魔王の仕事2
ガルムは半裸で大剣を背中に身に着けた状態でやって来た。
どうやら剣の稽古をしている最中だったようだ。
俺に見せつけるようにムキムキに鍛え上げられた大胸筋を動かしている。
顔や大胸筋には大きな傷跡が痛々しいほどに残っており、数々の歴戦を戦い抜いた者であることが素人の俺からでも伺える。
やはり俺が魔王なのが未だに納得できていないようで、不貞腐れたような表情をしながら部屋に入ってきて、椅子にドシンと派手な音を立てて座ってきたのだ。
不機嫌そうな表情だったこともあり、リーナとフーリのゴブリンメイド達も縮こまってしまっている。
「魔王様が俺に用があるようだが……一体何の話をしたいと思っているんだ?」
「一度腹を割って話そうと思っていてね。ガルムの事については色々と聞いたよ。戦闘系魔族の長として頑張っているという事もね。だから、お互いに知る必要があると思ったんだ」
「知る必要ねぇ……まぁ、俺としても魔王様が人間であることには納得できない部分があるのは確かだ。魔王様がそうお望みであれば、俺も話をしてやろうじゃないか」
「ありがとう、助かるよ」
話がしたいとガルムに尋ねると、ガルムは了承してくれた。
戦闘系魔族のトップという事もあってか、こうして近くまで来るとかなり身長がデカい上に、まず今の俺では彼に勝てないだろう。
拳銃やライフル銃を持っていたとしても、彼のように鍛え上げられた筋肉ムキムキの魔族ならば、引き金を引く前に襲い掛かってくるに違いない……。
念の為、現在のガルムについてステータス画面で確認してみることにした。
話をする前に、ガルムのステータス画面で概要を見る事が出来れば、どんな生い立ちに至ったかについて知る事が出来るからだ。
―――――< 獣人:ガルム Lv.90 >―――――|×|
種族:オオカミ型獣人
性別:男性
基礎メーター
体力8700/9000 気力5200/5500 空腹度279/300 MP800/800
属性:闇
魔族:戦闘系
役職:再興郷防衛隊司令官
概要:ガルム
初代魔王に仕えた戦闘系魔族であり、実質的な再興郷における軍事組織のリーダー格たる人物である。
再興郷最初期の頃は探索や偵察任務などを忠実にこなし、実績を積み重ねた結果、魔王の側近に取り立てられるようになる。
元々与えられた役割が斥候であった事を踏まえても、勇猛果敢に敵を粉砕する姿から戦闘系魔族の憧れの的となる。
やがて初代魔王の覇気が無くなり、病によって指揮などを信頼の置いていたシルヴィアに一任するようになる頃には、再興郷の防衛を担うべく軍事組織である『防衛隊』を発足させ、戦闘系魔族において子供や病気、身体障碍を負ってしまった者を除いて再興郷の周辺の警備や、都市部での資源回収の護衛、前哨基地での偵察任務を担う戦闘兵種として育て上げる司令官に抜擢される。
しかし、ガルムは満足出来なかった。
初代魔王に何度も定期的に襲撃をしてくる軍用ロボット集団の本拠地に直接乗り込んで脅威を排除するべきだと訴えたのだ。
軍用ロボットの襲撃頻度が年々増加傾向にあるにも関わらず、魔王はガルムに対して本拠地の偵察などを進言せずに『現状維持』の一言だけしか言わなかったのだ。
それに、シルヴィアのような支援系魔族が魔王の政治権力を掌握していると思っており、彼らによって魔王は正常な判断が失っていると感じているのだ。
日和主義的な考え方になっている初代魔王や側近たちに怒りを覚えており、日に日に意見の対立も増してきている。
監視の目さえなければ自分が魔王再興のために行動を起こすべきだと考えている。
つまりは、二代目魔王が少しでも役に立たない日和主義的な考えであれば、容赦なく殺して権力の座から引きずり降ろそうと計画している。
戦闘系魔族の大半はガルムに忠誠を誓っており、彼がその気になれば体制を転覆することも可能である。
―――――!warning!警告!warning!―――――
ガルムは現在、支援系魔族との関係が悪化しており、現在支援系魔族と戦闘系魔族の対立は水面下だけではなく表面的に悪化しつつあります。
貴方が対応を間違えると、すぐにガルムによって再興郷の体制は転覆されてしまうでしょう。
ガルムが貴方へ剣を抜く前に、彼を説得して対立の鎮静化を図る必要があります。
対立度が100を超えてしまうと、ガルムは体制転覆を行うためにクーデターを実行してしまいます。
対立度を意識して常に気に掛けてください。
現在の対立度:80
―――――<閉じる>―――――
やはり、この再興郷を守っているというだけあって彼のレベルは相当高い。
その上、支援系魔族との対立は深刻みたいだ。
今の対立度は80……これがあと20追加すれば自動的に彼は体制転覆を図り、その過程で俺も消されてしまう恐れがある。
つまりはゲームオーバーというわけだ。
これがゲームの世界ならば死んだら戻るかもしれないが、下手したらやり直しが効かないので、何としてもここは支援系魔族との仲を修復すべく全力を出すべきだろう。
俺はできる限り、落ち着いた口調でガルムと面と向かって話をすることにした。
「単刀直入に言おう。軍用ロボット集団の本拠地を攻めるべきだと主張しているそうだが、それは事実かい?」
「ああ、事実だ。軍用ロボット集団は血も涙もないクソみてぇな集団だよ。声のトーンも中性的で無機質な黒い金属で出来た殺戮者だ。その殺戮者を抹殺しなければ再興郷の安全は担保できん」
「本拠地を攻める事に関しては否定はしないよ。何度も繰り返し襲撃を仕掛けてきている以上は、この場所を脅威と見なして攻撃しているはずだから、襲撃を止めるためにも此方から本拠地に襲撃を仕掛ける必要性も生じると思うんだ」
「ほぅ……魔王様も話が分かるじゃねぇか」
「ただ、今すぐに本拠地を襲撃するのは得策ではない」
「その理由を聞かせてくれないか?」
「軍用ロボット集団の本拠地は、この人類文明が崩壊する前に作られた軍事施設の可能性が極めて高いし、恐らく今襲ってきているロボット集団よりも更に強力な武装をしているはずだ」
「相手が強力な武器を持っているなら、こっちも剣や槍を準備しておけばいいだろ?」
「いや、生半可な装備だとこちらが全滅するリスクのほうが大きいんだ」
俺はガルムの本拠地への攻撃に関する主張を否定しなかった。
度々襲ってきて厄介な相手であれば、その脅威を排除する必要があると思うのは当然のことだ。
しかしながら、一斉突撃を行って勝てる相手だとは到底思えない。
戦前に作られたロボットが稼働しているという事実を踏まえても、人間が殆どいなくなってしまったこの世界でもロボットたちだけでメンテナンスなどを行っている可能性の方が高いのだ。
ムッとした表情を見せるガルムだが、少なくとも話を中断したりするようなことはしていないので、しっかりと聞いているのだろう。
思っていたよりも理性的なタイプで助かった。
これが感情論的にカッとなるタイプだったら、今頃俺はぶん殴られていたかもしれない。
無茶な作戦を立案して自分達の仲間を大勢死なせるなんてことはしたくない。
例えこれがゲームの世界だったとしても、俺としてはそうした無鉄砲さで多くの魔族に指示が出来る立場だけに、ガルムの言う支援系魔族も総動員して突撃させるやり方は戦術面でも多大な犠牲が出る上に、戦闘が終わった後でも魔族の数が激減する要因になり兼ねない。
「勿論、ガルムの言っている軍用ロボット集団の排除については正しい。襲撃頻度が上がってきているのはマズい状況でもあるからね」
「なら、今のうちに攻めるべきじゃないのか?」
「今は状況把握と敵の本拠地の把握、それから武装を整えてから行うべきだと思う。中途半端に剣だけ持たせて突撃をして戦って勝利したとしても、こちらの損害が大きすぎるんだ」
「……俺たちの力を信じられないと?」
「そうじゃない。まずは軍用ロボット集団の行動を把握して情報収集を集めてからでないといけないんだ。軍用ロボットは人類の作った兵器なのは知っているだろう?」
「ああ、文明崩壊前に作られた技術が使われているのは知っている。民間用ロボットからその手の話は聞いたからな」
「軍用ロボットは人間と同じ、もしくはそれ以上の知能があると思ってもらいたい。現状のワナを仕掛けて倒せているのは、恐らく原始的な替えの利く安価な種類のロボットを使っているはずだ」
万が一ではあるが……。
軍用ロボットを生産する工場が未だに稼働しているのであると仮定すれば、何度でも襲撃してくる理由に説明がつく。
基本的にロボットいえど部品がなくなったり損傷したりすれば動けなくなってしまう。
しかし、そんなことなどお構いなしに次々とロボットを送り込んでくるという事は、消耗しても代用可能な部品が存在しているからこそ、もしかしたら生産を続けているのではないか?と俺は睨んでいる。
つまりは、彼らはまだ最終戦争後でも『戦争が継続されている』という指揮命令系統に則って、行動している可能性が高いのだ。
「つまり……俺たちの戦っている軍用ロボットは、弱い奴らって事か?」
「恐らくそうだろう。治安維持に必要な暴徒鎮圧用の戦闘能力が抑えられているロボットである可能性が高い。つまり軍用ロボットにおいて、あれは一番弱い部類に含まれるはずだ」
「……それじゃあ、なぜ強い奴はどうしてこっちに来ないんだ?」
「……状況からして現状維持で手一杯なのでしょう。これはあくまでも推測だが、本拠地の警備と護衛を任せるように命じられたまま文明崩壊した為、命令された通りに本拠地を守るためだけに行動しているのだろう。もう命じた人間は戦争で死んだのに、命令解除されていないからそのままだ……」
「……つまり、親玉で強い奴が其処に鎮座しているってわけか……」
「その通り。そして親玉であるロボットは強敵を抹殺することを前提として作られているはず。装甲や武装も再興郷を襲撃してくるロボットとは比較にならない。生半可な攻撃では絶対に通用しないだろう」
威勢を誇っていたガルムだが、俺の話を聞いているうちに見る見る顔が青くなっていくのが分かる。
おそらく、再興郷を襲撃してくるロボットの群れを倒すと思っていたようだが、それ以上にヤバい奴らを相手にするのではないかという考えに至ったのかもしれない。
そろそろ頃合いだと思い、俺はガルムに一つ提案を行ったのだ。
「ガルム、君の再興郷を守ろうとする気持ちは俺も理解している。だからこそ力と人脈を借りたいんだ」