第178話 神降臨
「はい。こちら成神サービスで御座います」
「神になりたいんですが」
「はい。承ります。それではご案内させて頂きます。これからいくつかの質問を致します。お客様にお答え頂いた内容を元に、私共の方で、ご希望に沿う惑星をお探しします。よろしいでしょうか」
「ええ。分かりました。お願いします」
「ありがとう御座います。まず、神に成るまでの過程ですが、長いコースと短いコースがあります。長いコースでは、まず原住民たちのなかに混ざって生活することになります。そこから救世主としてのし上がり、最終的に信仰対象に成り上ります。短いコースでは始めから神として降臨し、すぐに奇跡を見せつけることで、信仰対象になります。じっくりと人心の変化を楽しみたいという方は長いコース、すぐにでも支配体制を敷いて、自由に民衆を操りたいという方には短いコースをお勧めしております。どちらに致しましょうか」
「じゃあ、短いコースで」
「承知致しました。短いコースですね。……はい。では次に信仰範囲についてです。神として降臨した時点での信仰範囲をある程度操作可能になっております。広ければ初めから多くの信者を自由にできます。狭ければ範囲外の者は不信心な状態です。こちらの場合では不信心者を討伐、征服して従わせるという快感が得られます」
「なるほど。……これは狭いコースがいいかな。戦争も起こしてみたいし。もちろん、絶対に勝てるようになってるんですよね」
「はい。現地の文明では対応不可能な攻撃兵器と防御機構をお付けするコースが御座いますので、そちらを同時に申し込んで頂くことになります。そうすれば、お客様のお好きなように戦況を操れます」
「分かりました。それも申し込みます。住民はいくら死んでも大丈夫ですか」
「はい。大丈夫です。ただ、惑星が大きく損傷した場合には、修繕費をお支払い頂くことになります。こちらご了承頂きたく存じます」
「了解です」
「ありがとう御座います。では、質問を続けさせて頂きます。文明レベルですが、原始レベルから、中世レベルまでをお選び頂けます」
「できるだけ現代に近い方がいいんですが、中世までしかないんですか」
「申し訳ありません。文明レベルは宇宙に進出不可能なレベルまでと決まっているんです。それ以上は神に対する猜疑心が強まって、支配が難しくなります。……お客様は当サービスをご利用されるのは、今回が初めてでしょうか」
「そうです」
「初めてのお客様には支配が簡単な原始レベルをお勧めさせて頂いておりますが、いかがでしょう」
「いや……。やっぱり中世がいいな。大変ですかね」
「いえいえ、大丈夫です。神として降臨中に難しさを感じられた場合には、相談窓口の方にご連絡頂ければ、お力添え致します」
「その時はお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願い致します。最後の質問ですが、惑星の規模です。信仰範囲が狭めで、戦争をしたいということでしたので、大きめの惑星で住民も多めがお勧めです。あまり小さめの惑星ですと、過程を十分に楽しめないということが御座いますので」
「なら、できるだけ大きいのでお願いします」
「はい。ではお客様のご希望に沿う惑星は……、この辺りですね。候補のなかからお好きなものをお選びください」
「ほう。どれもよさそうですね。値段が少し違うのは、どういう差なんでしょうか」
「ご利用頂いた後の文明修繕費の差になります。神として降臨されたお客様が去られた後、文明のリセット、記録の抹消、住民の数の調整など、様々な作業が必要になります。惑星毎の文明の違いでその為の費用が変わってきますので、その差になります」
「なるほどなるほど。高い方が複雑な文明が根付いているということですね」
「おっしゃる通りです」
「うん。じゃあこの一番高いやつがいいですね。支配した時が楽しそうだ」
「かしこまりました。それではご契約を進めさせて頂きます。これから初期設定の細部を決めて頂き、その後、本契約という流れになります。まずは……」
客との通信が切れると、私はふうと息をはいて、椅子の背に深くもたれかかった。手をぐっと伸ばすと、いい感じに体がほぐれてきた。そうして気合を入れ直して、新規契約の内容を子細に点検する。惑星の情報は特に念入りな確認が必要だ。現状の文明の発展具合。社会の状態。そして、信仰の受け入れやすさが許容値であるか、改めて計算する。
「どうだい?」
「あっ、神様」
振り返ると、神様が軽く上げた手を揺らしている。私は反射的に腰を浮かしたが、それは手ぶりで制されて、すぐに神様は私の椅子のそばへとやってきた。
神様が温かいコーヒーの缶を、コンッと小気味いい音を立てて、私の前に置く。
「コーヒーどう?」
「ありがとう御座います。頂きます」
神様は新規契約の内容を覗き込むと、うんうんと小さく頷いた。
「うまくいっているようだね」
「はい。もちろんです」
私は両手でコーヒーの缶を包み込むように握って、ゆっくりと飲みながら答えた。
「今はこうして小規模で実験しているわけだけれど、規模の拡大にはどう思う」
思わず、ううん、と声が漏れた。どう答えていいものか。なにせ神様は他の宇宙からやってきた方なのだ。やがてこの事業を一惑星から一銀河、そして最終的には一宇宙まで広げようとしているらしい。
私の頭では想像することも難しい。神様による神様の為の商売だ。その前段階としての、私たちを使った実験。
神様は私などには到底理解できないような奇跡の力で、この事業を作り上げた。そのような方に意見を言うなど畏れ多いのだが、沈黙が失礼にあたるのも分かっている。思い切って意見をぶつけてみよう。
「その……。一つの惑星でも持て余してしまうお客様が多いみたいです。いくつかの国を支配したぐらいで、契約が終わるケースが結構あります。これ以上規模を広げるより、惑星をさらに分割したほうが、事業を拡げやすいかもしれません」
「まあ、君たちの支配能力の限界というやつだね」
神様は別に私たちを蔑んでいるわけではなく、ただの事実として言ったに違いないのだが、私はなんだか恥ずかしくなって、目を伏せてしまった。
そんな私の気持ちを察してくれたのか、神様は私の頭に大きな手を置いて、慈しむように撫でてくれる。
「満足度はどうだい。それが重要なんだ」
「えっ、と。皆さんとても満足して頂いています。経過観察の結果、アンケートのいずれでも、これ以上ない優越感を得て、支配する喜びは最上です」
「ならいいんだ」
神様は満足そうに微笑んだ。私はふと気になったことがあって、それをぽつりと口の端からこぼしてしまった。
「神様にも支配欲があるんですか?」
言ってから、しまった、と思って、膝の上にそろえた手をじっと見つめた。神様は私の頭に置いていた手をそっと離して、後ろを向いてしまった。
怒らせてしまったかと思って、慌てて顔を上げると、神様ははにかみながら、
「同じさ、君たちと」
と、囁くように言った。
私がなんだかおかしくなって小さく笑うと、神様も一緒に笑った。




