不思議な魔王
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外の世界は夕暮れ時となり、一斉に暗くなっていく。
それとは対照的に、再興郷内部を照らしている蛍光灯の灯りが、地下に輝きをもたらしている。
外の見張り員や巡回警備を行っている者を除いて、ここでは多くの魔族が日没になると仕事を終えると、食べ物を食べる為にお店に向かうのだ。
「ふぅー……今日も仕事きつかったなぁ……」
「ねー、力仕事だとすごく疲れるよ」
「もうお腹ペコペコだよ……戦闘後の後始末も楽ではないな」
「ああ、全くだ。ところで、ご飯は今日は何を食べるんだ?」
「そうだな、今日は肉料理が食べたいな。ウシ肉を使った力が湧きおこるような料理とかどうだ?」
「いいなそれ。それじゃあ地下5階の【ギューギュー屋】に行くとするか!」
「「おう!」」
再興郷の内部にある飲食店が数多く存在している。
複数の階層ごとに取り扱っている食材の中身も違っており、地下3階は野菜料理が、地下4階は魚料理、そして地下5階は肉料理と、階層に住んでいる魔族の好みに合わせて初代魔王が専門の料理店を作らせたことが要因となっている。
文明崩壊前に発行された料理に関する書物を解読した魔王は、自分達で作れる範囲で食事なども人間の多種多様な食べ物を真似しようと提案したのだ。
当初は難色を示していた者が多かったが、いざ魔王自ら料理をこなして作ると、口に何度も運んでも手が止まらない程に美味しい料理が出来上がったのだ。
こうして人類文明で食されていた料理の幾つかが、再興郷の魔族たちにも定着するようになったのだ。
それ故に、料理のレシピや飲み物も豊富だ。
これはスライムの溶液が作物の育成を上昇させることに注目して作らせたスライム農法によって、従来の二毛作よりも収穫サイクルを短く出来る上に、野菜などを多く育てることが出来るようになった。
原生動物の中でもウシ科と鳥科の動物を育てることにより、魔族たちのエネルギー源を確保。
さらに魚に関しても貯水湖の水を使って養殖されているイワナなどがあり、多種多様な食の豊かさによって魔族たちの食生活は実に充実している。
支援系魔族と戦闘系魔族が対立していても、食事の時と戦闘の時だけは対立をしないと言われている程に、料理は彼らの融和できる数少ない手段の一つであった。
「あら、みんなもこのお店で夕飯かしら?」
「あっ!ノア姐さん!お疲れ様です!」
「「「お疲れ様です!!!」」」
「あはは、良いって堅苦しい挨拶はいいから」
職務を終えたノアも、肉料理専門店のギューギュー屋に足を運んだ一人だ。
店の中は獣人やオーク達がひしめき合っており、大変栄えている。
そんな店の中をノアは半袖半ズボンというラフな格好で店に足を踏み入れる。
作業をしてきたのか、腰には昼間着ていた汗まみれの長袖シャツを巻き付けている。
開いている席に座ると、ノアは同族の獣人から質問を受けた。
「ノア姐さん。魔王様の様子はどうでした?」
「魔王様はかなり張り切っていたよ。ガルム様が倒したロボットを分解して使える部品を一緒に取り出したりもしたよ」
「おお、あのロボットを屑鉄と一緒に溶かすのではなく、使える部品を探したのですか?」
「そう、それもロボットをジッと見つめてから使える部品を言い当てて、ドワーフの鍛冶職人を呼んで合金を加工して鎧にしようとしているんだよ。ま、ドワーフたちも加工には時間が掛かるといって今日中に作業するのは無理だと言われたけどね」
「そ、それはすごいですね……」
「魔王様は透視能力が使えるのでしょうか……?」
「少なくとも魔法は使った様子はないよ」
特に、今日は軍用ロボットの襲撃があり、ガルムが直々にロボットを倒したという事から戦闘系魔族たちの話題はその事で持ち切りであった。
ガルムの剣捌きもさることながら、ロボットを倒した後の魔王の行動にも皆興味を持っていた。
そして、ロボットを分解する前から使える部品を見抜いていた事で、同族の獣人達も驚愕していたのだ。
「ですが……魔王様は人間なのでしょう?魔法や透視を行えるなんて……」
「でも、魔王様は一度も魔法や透視について語った事は無い。今日私といた時はね……先代魔王様が後任として任せても良いと判断した御方だ。きっと特殊な能力を持っているのだろう」
「ロボットは原則として溶かすものですが、それを溶かさずに使える部品を判断できるのはスゴイことですね……」
「そうさ。少なくとも今の魔王様は魔法や力じゃなくて、何か別の方法で判断しているんだろうよ……ま、アタシ達が深く考えるよりも魔王様のご厚意に感謝しなきゃね」
「お待たせ致しました。ウシ肉の刻み焼きでございます」
「おっ、待ってました!」
料理が出された途端、話の話題は魔王から食や日常的な会話へと移っていく。
多くの戦闘系魔族たちが集まって肉を食べ、酒を飲んでいた。
戦闘系魔族の多くがお酒が大好きなのだ。
樽を丸々一つ開けて、気の向くままにエール酒をジョッキなどに注いでから飲んでいる。
酒盛りに参加していた多くの者達が、気ままに料理や酒を酒場の店主に頼んでいく。
そんな中、ノアは冷静になって刻み焼きを食べながら、魔王の行動に気を掛けていた。
(魔王様は支援系魔族と戦闘系魔族の両方の事を気に掛けていらっしゃる……アタシも力になれるように努力しないとね……)
エルフと獣人の喧嘩を止めに入った様子を見て、シルヴィアと同じく双方の対立を抑えようとしているのを察知したのだ。
ノアも、支援系魔族と戦闘系魔族の対立は可能な限り避けたいと考えているからだ。
きっとシルヴィアがノアのところに魔王を案内したのも、穏健派同士の接触機会を狙ったものではないかと推測する。
(シルヴィアなら……彼女であれば信頼はできるし、私も出来る範囲で魔王様に協力していこう……!)
肉料理を食べながら、ノアは魔王の役に立てるようにと決心するのであった。




