魔王現状把握
「それで……再興郷についての現状なのですが……今の状況はどうなっているのか教えてもらってもいいですか?」
ある程度の情報は、ステータス画面に表示されるものの、再興郷に関する詳しい情報はシルヴィアさんに直接聞いた方が早いと思ったからだ。
ステータス画面で描かれる文字に対して、シルヴィアさんが口頭で語る再興郷の現状を直に聞いた方が感情を読み取るという面では大いに役立つからだ。
メールで「ごめんなさい」と書いて送信すると、直接会って「ごめんなさい」と頭を下げて謝るのとでは、同じ言葉でもニュアンスが全く異なるのと同じだ。
直で当事者の声を聞きたいと思った。
シルヴィアさんは少し沈黙した後、すこし悲しそうな表情をしながら答えてくれた。
「正直に申し上げますと、現状はあまり良くありません……魔王様が崩御する半年前から、この再興郷内で広がっている魔族同士のいざこざなどが表面化しつつあるのです」
「いざこざですか?」
「初代魔王様の最期の勅命で、次の魔王は魔族から選ぶのではなく、次元の壁を越えて人間種を選ぶことにしたのです」
「では……魔族の中から魔王の後継者を選ぶとそのいざこざを加速させてしまう恐れがあったので……俺を召喚したというわけですか?」
「はい、その通りです……」
どうやら、俺の召喚は再興郷内で広がっている魔族同士のトラブル拡大防止の為に必然であったのと同時に、魔王からの勅命であったと語ってくれた。
改めて、シルヴィアさんから魔族に関する説明を受けることになった。
「魔族の種類などについて教えてもらってもいいですか?」
「主に魔族は大きく分けて戦闘系と支援系の二種類が存在します。獣人やオーガ、オークにドラゴンといった力が強くて戦闘において強さを発揮する魔族と、スライムやフェアリー、ゴブリンや虫人、私のようなダークエルフといった戦闘は強くないものの、農耕や工芸といった生活を支える魔族がおります」
魔族の集合体ということもあり、それぞれ役割分担を担い生活しているという。
まず戦闘系の魔族は再興郷の防衛や周辺地域の偵察を行い、原生生物を狩って肉類を調達したり、有事の際には兵士として戦う義務がある。
次に支援系の魔族は主に農耕地の拡大や、再興郷内部の施設整備などを請負っており、文明崩壊後に残された資源の再利用・施設の維持管理業務、農作物の生産や再興郷の住民管理などインフラに関わる仕事を携わっているという。
どっちの種族もここでは生きていく上で欠かせない存在であり、互いに支え合い、助け合ってきた仲なのだが、ここ最近……その関係がギクシャクし始めたという。
「戦闘系も支援系も……双方共に再興郷にとって欠かせない存在であるのです……どっちかが欠けてしまうと成り立たなくなるのが再興郷なのです……が、半年前から戦闘系の派閥を率いている獣人のガルムは、このまま軟弱な基盤のままでは郷が滅ぶといって、戦闘系魔族重視の政策を行うように魔王様へ直訴する事があったのです」
「ああ……あの、俺が召喚された直後に部屋を出ていった方ですか?」
「そうです。元々彼は魔王様に付き従ってきた歴戦の猛者でもありますから……側近としても強い発言権を有していたこともあり、彼の意見に同調する戦闘系の魔族も少なくないのです」
続けて、シルヴィアさんはガルムさんが強硬的になった理由についても説明してくれた。
丁度ガルムが戦闘系魔族重視の姿勢になったのも、文明が崩壊した後も都市部を防衛し続けている軍用ロボットによる襲撃が相次いだからだそうだ。
「丁度今から1年前程前……都市中心部の探索を担っていた偵察部隊が、軍用ロボットによる襲撃を受けました。幸い、死者は出なかったのですが……それから定期的に再興郷の領地に軍用ロボットの群れが襲撃してくるようになったのです」
「軍用ロボット……?文明崩壊前に作られた兵器ですか?」
「ええ、その通りです。我々に対して比較的友好的である『民間ロボット』に対して、『軍用ロボット』は我々を見つけるなり『特別非常事態宣言下に伴う戒厳令発令中につき、独自の判断に則って処罰します』と発言してから殺しに掛かってくるのです。彼らは民間ロボットとは別に切り離された独自の指揮系統を持っている為、我々でも手に負えないのです。彼らには血も涙もない……」
軍用ロボット……。
サーバーの閲覧情報に記載されていたニュースでも取り上げられていたヤツか……。
文明崩壊前にこの地を統治していた国家が開発した兵器で、どうやら有事の際には独自の自律プログラムに則って行動するらしい。
後でサーバーに残された情報を元手に、このロボットについて調べてみよう。
「一度、我々の仲間になった民間ロボットの方が、説得の為に軍用ロボットへ交渉に赴いてくれたことがありました。しかし、彼らは『貴方は自律プログラムに異常が見受けられる為、処分を開始します』と告げていきなり攻撃したのです……攻撃されたロボットや、ロボットと一緒にいたコボルトの方は助かりませんでした……」
「では、ガルムさんはその時以来、どんな犠牲を払ってでも軍用ロボットを倒す為に、戦闘系魔族の強化を行うべきという考え方になっているといわけですね?」
「その通りです。その為に軍用ロボットがやってきたら迎撃するのではなく、多くの犠牲を払ってでも軍用ロボットの拠点を潰すことを最優先にしようとしているのが……ガルムの考えです。目的のためならば、支援系魔族に対しても容赦しないとしているのです……」
……再興郷も一筋縄ではいかないというわけか。
過去の文明の遺産であり、現在では再興郷の脅威となっている軍用ロボット……。
ここまで聞いた限りでは定期的な襲撃はあれど、戦車や戦闘機などの強力な兵器を搭載したものではないらしい。
それでも、再興郷を脅かしている脅威であることには変わりないようだ。
「現状では、今の戦力で防衛することは可能です。彼らの弱点も分かりましたから……」
「弱点?」
「軍用ロボットは長時間動きが活発である反面、大量の熱を放出しているのです。身動きできないように封じ込めてから、その熱を放出している部分に、大量の水や土、綿などを詰まらせるとたちまち内側から壊れます。頑丈な身体を持っており、生半可な攻撃は通用しませんが、その部分だけは我々の武器でも対応できます」
「なるほど……では、これまでに拠点を襲撃されても無事だったのは、そうした戦術を確立したことで犠牲を最小限に抑えているというわけですか?」
「その通りです。防衛だけであれば我々でも対処できます」
まず、足の速いコボルトが囮として軍用ロボットを翻弄させながら落とし穴まで誘導し、軍用ロボットが落ちたタイミングを見計らって、オーガなどの力のある魔族たちが何百キロにもなりそうな岩などをロボット目掛けて投げ込んで身動きを封じ込める。
その隙に人海戦術でバケツなどに淹れた水や土、軍用ロボットのラジエーター部分に大量の水や綿を流し込んだり差し込んだりして、ロボット内部の熱を暴走させて故障させる戦術によって撃退しているという。
しかし、度重なる襲撃を受けている以上、ガルムとしては一気に軍用ロボットの本拠地に乗り込んで戦闘でケリをつけてしまおうとしているらしい。
その為に、動員できる魔族を根こそぎ動員して軍用ロボットを打ち倒そうとしているようだ。
シルヴィアさんもガルムを説得しているらしいが、彼とシルヴィアさんの意見の隔たりは大きいようだ。
「今は再興郷で魔族をまとめ上げる力があるのは鈴木コータ様だけです……どうか、再興郷を救ってください……」
シルヴィアさんは沈痛な表情のまま、俺に頭を下げたのであった。