第196話 その実の中身はなんだろな?
犬が死んじゃった。とっても悲しい。庭のすみに犬を埋めた。庭にはたくさんの木がはえている。そして、小さな森のようにうっそうと茂った奥に、特別な木がはえている。その木のしたに犬を埋めた。
おじいちゃんが生きていたころ、僕にこの木の秘密を教えてくれた。巣から落ちてけがしてしまった小鳥を拾った。けれどすぐに動かなくなってしまった。すると、僕の目から涙が溢れて、止まらなくなってしまった。おじいちゃんは僕の手から小鳥を受け取って、その木のしたに埋めた。それからしばらくすると、木の枝に実がなった。実は少しずつ膨らんで、ぽろっと取れると地面に落ちた。実がぱっかりと割れると中から元気な小鳥が飛び出してきた。チュンチュンと鳴きながら、空へと羽ばたいていく小鳥を見て、僕はとっても嬉しくなった。おじいちゃんは、誰にも言っちゃいけないよ、と僕に言った。だから、僕は誰にも言わなかった。
犬を木のしたに埋めたあと、枝には小さな実がなった。それはどんどん大きくなって、僕の頭より大きくなると、ぽとりと落ちて、ひとりでに割れた。犬は死んだ時の姿そのままで、僕の所にトコトコと駆け寄ってくると、ふんふんと鼻を鳴らした。僕は犬をぎゅーと抱きしめると、暖かい背中に顔を押しつけて、こぼれる涙を毛で拭った。
僕は木を見上げて、おじいちゃんのことを思い出していた。大好きだったおじいちゃん。優しかったおじいちゃん。一緒に動物園に行ってゾウを見た。お祭りに行ってリンゴ飴を買ってもらった。庭で花火をして一緒に笑った。いつも僕のことを心配してくれた。けがしないように目を離さないでいてくれた。僕がいたずらしても怒ったりせずに、優しく注意してくれた。息を引き取るその瞬間まで、僕の名前を何度も呼んでくれていた。
僕は急にすごく寂しくなってしまった。そしておじいちゃんにまた会えるかもしれないことに気がついた。なんで今まで思いつかなかったんだろうか。おじいちゃんが死んだ時、お母さんは死んだ人とはもう会えないと言った。だから僕はそうだと思い込んでしまっていたのかもしれない。
家の中に戻ると、お仏壇に置かれている骨壺を掴んで庭へと飛び出す。そしてあの木のしたをスコップで掘る。穴が大きくなり始めると、犬の死体が出てきた。死体には木の根っこがたくさんからまっている。僕が埋めたものだ。木から生まれた犬が元気にしているから、それはもう全く別の何かだ。生まれ変わった犬が、僕の隣で自分の死体を眺めて、ワンワンと吠えていた。犬はどう思っているんだろうか。分からない。
犬の死体から少し離れた場所に骨壺を埋めた。
しばらくすると、木の枝に実がなって、どんどんどんどん大きくなった。僕が手を広げても足りないぐらいの巨大な実に成長して、太い枝にしがみつくようにしてぶら下がっている。僕は今か今かとその実が落ちるのを待っていた。
おじいちゃんの実を見ていると、実の中から声が聞こえてきた。おじいちゃんの声だ。僕を呼んでいる。僕はいてもたってもいられなくなって、がまんできずに、スコップでつついてその実を落としてしまった。ドスンと落ちた実はぐしゃりと音を立てて割れた。そして、中からおじいちゃんが出てきた。けれど、それは僕の知っているおじいちゃんではなかった。
それは作りかけの人間だった。あちこちがまだ未完成だ。落ちくぼんだ眼球のない目で僕を見て、ねじれたのどの奥から僕の名前が漏れ出している。皮膚は引きちぎったみたいに破れていて、そこから真緑の液体が流れだしていた。骨が見え隠れする手足で地面を引っかくようにして、僕のもとへと這いずってくる。
僕は恐ろしくて、たまらなくなって、手に持っていたスコップで何度もたたいた。夢中になってスコップを振り下ろし続けると、気づいた時には緑色をしたぐちゃぐちゃの塊が目の前にあった。
僕はまた庭を掘り始めた。どこかに隠さないといけないという思いが頭のなかを覆い尽くした。けど、さすがにあの木の近くには埋めてはいけないということには気づいて、離れた位置を掘った。ずっと掘り続けると、スコップの先が何かにぶつかった。
それは木の根だった。見覚えのある木の根。あの木のものだ。それが、離れた位置まで伸びてきている。どうやらあの木は根っこをとっても広く長く伸ばして、庭全体の土のしたをくまなく覆っているらしかった。
僕はがむしゃらに庭のあちこちを掘り返した。根っこの及ばない場所を探した。けれどそんな場所はひとかけらもなかった。そして、僕は見つけてしまった。干からびた死体。犬がワンワンと吠え続けている。頭がガンガンと鳴り響いている。根っこにびっしりと絡みつかれたそれは、その人間、子供の顔は、僕自身の顔だった。




