ペンギンのかみさまが現れました
サクラは大口をあけて、ペンギンのかみさまを指差した。
「で、で、でたあああー!」
「ぼくはお化けじゃないよ。かみさまだよ」
ペンギンのかみさまはパタパタと羽を動かして反論する。サクラはドキドキする心臓の辺りをおさえながら、疲れた顔をした。
「不意に出てくるのはやめてください。びっくりします」
「かみさまだから、いいんだよ。それよりも、きみ、何か大きな勘違いをしていない?」
「えっ……?」
「きみはヒロインに生まれ変わったけど、能力は元のきみを引き継いでいるんだ。勉強ができるのは、きみが高校生時代に努力したおかげだよ」
サクラは目を点にした。
「あの……言っている意味がわかりません」
「そんな顔しているよね。じゃあ、高校生の時を思い出して。きみは、大学に行きたくて勉強していたでしょ?」
サクラはひゅっと息を飲んで、うつむいた。
「……してましたけど、大学受験には失敗しました。滑り止めに受かったぐらいです」
「そうだね。受験生の秋、きみは病気で手術をして、勉強どころじゃなくなったんだよね」
高校生時代のサクラには、ひそかな夢があった。小さい頃から好きだったアニメに関わる仕事がしてみたいというものだ。
一人でご飯を作って、食べるときはアニメを見ていた。家にはケーブルテレビがしかれていて、アニメチャンネルを貪るように見ていた。不遇な人々が、懸命に生きる姿に勇気づけられた。ギャグアニメを見ては、大笑いをした。泣いたり、笑ったり、怒ったり。自分に似た境遇の人の話もあって、夢中になっていた。
創作の世界は現実世界よりも、サクラにとっては身近で、趣味を越えた家族のようだった。自分もアニメを作ってみたいなという憧れがあった。
その夢を叶えるためには、専門学校でもよかったが、大学への進学を勧めたのは、父だった。
自分は大学を出たから、サクラも行きなさいと背中を押した。そのために働いてきたと言ってくれた。
高校は進学校に入学して、勉強はしていた。家事は手抜きをしたので家は汚かった。部活はもっとも活動がゆるい料理部に入った。あくせくと勉強しながら、行きたい大学へのもギリギリだが、合格ラインが見えていた。
でも、受験シーズン終盤になって、サクラは病気が見つかり手術することになった。
幸いにも命に関わるものではなく、術後の生存率は九割を越えると、主治医の先生は説明してくれた。しかし、母のこともあり、サクラは言葉にならない衝撃を受けた。手術は成功したが、一ヶ月、入院することになった。
突然の入院生活はしんどかった。しばらくは声もだせず、体が思い通りにならなかった。ひたすらダルく、勉強しなきゃと思うのに、頭が回らない。
退院後に受けた最後の模擬テストは、散々な結果になってしまった。見えていたはずの合格が遠のき、サクラの心はポッキリ折れた。勉強に身が入らないまま受験して、不合格となったのだった。
滑り止めで受かった学校に行くように父には言われたが、サクラは大学に行くこと自体を拒んだ。
夢を持ったって、叶うことはない。
頑張ったって、報われない。
自分ではどうにもできないことが起きて、潰される。
いつも、そうだ。
サクラは今までの鬱憤を大爆発させて、父と初めて大喧嘩をした。その時、言うまいと心に決めていた母の死を口にしてしまった。父の傷ついた顔を見て、罪悪感が酷かったが、素直に謝ることはできなかった。その日の夜は、枕に顔を押しつけて、声を殺して泣いた。
サクラは大学には行かず、ネットで探したバイトを始める。夢とは全く関係ない給料で選んだところだ。どこか遠くに行きたかったが、食事や掃除のことを考えると、サクラの足は明かりの灯らない家から踏み出せなかった。
バイト先は人に恵まれ、後に違う場所で働き始め、正社員にもなれた。
父は就職した二年後、パートナーを見つけ、女性と暮らすことになった。表面上は父と和解して、サクラは家を出た。
一人暮らしをはじめて、重すぎた荷物をおろせた気がした。
大学に行かなかったことは、仕事も始められたし結果的にはよかったと、サクラは割りきっていた。
それでも、振り返ると苦味が残る高校生時代だ。
「病気にならなかったら、大学に行けたかもって思ったことない?」
ペンギンのかみさまの問いかけに、サクラは苦笑した。
「ないと言ったら嘘になりますけど……それを考えたって、どうにもなりませんから。もうちょっと根性があれば受かったかな……とは思いますけど」
へらっと笑って言うと、ペンギンのかみさまはボソっと呟いた。
「いっつも自分が悪いと思うんだから……」
「え?」
「なんでもない。きみは失敗したと言うけど、滑り止めには受かったじゃないか。合格、おめでとう」
サクラの顔から嘘りの笑顔が消える。ペンギンのかみさまは、くちばしを持ち上げて笑った。
「勉強したこと、頑張ったことは、胸を張っていいんだよ」
ペンギンのかみさまは羽を動かして近づいて、サクラの頭の上にちょこんと座った。
ペンギンのかみさまを落とさないように、サクラは目だけを上に向ける。ペンギンのかみさまは羽でぐりぐりとサクラの頭をなでた。
「きみは高校生時代にうんと勉強して、頑張った。その学力を今のきみにあげたって、いいでしょ?」
その言葉に、サクラの目が大きく開く。
「よく頑張ったね。きみは、頑張っていたよ」
ぐりぐりと頭を撫でられて、サクラの目に涙が浮かんだ。たまらずサクラは叫ぶ。
「そんなに優しいこと言われると、泣いちゃいます!」
「いいんじゃない。泣けば」
ずびっと鼻を鳴らしたサクラに、ペンギンのかみさまは微笑んで、飛び立った。
「あ、そうだ。学力は前世の分を上乗せをしたけど、魔力はしていないからね。ま、頑張って」
「――へ?」
サクラの涙がひっこむ。ペンギンのかみさまは小さな丸眼鏡をくいくいっと羽で持ち上げる。
「前世で魔法なんか使ってないでしょ? 経験していないものは、上乗せできないよ」
「……ということは?」
「今のきみの魔力は五歳児並ってこと。要は底辺」
(そんなにレベルが低いの!?)
びっくりな事実に言葉を失う。
「元々、ヒロインは魔法が得意じゃない設定だし、丁度いいよね?」
(いいの……? これって、いいってことになるの?)
しれっと言われて頭が混乱した。
「魔法を使うのは、きみの努力次第だ。頑張ってね」
「……はい」
呆けたまま頷いた。ペンギンのかみさまはパタパタと羽を動かして飛んで、クローゼットの前に行く。羽で器用に扉を開いた。
中には一着のワンピースと、パジャマのような薄手のドレスが入っていた。
「そのワンピース……」
「課金したやつだね」
サクラはクローゼットに近づき、ワンピースをしげしげと眺める。
(この緑色のデザイン……デートイベントの時に選ぶやつ! セオさまの好感度が二番目に高いのだわ!)
サクラはびっくりして、ペンギンのかみさまを見つめる。
「……セオさまの好感度が一番、高いやつじゃないんですね」
「そうだね」
「なんで二番目なんですか?」
ペンギンのかみさまはプイッとそっぽを向いた。
「一番のやつは、本人に買ってもらったら? 本人、いるんだし」
「――は?」
(このペンギンは、何を言っているのでしょう……? セオさまに買ってもらう? 好感度が高いドレスを? わたしが課金するんじゃなくて、セオさまが買うの……?)
意味不明だった。
サクラがぽかんとしていると、ペンギンのかみさまは気にすることなくクローゼットの中に降り立つ。
てちてちと短い足で歩き、羽で何かを挟んだ。ピンク色のブタの置物だった。背中にコインを入れる穴が空いている。
(……ペンギンがブタを持っている……)
サクラがパチパチと瞬きをしていると、ペンギンのかみさまはブタの鼻を押した。
「《金貨一枚、大銀貨一枚、銀貨一枚、銅貨一枚、引き出せ》」
ペンギンのかみさまが呟くと、ブタの背中の穴からコインが飛び出す。
(えぇっ?! そっちから出るの?!)
コインはふよふよと浮いて、ペンギンのかみさまの羽の上に乗っかった。金貨、大銀貨、銀貨、銅貨がキレイに並ぶ。
「これがこの世界のお金だよ。金貨は一万円。大銀貨は千円。銀貨は百円。銅貨は十円って覚えればいいよ」
「はい……」
サクラはしゃがみこんで、コインを見つめる。日本の硬貨とはまるで違うものだった。
「このブタは貯金箱。コインを入れるときは穴に入れればいいからね」
(そこは、普通の貯金箱と一緒なんだ……)
サクラはブタの置物をしげしげと見つめる。
「不思議な貯金箱ですね」
「魔法がかかったものだからね。この中にあるお金はきみがゲームで使った金額と一緒だから」
「――え?」
ペンギンのかみさまはコインを貯金箱に戻すと、羽を動かして飛び立つ。サクラの耳元まで飛んでいき、金額を耳打ちした。
「……そんなに使いましたっけ……?」
「クレジットカードの明細書を見ては、頭を抱えていたじゃないか」
「……そうですね」
「ガチャは出るまで引けば、確率は百パーセントだって思っていたよね?」
「思ってました!!」
ぐうの音も出ない。ペンギンのかみさまは、嘆息した。
「お金はこの通りあるけど、後々は学費を全額支払うんだし、無駄遣いしないようにね?」
「はい……わかりました」
「よろしい。じゃあね」
「えっ……?」
そう言うと、ペンギンのかみさまは、ぱっと消えてしまった。
「ペンギンのかみさま?」
呼びかけても返事はない。誰もいなかったかのように部屋は静かだ。
(……いなくなっちゃった……)
サクラはほうと息を吐き出し、出したままのブタの貯金箱をクローゼットにしまった。
「はあ……」
息を吐き出して、ベッドに座り込む。コツンと踵に何かがあたって、サクラは首をひねった。
(なんだろう?)
ベッドの下を覗き込んで驚いた。
(え? え? これって、宝箱よね……? デザインに見覚えがあるような……?)
アイテムボックスのデザインにそっくりだった。サクラは宝箱を開けて、腰を抜かした。
(え? え? えー! お助けアイテムが入っているわ!!)