はじまり
---------- 物語のはじまりです ----------
今から数千年前……。
古代史が誕生して間もなく、人間と魔物の間で戦争がありました。
互いに武器を手に取り、双方は生存競争に身を投じました。
戦争は苛烈さを増して魔物たちは人間の本拠地であった一つの大陸を海の底へと追いやりました。
幾度か停戦交渉が行われましたが、いがみ合う二つの種族は互いに仲良くなれませんでした。
やがて戦争を静観していた神様を味方にした人間が戦いを有利に進め、百年後に戦争に勝利して魔物を異界へと追い出しました。
人間たちは勝利の喜びを分かち合い、神様たちは人間の繁栄と安泰を祈りつつ地の裏側にて再び静観をすることになりました。
ですが、人間は長い年月の末に神様と魔物の存在を忘れてしまいます。
その間に人間たちは物凄い速さで技術を磨き、やがて天高くそびえ立つ建物を世界中の都市にいくつも作りました。
技術文明社会の幕開けです。
すくすくと技術を吸収していった人間たちはさらに腕を磨き上げました。
人々は星の至る所を僅か一日で到着できる乗り物を使い、ありとあらゆる物が世界中で行き来しておりました。
自分たちの星だけでは飽き足らず、ついには他の惑星にも入植を果たしました。
それから百年ほどは大きな戦争も無く平和だった時代が続きましたが、ある大陸で偶発的に起こった小競り合いから世界中の国を巻き込む大きな戦争が起こりました。
同じ人間同士の国での争いが起き、世界は二つの陣営に分かれて戦争を始めました。
戦争は苛烈さを増して、競い合うように武器や兵器を使用した応報合戦になりました。
陸が、海が、空が、星が、宇宙が戦場になりました。
そして人間は神をも超越する兵器を使えるようになりました。
神の化身として作り上げた強力な殺りく兵器を使用したことで、戦争はより凄惨なものに変貌を遂げました。
それまで静観していた神様たちはこの兵器を目の当たりにして人間を恐れ、やがてその恐れは失望と怒りに代わり彼らに最後の審判を下しました。
『最終戦争』
神々は大天使に終焉を告げるラッパを吹かせました。
ラッパが吹くと同時に世界中の大地が揺れ、各地の大都市で数十年に及ぶ繁栄を支えていた天まで届くほどの建築物が軒並み地上へと崩れ去りました。
同時に多くの町や村が地面の切れ目に飲み込まれていき、世界に存在していた七大陸の大部分が海の中に沈むか、大繁殖した植物群によって人の住めない場所になりました。
争っていた国々はもはや争う余力すら無くなり、各国の秩序と安定は終わりを迎えました。
数百億人の人間が死に、それまでの間に築き上げてきた高度な技術文明は僅か一年で滅んでしまったのです。
都市部では崩壊した建物と、その建物に埋め尽くした人間の死体。
沈みゆく大地、二度と動かない文明の利器は十年としないうちに鉄くずとなりました。
それまで栄えていた技術文明は維持できずにあっけなく滅んだのです。
神の審判が下された最終戦争を生き延びた数少ない幸運な人間たちは文明の残骸である遺跡都市や穀倉地帯に生存範囲を狭めながらも、数百年の時間を掛けて少しずつですが人間の数は戻ってきています。
しかし、世界中の人口は数百万人程度。
人間たちの技術・科学力も中世時代まで逆行しております。
その間に異界へ追い込まれ、人間たちの追撃を阻止するべく世界を結ぶ「通路」を破壊した魔物たちは人間たちへの復讐を忘れたわけではありません。
大勢の魔物たちは最初の年に半数以上が異界の過酷な環境に適応できずに滅んでしまいました。
その間に高い知能を持った者達が滅び、遺された書物なども解読不能に陥ります。
解読できる者が現れることに希望を託し、魔物たちは異界の生存可能な場所で細々と暮らしておりました。
その間に、魔物たちは少しでも賢くなるために進化を行いました。
皮肉にも魔物を追放した人間のように二足歩行を行い、人間に似たような亜人種へと姿が進化したのです。
そうした進化をしていく中で、魔物たちの中からずば抜けて頭の良い者が現れました。
知恵者であった彼は解読不能とされた遺物の解読に成功し、魔物たちに知識や教養を教えました。
彼は自らを魔物の王様……「魔王」と名乗り、それまで魔物たちが数千年掛けても解けなかった難解な問題を解いて通路を復元させます。
そして異界から元いた人間たちの住んでいる世界へ再び帰る方法を見つけました。
魔王に従う魔物たちは、かつて自分たちの祖先が暮らしていた世界へと戻ってきました。
戻ってきた彼らはかつて極東随一と言われた巨大都市の郊外にある半壊した球場を仮拠点として通路を繋げました。
どんな強敵であっても打ち倒す覚悟があった魔王たちが目にしたのは巨大な街の屍でした。
大地に突き刺さっていた巨大建造物群は人間が作りましたが、それを管理して維持する人間の姿はありませんでした。
建物は傾き、地面は草木で覆われていて、原生動物の楽園と化しておりました。
それは、天空までそびえ立つ無数の建物を作り上げた人間たちが住んでいた都市の成れの果ての姿。
魔王はその光景を見て全てを悟りました。
ここには人間はいないと……。
【人間は既に滅んだか、この場所には既にいなくなったのだろう。であればこの場所に我々の生活拠点を築かねばならない……これではこの世界に戻ってきた意味が無くなってしまうからな】
祖先たちの復讐を誓う相手は殆どいなくなってしまっていたのです。
魔王は巨大都市を部下たちに捜索させました。
捜索5日目で数千年ぶりに魔物は人間に出会ったのです。
集落が原生動物の群れに襲われて壊滅していた人間の村。
文明の名残である建設用の鉄筋を大切に使って組み立てられた建物と、その周辺には狩猟用の槍や弓矢が落ちておりました。
どれも人間の大人たちの亡骸の傍に落ちており、最後まで戦った末に飢えた動物によって殺されたのでしょう。
無残にも身体にはいくつもの引き裂かれた跡があり、辺りには死臭が漂っておりました。
そのことを部下が魔王に報告すると、魔王は少しだけ悲しそうな顔をした後、すぐに部下にこう命じました。
【その近くにもしかしたら人間が生き残っているかもしれない、探し出して見つけ出せ。人間を見つけても決して殺すな、子供であれば我々の役に立つだろう。連れてきてほしい】
魔王の大命を受けて人間の捜索がはじまりました。
その村から1キロほど先のビルの中でやせ細りながらも生き延びていた人間の子供たちを見つけました。
子供たちは5歳から16歳までの少年少女11名でした。
彼らは魔物を見て最初こそ怯えましたが、魔物が食べ物を差し出すと一人、また一人食べ物を手にとって必死になって食べ始めました。
その時に必死に食べ物にありつく子供たちを見た魔物たちは復讐するべき相手が既にいなくなっていたことを悟りました。
子供たちを手に掛けるようなことは極度の危機的状況下で思考が判断できなくなる時以外には起こすことがない魔物たちにとって、自分達に容姿が似ている子供を殺すことは到底出来なかったのです。
魔物の手引きによって子供たちは魔物たちに迎え入れられます。
人間も、魔物もそこまで容姿がかけ離れていない姿だと知ると、彼らは人間に対する考えを改めたのです。
これは余談ですが魔物たちによって保護された子供たちが大人になった際、その多くが魔王の部下たちと恋に落ち、人間と魔物の遺伝子を混ぜあわせた混血亜人種を産み出しました。
一週間に及ぶ捜索の結果、技術文明が滅び稼働しなくなった巨大地下貯水槽跡地を発見します。
巨大都市から流れていた水路は既に壊れていたのでこの貯水槽に水は入ってきません。
魔王自ら発見者のモンスターであるスライムと共に貯水槽を精査しました。
文明崩壊後も、この貯水槽は建てられた時のような状態を維持している事。
貯水槽から下水へと流れていく排水機能があり、生存に欠かせない運河が貯水槽のすぐ近くにある事。
何より人間に巨大貯水槽の入り口を発見されにくく、それでいて地下にあるので守りを固めやすい場所である事。
頑丈な建築物であることを考慮して魔王の拠点である魔王城として利用するには場所がうってつけであるなど様々な精査をした結果、魔王城として使用する条件を満たしていました。
【ここであれば、本拠地として使えそうだな……よし、ここに世界の活動拠点である魔王城を築こうではないか……】
仮拠点の球場から廃棄された巨大地下貯水槽跡地を本拠地に決定し、本格的な開拓がはじまりました。
魔王城を拠点とする巨大な魔物のコロニーが誕生します。
巨大地下貯水槽は遥か下層まで存在しており、判明しただけでも数百メートルより下までありました。
ダンジョンと化した地下貯水槽ですが、安全が確認された居住可能な上層部分を中心に生活基盤を建設します。
地下に資材を持ちこんで壁を作り、魔王城として防備を固めて侵入を防ぐように加工し、そこに居住区画を設けて地下都市としての機能を持たせました。
また植物群や攻撃的な原生動物を少しずつ取り除き、かつての人間が使っていた技術文明の遺産を発掘するトレジャーハンターが大活躍し、魔物たちは魔王には及びませんが基礎的な知識を着実に身につけていきます。
魔物たちの都市は人間たちが残した高度技術文明の名残と、異界で進化した生活スタイルを融合させたものに変貌を遂げました。
原始生物のスライムを活用し放棄された水田に食用植物を植えて耕作するスライム農法。
巨大都市では廃材として捨てられていた鉄クズを鎧や剣に加工するドワーフやゴブリンの職人たち。
行政制度を導入して住民の情報を取り扱うエルフの職員などが挙げられます。
周辺を捜索して生き延びていた数百名程度の人間たちを受け入れた際に、奇跡的に無傷で稼働していたロボットなども発見し、さらに巨大都市から回収した文献や写真などを解読するダークエルフの学者たちによって、都市の開発は進んでいきました。
皮肉にも人間よりも技術の重要性を重視していた魔王によって魔物たちはより賢くなりました。
それから魔王城を中心とする都市が誕生して15年目を迎えた記念すべき年。
魔王城を中心とした半径3キロ圏内は魔王の領土として多くの魔物や亜人たちが居住し、それはそれは数千年前の魔物たちが築き上げてきた国を再現したようなものとなりました。
人類が遺した建造物に手を加えて居住できるようにした街が誕生します。
次第に魔物ではなく魔王を支える種族という意味を込めて魔族と呼ぶようになり、この街はいつしか文明の復興を担う街、再興郷と呼ばれるようになっておりました。
再興郷は多種族が暮らす都市国家となり、その種類は実に数十種を超えて人口も緩やかですが増え始めて順風満帆の矢先に魔王に悲劇が起こります。
それは魔王の余命が残り僅かという事が判明したのです。
魔王の側近でダークエルフの仕官シルヴィアが、国民を魔王城の広場に集めて発表を行いました。
【魔王様の生命力は殆ど無くなっております。魔王様はこの場所を……魔族や亜人が平和に暮らしていけるように願うために、今日までご自身がお抱えになっていた病気の事を伏せるように申されました。魔王様は近いうちにその生命を全うします。これは側近である私や病気の原因究明に携わってきた魔術師達が何度も治療を試みましたが病は治せませんでした……】
発表を静聴していた者たちが次第に涙を流し出しました。
自分たちを祖先の故郷であるこの世界に連れてきてくれたこと。
そして、いつどんな時でも魔族達を導いてくれたこと。
それぞれ魔王に対する想いが心を満たし、それが涙や嗚咽となって広場にこだまします。
シルヴィアも既に、声を震わせて必死に涙をこらえています。
【ですが魔王様は国民の皆様に混乱が生じないように、魔王様の後継者となる人物を召喚するご決心をなさいました。魔王様の思考と思想……思念が同じで、心優しき者を探し出して後継者として召喚します。これは我々側近や魔術師の者たちの同意を得ております……どんな容姿であっても、その方は新しい魔王様になります。決して無礼のないように……国民の皆様にお願い申し上げます】
それから3日後、魔王は息を引き取りました。
息を引き取る直前に、魔王は全ての力を出し切って後継者を召喚するための媒体を用意しました。
それは、魔王自らの血と体内にある全ての魔力でした。
血を引き抜いて、魔力を吸い取られていくうちに魔王の身体は光り始めました。
光の胞子が輝いていき、もうじき死ぬのだと悟った魔王はシルヴィアを含めた側近たちと魔術師達に再興郷の未来を託します。
【……知性を獲得した我々はこの地に降り立ち、人間たちがかつて築き上げてきた街の上に我々が立っているのだ……みんながより良い世界に歩んでくれるように、私は最後に後継者を引き出してから去る。後継者は私が死んでから7日後にこの場所に姿を現すだろう……後継者を育て、そして再興郷の後を頼むぞ…】
光の胞子をすべて出した後、魔王様は息を引き取りました。
魔王様の亡骸は再興郷を見渡せる小高い丘に埋葬されました。
全ての国民が魔王様の死を悼み、そして悲しみました。
知性をもたらした我らの魔王……ここに眠る。
それから7日後、ついに今日……新しい魔王が目覚めるのです。
新しい歴史が今、はじまろうとしております。
これからどのように再興郷を率いていくのか……。
その行く末を見守っていきましょう……。
---------- 全ては貴方に託された ----------