第10話 宇宙人薬
「この宇宙人薬。なぜ宇宙人なんでしょうか?」
とある番組で司会者が質問すると、博士は語り始めた。
「現代において、人類は機械の助けを得て素晴らしい力を手に入れました。風より早く移動し、大岩をも軽々と持ち上げることができます。人を超えた力という訳です。しかし精神となるとどうでしょうか。人を超えた力には、人を超えた精神が必要であると私は考えました。そこでこの宇宙人の心になる薬を開発した訳です」
「けれど宇宙人である必要が本当にあるんですか。神様や仏様の心になる薬は作れなかったということですか」
司会者は意地悪な笑みを浮かべて言ったが、博士の威厳と自信に満ちた顔は微塵も崩れることはなかった。
「大事なのは未知であるということなんです。私が思うに宗教の中に神秘はありません。それはいまや広大な宇宙の中にしかないのです。未知というのは唯一無二です。特別な一個体であるという意識は、究極の自己肯定に繋がります。宇宙人の心こそがその到達点であり、人を超えた精神と言えるでしょう」
「なるほど。確かに博士も自信満々でいらっしゃる。しかしですね、専門家からは選民意識が芽生えるきっかけになり、差別を助長するという指摘がありますが、これについてはどう思われますか」
司会者は皮肉めいた口調でなんとかボロを出させようとしていたが、博士は全く堪えていない様子で一笑に付した。
「ハッハッハ。それはありえないでしょう。この薬で得られる宇宙人の心というものは、それぞれ個人で異なるものなんです。火星人とか、木星人とかいった特定の星の宇宙人という訳ではありません。薬を飲んだ方が想像する何者でもない宇宙人なのです。薬が宇宙人の心を作るのではなく、あくまでその根源は各々の心にあり、それを刺激する役割ということですね。ですから薬が飲んだ人同士が出会っても、他の惑星から来た宇宙人だと感じるでしょう。特別と言ったのは、優れているということではなく、バラバラだということです」
「それでも自分が特別だと意識し始めると、そうでない人に差別的な感情が生まれないとは言えないんじゃないですか」
「宇宙人の心をもった人々は、決して交わらない無数の点になります。独立している訳です。繋がって線や面にはならない。集団化する必要がなくなるんですね。差別は集団の中で生まれるものですよ。宇宙人の心を持っていない人々からは奇異の目を向けられることはあるかもしれません。ですが真に特別な心をもった人というのはそんなものは気になりません。争いも好みません。対立にまで発展することはないでしょう」
その後、司会者はいくつもの質問を浴びせたが、博士はよどみなく返答をした。
番組の最後には、司会者が実際にその薬を飲んで試してみることになっていた。司会者は疑わし気な態度を隠さず、嫌々といった表情で薬を飲み込んだ。それを見ていた誰もがその変化に気がついた。司会者がまとう雰囲気にトゲトゲしさがなくなり、すっきりとしたように感じられた。
番組終了後には薬の注文が殺到し、たちまち宇宙人薬は大流行した。
薬を飲んだ者は皆やる気に満ち溢れて、何でもできる気分になった。地球に住まうどんな生き物とも違う存在になったように思えた。精神は強固になり、宇宙規模でものを考えられるようになると、原動力が沸き上がった。他者と比較する必要性を感じなくなり、妬み嫉みといった感情も薄れ、犯罪も減っていった。
人々の行動は活発になり、社会は急速に発展していった。
ある時、宇宙人薬に反対する団体が現れた。薬を飲んで宇宙人の心になった者たちは、そうでない者たちに劣等感を与える加虐者だと主張して、これこそが宇宙人の侵略だと声高に叫んだ。しかし薬を飲んだ者たちには相手にもされず、その強力な意思に相対して勝ち目があるわけもなかった。反対団体の者たちも皆密かに薬を飲んで対抗するようになり、結局団体は自ら瓦解して薬の存在は肯定される結果となった。
今や全人類が宇宙人の心を持っていた。すると誰もが心の中に、とある感情が芽生えるのを感じた。それは孤独だった。自分の本当の居場所は、遥か彼方の宇宙の果てにあるような気がした。人類は強い熱意を滾らせて迅速に行動した。すぐさま無数の宇宙船が建造されたのだった。
人類は一人残らず宇宙へと飛び去っていった。誰もが自らの故郷を求めて。