第12話 五秒前
時空転移装置が完成した。いわゆるタイムマシンというやつだ。さかのぼれる時間はたったの五秒だが、それでも世紀の大発明である事は間違いないだろう。
装置は二つある。一方が入口で、もう一方が出口だ。入口側の装置に入ってマシンを起動させると、出口側の装置に瞬間移動し、五秒前の世界にタイムトラベルしているという訳だ。
五秒と言うとわずかな時間だが、その時間の壁を超える為には巨大な装置が必要になった。一台分で研究室はいっぱいになってしまい、入口と出口の装置は別々の部屋に設置するしかなかった。
俺はマシンを操作すると入口側の装置に入る。歴史的な瞬間がもうすぐ目の前に迫っている。研究室の壁一面にはたくさんの時計が取り付けられている。どれも時間を精密に合わせた上で、秒針がよく分かるように工夫が凝らしてある。出口側の装置が設置してある部屋も同様だ。あちらに移動し、更に時計をすぐさま確認して、秒針が五秒前に戻っていれば成功だ。
時間を見逃さないように集中する。遠くで何か声がしたような気がしたが、その瞬間、装置は轟音と共に閃光を放って起動した。
成功だ。確かに俺は出口側の装置の中にいる。時計の針が戻っていることも見逃さなかった。すぐさま装置を出て大きく伸びをする。体にも異常はなさそうだ。
振り返って装置を見ると奇妙なことが起こっていた。今、俺が出てきた装置の中に俺がいるではないか。時計が目に入る。その時間は五秒さかのぼっていた。
装置の中の俺は驚いた様子で外に飛び出してきた。そして言葉を発しようと息を吸い込んだ時に、またもや装置の中に新たな俺が出現した。時計は再び五秒前を指し示している。
俺は呆然とした。他の俺も同様だ。そうしているうちにも時間は流れ、寄せては返し、俺が一人ずつ増えていった。
実験は失敗だ。この装置には致命的な欠陥がある。入口側の装置の中にいる俺を止めなければならない。
十数人の俺が同時に事態に気がつき、一斉に走り出した。死の物狂いで部屋の扉に向かうが、押しのけ合いになって、倒れた俺たちが積み重なる。俺につまづいて俺が転び、俺の山が築かれる。
刻一刻と俺が増え続けている。扉はもう俺に覆われて見えなくなってしまった。俺はもがくが、俺自身に押しつぶされて徐々に意識が遠くなった。