魔王就任
◇ ◇ ◇ ◇
「おお!魔王様だ!新しい魔王様だぁ!!!」
「魔王様!魔王様!」
「魔王様がお見えになられたぞ!!!」
広場にやってくるなり、俺は地下の熱気と合わさって魔族から大歓声で迎えられた。
ウォォン、すごい熱いぞ……。
伝わってくる熱気……。
ここはまるで真夏のライブ会場か火力発電所のようだ。
大歓声が振動して若干揺れているようにも感じる。
再興郷の人達が熱烈な歓迎をしてくれた……。
それがこの場所に一斉に集められている。
ゲームのOPにも登場した場所だ。
都市で使われていた昔の地下貯水施設を再利用したとはいえ、その広さは圧倒的だ。
地下に大きな街がある……貯水施設を地下都市として活用しているのはスゴイと思う。
灯りはかつての技術文明が栄えた際に使われていた蛍光灯を再利用しており、天井に付けられている照明が集まってきた魔族たちを照らしている。
本当にスゴイ数だ。
電球交換しなくていいのかな?
獣人にエルフにオークにリザードマン……さっき部屋で出会った人達のような人間に類似こそすれど皆姿は大きく違っていた。
おまけに多種多様な種族が集まってきている。
集まってきた群集に向けてシルヴィアさんが右手を上げると一斉に静かになった。
「ご静粛に、この度……前魔王様の遺言により新しい魔王様が異空間を超えて遥々お越しくださいました。魔王様のご遺志を継ぐ御方として歓迎してください!鈴木コータ様です!!」
「「「ワーッ!!!」」」
シルヴィアさんがそう言うと再び大歓声が包み込んだ。
おぉ、やべぇ。
下手な事言って白けたらそれこそ魔王として…いや人としての尊厳が死んでしまう!
どうする…どんな演説をしたらいいか?
簡単な自己紹介程度で良いってシルヴィアさんも言っていたから……。
とりあえず無難な自己紹介程度でいいかな……。
「それでは、鈴木コータ様より就任のご挨拶があります。皆様ご清聴の上お聞きください」
――シーン。
再び静まり返る広場。
空気を凍らせたらいけない。
すべらない挨拶……。
俺に出来るだろうか?
……意を決して口を開く。
「……再興郷の皆様、こんにちは…私はこの度新しい魔王として召喚された鈴木コータと申します…」
鈴木……。
日本なら必ず学年に一人ぐらいはいる苗字。
それが鈴木……SUZUKIである。
名前もそこまで別に珍しくはない。
ただ、自分の名前を紹介するだけですでに緊張のあまり心臓がバクバク唸っている。
人生の中でここまで自己紹介をする事にキツイと感じたことは無い。
「まだ、私はこの世界についてあまり詳しく知っておりません。また、私の住んでいた世界とは異なっており、まだ色々と分からない事が多いのも事実です。ですが、これから皆さんと色んな事を学び、皆様の期待に応えられるように努めて参ります。どうか、よろしくお願いいたします」
挨拶……もとい自己紹介をやり遂げた。
シーンと静まり返っている広場からパチパチと手を叩く音が聞こえてくる。
やがてそれが大きな音となって反響していく。
―パチパチパチパチ!!!!
拍手の嵐が沸き起こった。
拍手をしているのはシルヴィアさんら側近の人たちと大勢の国民たちだ。
よかった。
歓迎してくれたようだ。
シルヴィアさんもほっとした表情を見せている。
「では、これから魔王様はしばし休息なされます故に、本日はこれにて解散となります。皆様どうか気を付けてお帰りください」
「魔王様!頑張ってくださいね!!!」
「魔王様!万歳!」
「新しい魔王様に祝福を!!!」
シルヴィアさんが解散を宣言して、魔王就任の挨拶がさっくりと終わった。
およそ1分もかからなかった。
それぞれが手を振ったり期待の言葉を俺に投げかけてくれている。
見た目は亜人やモンスター系の人たちだけど、思っていたよりもかなり印象が良かった。
こう見ている分には本当に人間と変わりないといった所か。
30分ほどで広場はガラッと人がいなくなった。
皆、列を揃えるようにしてサッと広場から出て行った。
ざわめいていた広場は静まり返っている。
無事に挨拶が終わってホッと一息つくと、シルヴィアさんが俺の前で一礼して労いの言葉をかけてくれた。
「お疲れ様でした…皆様はコータ様のお言葉を喜んで聞いておりましたよ」
「いや、本当にただ単に自己紹介をしただけですから…そこまで大したことはやってませんよ」
「いえ、お言葉ですがコータ様の発声はとても聞き取りやすかったです」
「発声が?本当ですか?」
「はい、側近の者たちもコータ様の挨拶は大変良かったと語っておりました」
「自己紹介だけとはいえ…こんなに大勢の人たちの前で言葉を発する機会は今まで無かったので…すごく緊張しました…」
ここまで緊張した瞬間はそうそうない。
高校受験した時ぐらいだろうか。
1分程度の挨拶が俺にとっては5分以上に感じられた。
時間もさることながら、この地下貯水槽跡地は本当に広いなぁ。
ゲームの画面で見るよりも遥かにその臨場感に圧倒されそうになる。
かつて、人類が地上で文明の発展を謳歌していた際に大量に降ってきた雨水や下水などを一時的に溜め込む施設としての役割を果たしていたそうだが、今では魔族の生活基盤としての役割を果たしている。
辛うじて俺でも分かるのは、壁にうっすらと書かれていた『A-30M』という英数字だけだ。
「それにしても、この広場はすごいですね…地下でありながらこんなに広いとは…」
「この場所はかつて、人間が技術文明を奮って築き上げた遺跡の一つでもあります。この遺跡は外の遺跡よりもとっても頑丈で壊れておりません。これより下の階層もありますが、まだ全てを把握しきれていないのが現状です」
「そうなのですか……ちょっとこの辺りを眺めていたいのですがよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
シルヴィアさん曰く、遺跡に関してはまだまだ分からないことだらけだと語っている。
……一応、さっきポンと現れたスキルを用いれば状況を把握できるのではないだろうか?
意識を集中させてみると、すぐに目の前に情報が表示された。
魔王城並びに再興郷に関する情報だった。
―――――< 再興郷第一層中央広場 >―――――|×|
▼概要▼
再興郷とは人類が遺した貯水施設の跡地に作られた魔族の街である。
魔族による文明復興拠点として都市が築かれている。
地上は危険地帯であり、最終戦争後の地球では凶悪な原生生物や自動戦闘モード状態の戦闘ロボットが闊歩している。
魔王城はかつての貯水施設の制御室やスタッフルームがあった場所であり、その場所を改装したのが現在の魔王城である。
地上での都市建設は彼らにとってハイリスクであった。
なるべく地上では目立たないように広大な地下空間を利用し、そこに生活基盤を築くことによって原生生物や戦闘ロボットからの襲来を防ぐ役割を担っている。
居住区画は地下一層から九層までのブロックに分けられており、それぞれ地上に転がっている木材や鉄板を再利用して継ぎ接ぎのバラックの建物が密集している。
地上部分は近くを流れる河川を利用した畑やスライム農法を利用した作物の栽培、そして四方を厚い鉄板や鉄筋で組み合わせたバリケードを設置し、地上を警備する前哨基地が置かれている。
魔王城を中心に1万人以上が収容可能であり、再興郷の殆どの魔族たちはここに自分達の家を持って生活圏を構築。
今現在施設全体の89パーセントが解明・調査が完了しているが、まだまだ未探索のエリアや未解明の機械が点在している。
▼詳細▼
21世紀初頭に建設された極東随一の地下貯水施設である。
地震や台風が来ても倒壊しないように作られたこともあり、文明崩壊後もほぼそのままの姿で残っていた。
正式名称は『帝都外郭放水路』といい、二十八層に及ぶトンネル網と地下400メートル以上を採掘して水の貯蔵や放水などを行い、最終戦争が勃発する直前まで周辺地域の水の管理を行っていた。
最終戦争後は施設を管理していた技術者達が生き残っていたが、内紛によって一人残らず死亡した為、管理者不在で危険と判断したAI化された制御システムの判断により施設機能は停止。
水の流入は殆ど無くなり、地下十三層からは浄化装置によってろ過された水が流れ出ている。
残された人類からは記憶の欠片から忘れさられていた施設であったが、魔王が捜索中に発見した事によって利便性と防衛面から都市が築かれて魔族の拠点となる。
―――――<閉じる>―――――
ポップアップの表示を見ているが、改めて見ると先代魔王は中々優秀な人物だったようだ。
地上に都市を建設するのが大抵のゲームではセオリーだが、元の地下貯水施設にあった地下空間を最大限に活用して都市を建設した事で、魔族の生活基盤を根付くことに成功している。
かつての貯水路としての役割は失い、今目の前にあるのは巨大な文明の亡骸に寄生した都市というわけか……。
地下に都市を築いたのも、凶暴な野生動物やらロボットがうじゃうじゃいるというのが理由らしい。
地上では農耕地区など食料を生産する場所があるが、基本的には再興郷を中心とする地下都市国家として機能しているというわけだ。
そう考えると凄く世紀末SF小説みたいな内容だ。
このゲームを考えた人か、シナリオライターの人がそうしたアポカリプス系の作品が好きだったのだろう。
出来れば元の世界に戻りたいが、それが出来ないとなれば魔王として過ごすしかない。
成り上がり系の小説のように、最初からスライムだったりゴブリンだったり、更には奴隷や囚人といった弱いモンスターやどん底な立場から人生スタートするよりは遥かに恵まれているだろう。
そう思えば自分の置かれた立場は権力のある状態なので、衣食住には困ることは無い。
いい状態から始まったのだ。
……であれば、この魔王という立場を活用して様々な事に取り組んでゆくことにしよう。
「シルヴィアさん」
「はいっ、コータ様!何かございましたか?」
「俺はまだ……この世界についてあまり詳しくは知りません……新参者で右も左も分からない者ですが……魔王として何が必要なのか、ご教授いただければ幸いです」
「……はいっ!お任せください!コータ様を全力でサポート致します!」
成り行きで二代目魔王に就任してしまった俺こと鈴木コータ。
どうやって魔王として振る舞うべきか?
そしてこれらからどうするべきか?
様々な課題や難題がのしかかる状態からのスタートとなったのだ。
あと、転生なり転移するにしてもチュートリアル画面でポンと出してくるように仕組んだ先代魔王はマルウェアの知識もあったのだろうか……。
それに関しては先代魔王を許さないと心に誓って、この世界での暮らしをスタートすることになってしまったのであった。
……強制的だけどな!