第1025話 接待面接
呼ばれて会議室にいくと、上司がぽつりと待っていた。
長テーブルとパイプイス、ホワイトボードだけという狭い部屋に、ふたりっきりの息苦しさ。
おれが座ると、ノートパソコンを渡される。
なにを言われるのかと思えば、切り出されたのは、こんな内容。
「昨今の時流に乗って、わが社も面接にAIを導入することになった」
そして、その試験運用をおれに任せたいのだという。
ノートパソコンを立ち上げると、専用のアプリがインストールされていた。
使い方はそれほど難しくなさそうだ。
AIが作成した質問を投げかけ、答えが返ってくると、その音声をコンピューターが文章に起こして保存し、評価を下す。それとは別に、おれが入力する欄もあり、複合的な視点から、結果が自動的に算出されるという仕組み。
各質問ごとの評価は5段階。全体の結果は点数で示される。
評価は5に近いほどよく、100点で満点。
どんな人材を採るか採らないかで、社の命運が決まる。
そんな重要事項に関わるプロジェクトに携われるのは、かなりのチャンス。
うまくいけば、昇進も夢ではない。
ふたつ返事で「お任せください」と胸を張ったおれに、上司はウンと頷いて、
「では、さっそく面接を頼む」
「と、おっしゃいますと、いまからですか」
「その通りだ」
「どなたを?」
現在、人材募集はしていなかったはず。
とはいえ、試験運用という話だったから、社員の誰かが面接を受ける役をやってくれるということか。
と、考えていると、向かいの席に座る上司が、自分の顔を指差して、
「わたしが相手役をする」
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やりづらくってしょうがない。
おれが試験官で、上司が面接を受けにきた、という想定での試験運用。
まさか、普段とは真逆の立場を演じるはめになるとは。
おれはオホンと咳払いをして、努めて真面目ぶった顔をすると、パソコンの画面に表示された質問を読み上げる。
「では最初に、1分で自己PRをお願いします」
すると、長テーブルを挟んだ上司は、まるで新入社員みたいに背筋を伸ばして、朗々と話しはじめた。
「わたしという人間を一言であらわすのなら、それは働き蟻です。蟻はフェロモンで仲間に道を示しますが、そのように示された先駆者、先輩方の道を辿り、また、後続のためにきっちりと標を残すことが重要と常に考え……」
よくわからない例え話を交えた自己PRは、おれの心には響かなかった。
AIの評価も芳しくはない。
1分が経過したのを確認して、
「なるほど。わかりました。ありがとうございます。次に、あなたの長所と短所を教えてください」
「短所は物事に没頭しすぎること。集中していると、声をかけられても気づかないことがあります。視野がやや狭いのかもしれません。長所は計算能力の高さです。高校生の頃にはそろばん大会で入賞したこともあり……」
これまで一緒に仕事をしていて、たしかに思い当たることがある。計算が早いとは感じていたが、そろばんをやっていたのは初耳。
なまじ付き合いがあるだけに、評価が難しい。
可もなく不可もなくといったところだろうか。
いや、ちょっと色をつけて、高めにしておこう。
だが、AIの評価はこれまた厳しい。
求める水準には届いていない、という感じ。
それから、順次質問を続ける。
学生時代に学業以外で取り組んでいた活動……その活動で得たものはなにか……グループで行動するとき気にかけていること……わが社への志望動機……入社後に携わりたい仕事……1年後、5年後、10年後の展望……休日の過ごし方……
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「どうかな。わたしは合格か?」
上司に尋ねられて、おれは慌てて眉間のしわを伸ばす。
「あっ、ハイ。もちろんですよ」
おれに、なんて答えろというのだ。
AIの判断は不合格。
しかも、点数は中の下。
こんな結果、口が裂けても言えない。
上司の機嫌をそこねたら、昇進への道が遠のいてしまう。
おれがついた嘘の結果に、上司が満足げに「そうか」と、こぼしたので、余計に本当のことを言い出せなくなった。
困ったおれは、パソコンのデータをこっそり改竄し、点数をごまかしておく。
息が詰まるような面接のシミュレーションが終わり、やっと解放される。
席を立つおれに、上司が声をかけた。
「AIの導入については、概ね決定してはいるが、上層部の話し合いでまだ方向性が変わるかもしれないんだ。だから、このことは口外しないように」
「承知しました」
と、退室。
寿命が縮んだ。
こんな試験運用がこれからもあるかと思うと、先行き不安でたまらない。
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部下がいなくなった会議室で、ひとり残った上司がパソコンを操作する。
AIを呼び出して、評価を確認。
表示されている結果は、
”試験官適正なし”
”その場しのぎの嘘で取り繕う傾向あり”
”上昇志向の強さに実力が伴っていない”
さらには、人情があれば書くのを躊躇うような厳しい文言が、ずらりと並ぶ。
全体の総合点は下の中。
読んだ上司は、残念そうに息をつき、
「いいやつなんだが……」
と、ひとりごちながら、部下の昇進の推薦文をごみ箱のなかへと放りこんだ。




