みの日々が続いた。そろそろ誘拐の手順を固めて、実行に向けた準備が必要となっても、俺たちはまだ参加者を確定しかねていた。

 追い詰められた状況で誰かが言い出した。

「この際、本物のデスゲームじゃなくてもいいだろう。会長を喜ばせることが最優先の目的で、バレなければそれが偽物であってもかまわないんじゃないか」

 確かにそうだった。不完全な状態で開催して、大失敗に終わるより、確実に会長を喜ばせる手段を取るべきなのだ。それこそが俺たち全員の首が安泰な方法という訳だ。要するに芝居だ。殺したふり、死んだふりだ。偽の凶器や血糊を使って、それらしく飾り立てればいいのだ。もし会長が今回のデスゲームが気に入ったとしても、こうしておけば、第二回目開催も格段に楽になるだろう。

 組織に属したシナリオライターを筆頭に物語を作る為のチームが作られ、急ピッチで筋書が組み立てられた。百人の参加者役を用意するにあたって、構成員のなかにいる役者が集められたが、差し迫った状況でもあり、今から島の全容やデスゲーム企画のことを把握させるのはやや不安が残った。それよりも、今まで企画に携わり、共に作り上げてきた仲間に芝居を覚えさせて参加者に仕立てる方が確実だった。会長が参加者の顔を見て組織の構成員だと気がつく心配はない。会長にとっては、いつもそばに控えている側近以外の組織の人員など一片の歯車に過ぎず、その顔や名前などをいちいち覚えて頂いてはいないのだ。会長には独自のルートで連絡が行くだけなので、デスゲームの総指揮を任されている俺のことでさえ覚えてはいないだろう。

 訓練に次ぐ訓練で、皆、演技力を磨き、最高のショーになるように奮起した。芝居用の小道具も大量に用意されたが、今更安全なものに置き換えるには間に合わないものも多くあり、今まで用意したもので使えるものは使おうということになった。島に設置された施設類や、手荷物もそのまま。毒が仕込まれた首輪もカメラとマイクの関係で使わざるを得なかったが、毒を出すスイッチは絶対に入れないようにして、解毒剤を呑むふりをすれば問題なかった。

 いよいよ当日という時になってアクシデントが起きた。参加予定だった構成員の一人が交通事故によって参加不可能になってしまったのだ。ここにきてきっちりとシナリオを構成してしまった弊害が出てしまった。本来であれば会長に説明して、九十九人で始めさせてもらえるように交渉すべきだが、このデスゲームのシナリオは百人揃って初めて完成するものなのだ。一人でも欠けることは許されない。

 となると、取るべき手段は一つしかなかった。シナリオを把握して、企画全体を見通せるピンチヒッターは俺しかいない。俺こそが適任であり、百人目として参加するしかなかった。

 会長への解説役を仰せつかっていたが、それは他の者に任せた。どうせ俺の顔も名前も憶えられていないのなら、別の者がやっても問題ないのだ。俺は参加者の扮装をして、輸送機へと移動した。

 参加者百人が乗った輸送機。知らぬ間に連れ去られて、状況も分からずパニック寸前といった様子だが、全て芝居であり、もちろん全員が組織の構成員だ。間近で皆の演技を見ると、今までの血のにじむような努力が伝わってきて、思わず感動がこみ上がった。会長もこの様子を見てきっと満足されているだろう。

 島の百カ所に百人それぞれが一人ずつ降ろされる。参加者役全員が耳の奥に超小型通信機を装着しており、そこから逐一会長の様子や、シナリオに修正が加えられた場合の指示が伝えられた。会長は繰り広げられる百人百様の迫真のヒューマンドラマを大変お気に召したらしく、俺たちも気合を入れて演技を続けた。

 だが、ここで予想外の事態が発生した。なんとも目聡いと言うべきか、会長が首輪のスイッチが入れられていないことに気がついたのだ。

「これちゃんとスイッチ入ってるのかね。確認してくれんか」

 通信機の向こうから沈痛な空気が漂ってくるようだった。会長の前で嘘をつける人間などいないだろう。それは参加者役の全員が理解していた。だが、これが芝居だとは口が裂けても言えない。運悪くスイッチが会長から見える位置にあったのも災いした。おとなしく忘れていたことを深く謝罪し、ちょっとしたトラブルだったという風を装って、スイッチを入れるしかないのだ。俺たちもまた芝居だとバレるわけにはいかない。バレてしまえば会長の怒りを買い、驚くほどあっさりと全員が処分されてしまうだろう。生き残る可能性はひとつしかない。

 俺たち百人全員に毒が注入された。本当のバトルロワイヤルが始まってしまった。しかも参加しているのは共にデスゲームを作り上げてきた仲間たちだ。施設を設計し、地形毎の役割を考え、動植物の分布を調べた者たち。それぞれが島について、この企画について熟知している。そんな者たちが、もはやシナリオなどかなぐり捨てた状態で、本気の殺し合いを繰り広げ、最後の一人として君臨するしかなくなったのだ。

 だが、俺は負けるつもりはない。俺こそがこのデスゲームの総指揮であり、その隅々まで把握しているのだ。どんな手を使っても、絶対に生き延びてやる。

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