ファンだってことが即バレします(二度目)
クラスメイトがサクラを見る目は、気持ちのよい視線ではなかった。まるで、自分が宇宙人にでもなったみたいに感じてしまい、居心地が悪い。
(こういうの中学のときにもあったな……)
サクラの脳裏に、友達とのやり取りが過る。
家族のことを話すと、たいていの友達は目が泳ぎ、宇宙人を見ているような顔をしていた。
──えっ? サクラちゃん、お母さん、いないの?
──うん。いないよ。赤ちゃんの頃に、病気で亡くなった。
──そうなんだ……ご飯は? お父さんが作っているの?
──うーん。最近は自分で作っているかな。お父さん、帰りが遅いし。
──そう……なんだ……
その友達はサクラのことを不憫に思ってくれたらしい。母親にサクラのことを話したらしく、家においで、ご飯を一緒に食べようと誘ってくれた。
サクラは戸惑って口をつぐんだ。
実母を亡くしたのは事実だが、小学校低学年まで、サクラには義母と義兄がいたのだ。実母の死から一年後。「子供には母親がいた方がいい」と、父がサクラを思ってしたお見合い結婚だった。三年しか、もたなかったが。
義母との思い出によいものはない。義母はサクラを可愛がるよりも、自分の子供に手をかけていた。
サクラが物心つく頃には、父と義母はよくケンカをしていて、仲が悪くなっていた。
無口で声を荒げることのない父が、鬼の形相になって、義母に怒ったことにサクラは驚いた。
二人の怒鳴り合う声が怖くて、部屋にこもって震えていたことを覚えている。
義兄には髪の毛を引っ張られたりして、よく泣かされていた。
だから、義母と義兄がいない中学生の今は、それなりに平穏だったのだ。
サクラが中学生になり、家のことを一人でやるようになると、父は転職した。家に帰るのが、今までより遅くなった。
ポツンと、ひとり残されたサクラは、毎日、発泡スチロールの中にいれられて、配送される食材を取り出して、料理をしていた。
届けられるのは、二人分の食材だ。調味料もパッケージ化されていて、買い物の必要はない。
父の手伝いをしているうちに、料理は見よう見まねで覚えた。掃除も洗濯も、見よう見まねで覚えた。
サクラしか家にいなかった。
だから、やるしかなかったのだ。
一人暮らしのような日々が、サクラにとっては、ごくごく当たり前だった。寂しくなる時はあるが、自分が特別、不幸とも思わなかった。世の中には大変な思いをしている人がたくさんいる。嘆くよりも体を動かしていた方がいい。
でも、友達から見たサクラは、母親がいなくて、ご飯も自分で作らなくてはいけない、可哀想な子だと思われてしまっていた。
──サクラちゃん、一緒にご飯を食べよう。お母さんが家においでだって。お母さんのグラタン料理は、美味しいんだよ!
きっと、友達は善意で言ってくれたのだろう。それはひしひし感じたのだが、サクラは行きたくなかった。
母の作った料理を美味しいと言って食べる娘。
それを見たら、きっと羨ましくなってしまう。
父には絶対に言えない寂しさが溢れだしてしまいそうだ。
断ることが申し訳なくなりながらも、サクラは友達に謝った。
──ごめん。家に材料があるし……自分で作るよ。ごめんね……
友達は食い下がったが、サクラはのらりくらりと断り続けた。
サクラの態度が気に食わなかったのか友達は「サクラちゃんの為に言っているのに! なんで、わかってくれないの! もういい!」と、怒りだしてしまった。
謝ったつもりだったが、火に油を注ぐ形となってしまい、サクラはどうしていいか分からなくなってしまった。
──わたしが悪かったのかな……友達の家に行って、にこにこして、美味しいですねって言えばよかったの? ……でも、そんなの、無理! できない!
親たちの怒鳴り合う声がトラウマになっていたサクラは、人と揉めることを極端に嫌っていた。
だから、友達と揉めて以来、サクラは母親がいないことは、黙っておくことに決めた。打ち明ければ、面倒ごとになると、すっかり思い込んでしまった。
学生時代は、なるべく周りに合わせようと、気を張って過ごし、空気のような人、と言われるぐらい存在感を消していた。
*
(学生時代は友達の目を気にして、心がささくれだっていたな……)
今も面倒ごとは嫌いだ。だが、そこそこ社会人経験を積んだ今、前よりはスルースキルが身についている。サクラは宇宙人を見ているような視線を前にしても、口角を持ち上げた。
(気にしない。気にしない。笑ってスルーしよう)
サクラは笑みを顔に貼りつけて、空いている席に座った。
「ちょっと、あなた」
ふいに女子生徒が声をかけてきた。
まず目を奪われたのは、鮮やかな菫色の髪。ポニーテールに結ばれた長い髪は、真っ直ぐで、さらさらと流れていた。
瞳は勝ち気そうにつりあがっていて、眼鏡もつり目にあったフォックス型。
(誰だろう……?)
ゲームで見たことがない彼女を、サクラはじっと見つめる。彼女は席を挟んで前に立つと、腕を組んだ。
「わたくしはコリンズ伯爵家の長女エリーよ」
(まあ、貴族令嬢! 本物のお嬢様!)
ワクワクしながら彼女を見つめる。エリーは瞳を細くして、サクラを見下ろした。
「あなた、セオドアさまの何なの? あの冷静なお方が、あれほど血相を変えるなんて……ただ事ではありませんのよ? あなた一体、どこのご令嬢?」
「一般市民です!」
サクラの答えに、エリーのこめかみがひくつく。
「わたしはサクラ・エリッセルです。学力試験に合格して、この学園に参りました」
(という設定だったはずだわ)
サクラはゲームを思い出しながら答える。エリーはわなわなと肩を震わせた。
「たかが平民の分際で、スペクタクル侯爵家の嫡男であるセオドアさまに抱きしめられたの? スペクタクル侯爵家と言えば、お父様が内務大臣を勤めているお方! 警察組織の改革を押し進め、国の治安維持に貢献なさっているわ。セオドアさまも将来は警察組織に入り、素晴らしい功績を残されると期待されているのよ? そんな尊いお方に、抱きしめられて運ばれるなんて……! あなた、身の程を知りなさい!」
「全く!! その通りでございますね!!」
サクラはババンと机を叩いて、椅子から勢いよく立ち上がる。エリーは驚き、身を後ろに引いた。
「わたしがセオさまに触れるなど……あってはならないことです!」
(だって、セオさまはスマホだけに存在する方でしたし)
エリーが目を据わらせる。怒りで真っ赤になっていた顔色は元に戻っていた。
「あらそうなの?」
「そうです!」
サクラは顔を両手でおおった。
「セオさまに生で触るなんて……なんだか、いけないことをした気分です……」
(だって、セオさまはスマホでしか存在しなかったじゃないですか……!!)
サクラは糸の切れたマリオネットのように椅子に座った。顔を机にうずめ、突っ伏す。
「……運んでもらったお礼も言えずじまいですし……セオさまの顔を見て、羞恥のあまり、足腰立てなくなる自分が情けないです……」
(セオさまの手をわずらわせる前に、ほふく前進して立ち去ればよかったわ!)
サクラは拳を握りしめ、後悔を噛みしめた。
サクラの戸惑いを理解できない人もいるかもしれない。だが、少しだけ想像してみてほしい。
アニメ、ゲーム、小説の中にいるあなたの好きな異性キャラが、目の前に不意にあらわれたら。
本名と同じ名を呼び、あなたの顔を覗き込み、心配そうに抱きしめてきたら──
あなたはどう思うだろうか?
サクラは羞恥心がこみ上げ、色々と耐えられなかった。推しに会えた喜びより戸惑いが大きかったのだ。
頭を抱えるサクラにエリーは小さく息を吐く。
「ねぇ、あなた。セオドアさまのファンなの?」
サクラはびっくりして顔をあげた。
「なんで、わかるんですか……!」
ブルーノに引き続き、エリーにまでセオドア推しであることがバレてしまった。
(やっぱり、わたしの好感度が見えているんじゃ……!)
サクラは目をこらして、辺りをキョロキョロと見回す。やはりハートマークは、どこにもなかった。
(ないわ……じゃあ、なんで分かるの? エスパーになれる魔法があるの?)
不思議すぎてエリーをじっと見つめる。
エリーは探るような目でサクラを上から下まで見てきた。
「セオドアさまと会話した経験はある?」
「今日が初めてです!」
(ヴォイス付きメッセージはコンプリート済みだけど、あれはお手紙だからな。会話なんてしたことがないわ)
硬直したままのサクラに、エリーは顔を近づけた。フレームを片手で持ち、鼻先まで眼鏡をずらす。
目は鋭く細められ、嘘は許さないと言っているかのよう。
「もう一度、聞くわよ。あなたとセオドアさまの関係は?」
「わたしが一方的に、お慕いしているだけです! ご尊顔を近くでバッチリハッキリ見たのも今日がはじめてです!」
ゲーム内でセオドアのイラストを拡大しようとして、できなかった過去を噛みしめながら言った。
「あら、そう……」
エリーはサクラから離れて、眼鏡を元に戻した。
「つまり、あなたは、セオドアさまのファンだったけど、遠くから見ていただけってことね」
サクラはこてんと首をかたむける。
(そうなるのかしら……? 二次元と三次元という距離はあるけど……)
遠いといえば、はてしなく遠い距離だ。
サクラは首を縦にふった。
エリーは満足そうに微笑んだ。そして、周囲を見渡す。
生徒は黙って、エリーに注目していた。彼女は優雅に微笑む。
「みなさま、お聞きになりまして? この方は、わたくしたちと同じよ。セオドアさまのファンなだけ」
数名の女子生徒が、顔を見合わせる。
サクラは何がなんだかわからず、エリーを見上げた。彼女は不敵に微笑んだ。
「わたくしたちと一緒なら、あなたをセオドアさまファンクラブにご招待しましょう」
「え?」
エリーは制服のスカートの端をつまみ、左足をひき、淑女の礼をした。
「改めまして。わたくしはセオドアさまファンクラブ一年生、代表のエリー・コリンズよ。あなたは、セオドアさまの尊さをよくわかっているようだし、お友達になりましょう」
にっこり笑ったエリーに、サクラは目を丸くした。