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井ぴエの毎日ショートショート  作者: 井ぴエetc


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第107話 富豪海域

 お宝が眠るという海域の噂を聞いた時、貧しさに苦しんでいた俺は一も二もなく飛びついた。船を用意する為に全財産をはたいたが、それでも足りず、俺と同じく貧困に喘ぐ男を仲間に引き入れ、更には借金までして準備を整えた。そうして俺と相棒は船に乗り込み、大海へと乗り出したのだった。

 荒波に何度も襲われ、凶暴な海獣、強烈な日差しや嵐といったいくつもの試練を乗り越えて、俺たちはお目当ての海域へと辿り着いた。

 濃い霧が出ていた。呪われた海域とも言われていたので、俺たちは震えあがりながらも、目は血走ってお宝を探し求めた。伝え聞いた所によると、お宝は三つ固まった岩の窪みにあり、どんな願いでも叶うほどの財宝が眠っているらしかった。

 先に気がついて声を上げたのは相棒だった。それらしき影が霧の向こうに浮かび上がっている。海は静まり返っており、一撫での風すらない。相棒は船を近づけるのすら待ちきれない様子で、勢いよく海に飛び込むと、岩に向かって泳ぎ出した。俺は船を操りながらもそれを見守っていたが、突然の大波が俺たちを襲った。相棒は岩まであと一歩という所で波に攫われ、俺の乗る船も呑まれて流されてしまった。

 俺は必死に船にしがみついて、振り落とされまいとしていた。やっと安定を取り戻すと、俺はドウドウと鳴り響く胸を押さえて、命がまだあることを天に感謝した。周りを見回すが、岩も相棒も、その姿は影も形もなくなっており、今自分が海のどの辺りにいるのかすら分からなくなっていた。

 風に任せて船に揺られ、限られた食料を少しずつ齧りながらあてもなく彷徨う。船が再び霧の中へと誘われた時、相棒の声が聞こえてきた。手の届きそうな場所で相棒が波に揺られてもがいている。俺は助けようと手を伸ばしかけて、ふと食料のことが頭を過った。残された食料はあと僅かだ。二人で分ければ瞬く間になくなってしまう。そうすると、仮に陸に辿り着ける可能性があったとしても、生きてはいられないかもしれない。

 俺は相棒を見捨てた。後ろから追いかけてくる相棒の声に耳を塞ぎ、その場から逃げ去った。

 しかし、結局どちらへ向かえばよいのかは分からないままだった。勘を頼りに船を進めてみたが、またしても霧にぶつかってしまった。

 相棒の声が聞こえてくる。恐る恐る視線を向けると、相棒はなんと宝があるという岩の上に辿り着いており、宝石を掲げながら、こちらに手招きしている。俺は迷った。宝は欲しい。だが一度見捨てた俺を相棒は許すだろうか。食料の問題も依然として立ち塞がっている。きっと、あの宝石につられて俺が船を寄せたりすれば、相棒は俺に躍りかかって、船と食料を奪うのではないか。そんな妄想が頭の中をぐるぐると回っていた。

 俺は再び逃げた。しかしいくら逃げても、なぜか霧に呑み込まれ、あの岩のもとへと吸い寄せられるようにして戻ってきてしまう。

 相棒は岩の上で肉を食べていた。俺は唾を呑み込み、心底羨ましいと思ったが、二度の裏切りはもはや容認されるべくもないということは理解しており、決して岩に近づくようなことはしなかった。次に岩の近くを通りがかった時には、相棒は機嫌よく酒を飲んで顔を上気させていた。その次にはどこから現れたのか分からないが、女を抱きながら楽し気に言葉を交わしていた。

 岩の上には全てがあった。金銀財宝、食料、酒、女。それでも俺は自分のちっぽけな命にしがみつくばかりで、逃げること以外にはできなかった。


 俺は気絶していたらしい。気がついた時にはいくつもの顔が俺を覗き込んでいた。ついに食料を食べ尽くしてしまっていたが、ぎりぎりの所で俺の命は助かったようであった。陸地に流れ着いたのだ。だが、残されていたのは命と借金だけ。以前よりも厳しい貧困に見舞われながら、俺はどうしてあの時命を投げ打ってでも岩に行くことができなかったのかと、その命が尽きるまで考え続けるのだった。

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