第188話 この時とまれ
列車に乗った四人の子供。
向かい合って二人ずつ座ったその四人組が”この時とまれ”で遊んでいた。ジャンケンで最初の親が決められると、親は片手を出して指を端から一本ずつ閉じたり開いたりし始めた。他の子はそれを真似して同じ動作を繰り返す。
「時よとまれ」
親が急に指示を出す。すると子たちはピタリと動きを止めて、中途半端な指の曲げ方をした子が苦しそうに眉をひそめた。「とまれ」と言われた瞬間に、列車も同時に止まっていた。列車はそれまで猛スピードで進んでおり、それが突然急停止したものだから、乗員全員、荷物や座席も勢いそのままに宙に放り出されていた。
四人は勢いよく宙を流れる。けれども誰も列車が止まったことには気づいてもいない。みんなが同じ方向に同じ速度で流れているから、それぞれの位置関係は今までとぜんぜん変わりないのだ。
親が「セーフ」と言い渡すと、次の親に交代する。今度の親は頭をぐるぐる回し出す。他の子たちも真似してぐるぐる頭を動かす。
「時よすすめ」
親が言うと、子たちはもっと勢いよくぐるぐるぐるぐる頭を回す。目が回りそうになるが、できなくなったら「アウト」なのだ。列車も同じく加速して、すごい速度で進み始めた。四人は宙に浮いたまま、列車の加速に影響されて、別の車両に流されていく。列車の扉はとっても大きくて、宙に浮かんだ荷物や他の乗客たちも同じ速度で流されているので、ぶつかって怪我するようなことはない。
意地悪して見守っていた親が「セーフ」の宣言をすると、みんなやっと解放されて、気分が悪そうに肩を揺らす。三人は一斉に親を責めて、次からは頭回しはなしにしようと取り決められた。
次の親は両手の平を合わせて、その先っぽを時計回りにゆらゆら回す、不思議な動きをし始めた。子たちはさっきの激しい動きから打って変わって優しくなったので、安心して真似し始める。
「時よもどれ」
子たちは時計回りだったのを逆時計回りにしてゆらゆらゆらゆらと手を回す。列車はというと逆方向にバックして、そのまま逆走し始めた。それに引っ張られるようにして、四人が宙を流れる速度も緩やかになったが、加速した体が流れる方向は変わらず、列車の進行方向と、四人の流れは逆のままだった。それでも列車はとっても広大で、四人はおろか、他の乗員、荷物に座席、なにひとつとして列車の外に投げ出されてしまうことはなかった。
それから連続して親が「時をもどれ」の指示をして、列車は後ろに加速した。そうすると、列車の速度に引っ張られて、ようやく四人も列車と同じ方向に流れ出したが、誰もそのことを気にもしなかった。みんなが同じ速度で、同じ方向に流れていたので、何も気にする必要はなかったのだ。
「とまれ」「すすめ」「もどれ」の声が、列車の中に何度も何度も響き渡った。その度に列車は止まり、進み、戻っていたが、そこに乗る無数の生命、物体の何ひとつとしてそれに気がつくことはなかった。
四人は笑ってふざけ合い、たわいない遊びに興じ続けていた。




