第110話 彗星
宇宙の彼方から、巨大な彗星が長い光の尾を引きながら、地球へ向かって飛来してきた。初めは光のゆがみによる幻かと思われたが、世界各国の天体望遠鏡によって観測され、それが実態を持った恐るべき脅威であることが分かった。多くの科学者たちが計算を行ったところ、遠くない未来にその彗星が地球へと激突するのは避けられない事態であった。もし現実のものとなれば、かつて恐竜が滅んだ時を超える大災害となり、地球そのものが砕け散ってしまう可能性があった。
人々は恐れおののき、何とかきたるべき破滅を回避できないかと頭を悩ませた。その間も彗星は宇宙空間を矢のように引き裂き、地球との距離を凄まじい勢いで縮めていた。
結局解決の糸口すら見つからないまま、人類は滅びを目前に迎えてしまった。誰もがもうだめだと諦めかけた時、突如彗星は軌道を変え、明後日の方向へと飛び去って行った。かと思うと、また戻ってきて、再びどこかへと行ってしまう。人類を子馬鹿にするように、それは恐怖をまき散らしては、安堵を振りまくということを繰り返した。
「こらっ。ダメでしょ。そんな所を飛ばしちゃ」
母親が子供からラジコンのコントローラーを取り上げた。
「やだ、返してよ」
「買ってあげた時に、危ない飛ばし方はしないで遊ぶって約束したでしょう」
「分かったから、大丈夫だから。約束は守ってるよ」
駄々をこねるように言う子供に、母親は渋々といった様子でコントローラーを返してあげた。コントローラーを返してもらった子供は、母親に褒めてもらおうと、喜々としてラジコンを操作した。
「ほら見て。僕、上手でしょ」
「あら、本当ねえ」
彗星は器用に惑星を避けて、その間を飛び回っており、その長い光の尾が描く神秘的な図形を、親子は穏やかな気持ちで眺めたのだった。




