1-4.透明和紙の謎を解け! その3
翌日は、朝から小雨が降っていた。 そして、雨が降ったせいか、妙にテンションの高い泰葉が、うるさいっ。
「レインコートを忘れないでね。 雨ガッパじゃダメだからね。」
おいおい、一緒なものだろ?
年寄りの呼び方が「雨ガッパ」で、30代までが「レインコート」だよ。 それに、傘があれば、十分だろ。
「利通って、バカでしょ? なんで、物の呼び名が、年齢で決まるのよ。 雨ガッパは、上だけを覆う物だよ。 レインコートは、少なくとも 膝までは 覆うやつ。 あっ、できたら、下のパンツがセットのが いいわね。」
いやいや、自転車通学じゃ ないんだぞっ。 バスに乗っていくのに、そんな恰好してる奴いねーよ。 目立つだろっ。
「あのねっ、今日は、透明和紙を作るんでしょ? 材料を取るためには、草むらに入るんだよ。 この小雨でも、ちゃんと レインコートの上下が無いと、制服のズボンまで ビショビショだよ?」
いや、材料になる植物って、泰葉が、採ってくるって 言ったじゃないか。 もしかして、お前、ボクに 採りに 行かせる気か?
「利通じゃ見つけるのは、無理よ。 でもね、私って、利通から 離れ過ぎちゃうと、乃木神社の桜の木に 戻っちゃうのよ。 だから、探している間は、近くに居てもらわないと困るの。 今日の和紙作りって、午後からでしょ? 午前中、学校 サボって 採取に行くわよ。」
ちょっ、そんなの聞いてないぞっ。 おいっ。 泰葉、勝手に決めるんじゃねぇ。
[乃木坂の事件簿] 【 1-4.水酸化ナトリウムの採取 】
午前9時・・・ 朝のホームルームが終わり、一限目が、始まる時間だ。 今日は確か 古典Bだったか。 そんなことを思いながら、ボクは、草むらで 雨に打たれていた。
「あーん。 昔は、ここら辺に生えてたのに。」
いつだよ。 昔って・・・ オマエ、何才なんだよ。
「女の子に、年を聞くなんて、利通って、デリカシーが 無いわ。 あー、あった。 コレだ。」
泰葉が、茎に細くて堅い棘のある、変な草を引き抜いた。 っていうか、素手で持って、トゲ、痛くないんだろうか?
「痛そうに 見える? じゃ、やってみたら?」
トゲのある茎を持ち、引き抜こうと ぎゅっと力を籠めるっ。 痛っ。 めっちゃ いてぇよっ。
「うん。 そだねー。 私は、痛みを感じないからっ。」
先に言えっ。 っていうか、トゲをギュっと握ったら、痛いに 決まってるだろ。 やらせるなっ。
「この草はね。『トロロノリナト』っていう『トロロアオイ』の仲間なんだよ。 同じようにネバネバが出る草だね。」
学術的に言うと、「トロロノリナト」の成分であるカスガトゥス酸は、単糖である カスガトースの持つ酸素官能基が、カルボキシ基に 酸化されたもの。 この成分を多く含むため、トロロノリナトの根を潰して水に浸けると、ネバネバ溶液が、水の中に混ざり込ようになる。 つまり、「ねり」となる植物だということだ。
次に、泰葉が引き抜いたのは、「スルアフケトプレ」という平たくて細長い草。 特徴的なのは、その葉や茎が、透明であること。 この繊維を混ぜることで、和紙の透明度が、上がるらしい。
最後に、有名な「リュディアギュゲス草」を採取。 この草は、「クロイソス」と呼ばれる繊維に、特殊な構造を持つため、蒸したあと、丁寧に処理することで、紙と空気との屈折率が等しくなりやすくなり、和紙の透明性が高まる。
なぁ、泰葉。 ちょっと、気になることがあるんだけど・・・。
「なんだろ? もう、採取は終わったよ。 この3個の植物と、楮-コウゾ が あれば、『透明和紙』を作ることが 出来るからっ。」
いや、さっきから、説明を聞いてると、全部、処理しなきゃ ダメなんだよな?
「うん。 トロロノリナトは、根っこを きちんとすり潰さないとダメ。 スルアフケトプレは、蒸して、水酸化ナトリウムで処理。 リュディアギュゲス草も、一緒だね。」
・・・あのなっ。 水酸化ナトリウムなんて、持ってないし、蒸す場所も ないぞっ。
「昨日、確認したけれども、あそこの工房の横に、同じ形態の工房があったから、そこを使いましょ。 ちょっと薄汚れていたけど、使えるわ。 電気も通ってたし。ガスも 水も使えたわよ。」
それ、不法侵入だって・・・。 あっ、昨日の小川さんの説明の時に、居なくなってたのは、そういう場所を ウロウロしてたのか。
「あと、水酸化ナトリウムは、私が、採ってくるから。 大丈夫っ!」
どう考えても、採ってくるじゃなくて、盗ってくるだな。
「だって、あっちの建物にあったもん。 白地に赤文字で「劇物」って表示があった棚に、ボトルで、いっぱい置いてあるよ。 何個か持って行っても、たぶん分からないはず。 問題ないと思う。」
問題ありあり だよっ。
「大丈夫っ。 ちゃんと、全部使い切れば、問題は 起こらないからっ。」
こいつ・・・ 人から見えないなら、何をしてもいいと思ってるな。 他の人から見たら、泰葉は、透明人間。 だけど、そのボトルを持って、移動するなら、ボトルだけが 浮いている状態が発生する。 誰かに見られたら、パニックが、起こるわっ。
「じゃぁ、利通、ついてきてよ。 建物の敷地の外の、監視カメラに 映らない所に居てくれたらいいじゃん。 そこまで、他の人に 見つからないように 持って行ってあげる。 そこからは、利通が 運べばいいでしょ?」
う・・・うん。 まぁそっちの方が安全だな。 ってか、盗みに加担してるじゃん。 ダメだろっ。
「もぉ、1回、うん って 答えちゃったんだから、決定っ。 ほら、ぐずぐずしてないで 行くよっ。」
強引な 泰葉に 連れられて、工房近くの 建物の外まで 移動。
「じゃぁ、採ってくるね。」
盗ってくるだろ・・・ あぁ、心臓が、ドキドキしてきた。 なんで、和紙を作るだけのことで、盗みを 手伝わなきゃ ダメなんだろう。
泰葉の手際は、とても良いものであった。 どこからか持ってきた ガスバーナーで、窓ガラスの 鍵の部分を焼き切り、鍵を開ける。 そうして開けた 5階の窓から侵入。 そりゃ、そんな高い場所から 侵入者が来ると思っている人なんて いないだろうから、防犯対策なんて してないはずだ。
彼女は、難なく6本のボトルを盗み出して、空から舞い降りてくる。
「はいっ。 これ、水酸化ナトリウムね。」
ボクが、背に負う 大きめのリュックの中には、6本の水酸化ナトリウムのボトル。 手には、「トロロノリナト」「スルアフケトプレ」「リュディアギュゲス草」それから、「楮-コウゾ」の入ったビニール袋。
全ての材料を、手に入れ、ボクは、いつものように肩に泰葉を乗せる。 てくてくと歩いていく先は、小川さんの細川和紙工房のお隣・・・ ちょっと古ぼけた小さな工房。
さぁ、『透明和紙』作りのための、下準備開始だっ。
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その2が、2ってなってる・・・まいっか。