第1023話 明日はイイ日
「ああ。なにかイイコトがないものか。昨日も、一昨日も、平凡な日だった。今日もだ。代り映えしない毎日。明日はイイ日であってくれればいいのだが。宝くじが当たるとか、ステキな人と出会うとか、通勤電車が空いているだけでもいい……」
ひとりごちながら、川辺を歩いていると、つま先に硬いものがぶつかった。
カツンっ、という音に視線を落とすと、そこにあったのは、ちいさな瓶。
ガラスっぽい質感。濃い色合いで彩られており、不透明で、なかは見えない。
水面に反射する光を浴びて、ステンドグラスみたいに、きらきらと輝いている。
しぶきに呑まれて、川に流されそうになったのを、思わず拾いあげた。
手のひらにおさまるぐらいの大きさ。形はなんの変哲もない筒型。口はコルクでぴったりと栓がしてある。傷はなく、新品のようにきれいだ。
軽く振ってみたが、音はなし。重さは軽い。
どうしようかと首を傾げていると、ふと閃いた。
――もしかしたら、ボトルメールかもしれない。
瓶に入れた手紙を、海や川に流して、見知らぬ人と交流しようというあれだ。
この偶然の出会いがスバラシイ明日をおれにもたらしてくれるかもしれない。
そう思って、意気揚々と蓋を開けたのだが、おれの予想を裏切って、出てきたのは煙。
噴き出してきた黒煙に、びっくりして瓶を取り落としてしまう。
カラコロと転がる瓶。
突風が煙を晴らすと、瓶のそばに、みょうちきりんな小人が立っていた。
「いやあ。ありがとうございます」
体格に似合わぬ、よく通る声で、
「瓶詰めにされてしまって、外に出られなかったんですよ」
そして、小人はお礼として、おれの望みを魔法でなんでも叶えてくれると言ってきた。
しかし、突然のことで、なにも思い浮かばない。
咄嗟に口をついたのは、
「だったら、明日が今日よりイイ日になるようにしてくれないか」
「お安い御用で」
小人はムニャムニャと呪文のようなものを唱えると、
「これであなたの”明日”は”今日”よりイイ日になりましたよ」
そう告げて、口笛をぴゅうと高らかに吹いた。
すると、どこからともなく小鳥が飛んできて、小人を乗せると、あっという間に空の彼方へ消え去った。
-×-×-×-×-×-
以来、おれは明日を待ち続けている。
けれど、おれが明日に辿り着くことは決してない。
おれの居場所は常に今日。
今日から見れば明日でも、明日になると、それは今日なのだ。
屁理屈みたいな話だが、どうやらそういうことらしい。
今日の時点では、明日にイイコトがあるような強い予感がしているのだが、日をまたいだ途端、煙の如くにかき消えてしまう。
そんなことが続くと、意識せざるをえなくなった。
イイ日はいつまでも手の届かない場所。
今日は明日よりヨクナイ日。
これなら、先のことなどなにもわからず、想像をこねまわしていた前のほうが、ずっとずっとマシだ。
小人を探し出して、魔法を解かせようにも、どこにいるのやら。
募るのは明日への希望ではなく、昨日の後悔ばかり……




