第173話 透明な怪物
初めはそれが何なのか、まるで理解できなかった。
しかし、透明な何かは猛然と襲い掛かってきて、村人に危害を加えた。
目に見えない怪物に村人たちは恐れ慄き、抵抗すべく力を合わせた。
透明な怪物は脅威ではあったが、たったの一匹。
協力して狩り出せば、見えないとはいえ、その居所を掴めるはずだった。
俺は森の中を走っていた。
透明な怪物に追われているのだ。
太い樹の幹の陰に隠れて、素早く猟銃をあちこちに向けてみる。当然ながら敵の姿は見当たらない。
緊張はもはや限界に達しており、草をかき分ける音に驚いて銃口を突きつけると、可愛らしい子リスが駆けていった。
後悔の念が心の底から湧き上がっていた。
仲間とはぐれてしまった己の軽率さを憎んだ。
荒い息を整えようとするが、鼓動は治まらず、心臓の音で居所がばれてしまうのではないかと気が気でなかった。
銃弾はもう数えるほどしかない。冷静さを失って、むやみやたらと撃ちまくってしまった。発作的に虚空を狙撃したい衝動に駆られるが、この残り少ない銃弾は僅かに残った理性で守らなければならない。
震える手をもう一方の手で縛りつけるようにして、じっと耳を澄ます。
村まで戻りたいが、確実に安全だと思えるまでは動くのは不安だ。
風の音すらしない静寂。
感覚が鋭敏に研ぎ澄まされていく。
虫が這いまわる気配すら感じられるような気がする。
そうしていると、カサ、コソ、と小さな葉擦れの音が遠くから近付いてくるような気がした。よおく耳をそばだたせると、その音は確かに聞こえてくる。それもひとつではない。複数。四方八方からだ。規則正しい音の響きは、それが野生の動物なんかではないことを示している。
俺はゆっくりと座り込む。身を丸めて、息を潜める。
そんな胎児のような体制で、それが通り過ぎてくれることを願った。
だが、そんな祈りが届くはずもない。
無慈悲な包囲網が狭まってくる。
縄の輪が小さくなっていく。
首に、縄目が触れる。
喉が、苦しい。
遂に堪りかねた俺は、バッと身を起こして、音のする方へと猟銃を向けた。そこには無論、何もいない。しかし、引き金を引いて、銃弾が飛び出ると、確かに何かを仕留めた手ごたえがあった。
すぐさま別の方向へと銃口を向けて、引き金を引く。また一匹、透明の怪物を仕留めた。
震える手で銃弾を込める。
だが、俺の快進撃もそれまでだった。
後ろから殴られ、倒れてしまうと、一斉に透明の怪物たちが覆いかぶさって来た。
俺はいたぶられ、意識が薄れると、やがて心は細い線になって、ぷっつりと消えてしまった。
村では喝采が巻き起こっていた。
二人の死人を出したものの、透明な怪物を見事討ち果たしたのだ。
勇敢な戦士たちは祝福され、犠牲者は厚く弔われた。
そうして祝杯が掲げられると、陽気な宴は朝日が昇るまで続けられたのだった。




