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攻略前なのに、推しがグイグイくるのですが  作者: りすこ
ミニゲーム① クリア後
15/16

彼女もまたセオさまファンでした

 翌朝、寝不足でフラフラになりながら、サクラは教室に入った。セオドアのデレ顔が頭にこびりついて、興奮して眠れなかったのだ。


「サクラ」


 エリーが早足で近づいてくる。


「エリーさま、おはようございます」


 エリーは眉根をさけて、サクラの耳に手をそえて小さな声で話しかけてきた。


「おはよう。ねぇ、サクラ。顔色が悪いわ。もしかして、魔法がうまくできなかったんじゃないの……?」


 サクラは首を横にふる。


「いえ、灯火の魔法は使えるようになりました」

「あら、そうなの?」

「はい!」


 エリーは安堵の息をはく。


「わたくしが手をかすまでもなかったようね。安心したわ」


 微笑んだ彼女を見て、サクラはどきりとした。


(本当はセオさまに手伝ってもらったのだけど……それを言ったら、同じファンクラブ会員なのに、抜けがけをしたと思われるのかしら……)


 そう思われたら、エリーとの関係に溝ができてしまいそうだ。


(それは嫌だな……せっかくできた友達なのに……)


 彼女との関係を壊したくなくて、サクラは臆病になった。引き結んだ口元を無理やり持ち上げる。


「ご心配をおかけしました。ありがとうございます」

「あら、いいのよ。わたくしたち、お友達でしょ?」


 エリーはウインクをして、朗らかな笑顔を見せてくれる。その笑顔が眩しくて、本当のことを言えない罪悪感がつのっていった。



 *


 エリーに言えない秘密を抱えて、サクラは授業中、悶々としていた。


(なんか……エリーさまに隠し事するのは、嫌だな……)


 前世では友達と揉めたこともあり、本心を隠すことができた。面倒ごとには首をつっこまずに、友達とはそれなりの付き合いができた。うわべだけの友人関係だったから、親友と呼べる人はいなかったが。


(この世界でも、そうすればいいって、わかっている。わかっているのに……モヤモヤする)


 こんなの自分らしくないなと思いつつ、気分は上向かない。


(セオさまとのことをエリーさまに言ったらどうなるのかしら……)


 サクラは頭の中でエリーとの会話をシミュレーションしてみる。思い浮かんだのは、目を吊り上げて怒っているエリーの顔だ。


 ――んまあ! サクラったら、このわたくしを差し置いて、セオドアさまと仲良くしたの! どういうつもり!


(叱られる気がする……)


 それならよいかもしれない。悶々としているよりは、すっぱり怒られてしまう方が気が楽だ。


(エリーさまと話をしてみよう)


 サクラは顔をあげて、授業に集中した。



 授業が終わり、昼休みになった。サクラはエリーに声をかけようと、席から立ち上がる。エリーのいる席に顔を向けると、彼女はいない。


(あれ? エリーさま、どこだろう?)


 教室の隅々まで見渡していると、彼女が教室の外へ出ていく背中が見えた。サクラは慌てて彼女を追いかける。

 廊下に飛び出すと、エリーが使用人からバケットを受け取っている姿が見えた。

 大きめのバケットを持って、エリーがこちらを向く。


「あら、サクラ。ちょうどよかったわ。わたくしと一緒にランチをしましょう」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返していると、エリーはサクラの腕に絡みついてきた。ふわりと上品な花の香りが鼻腔をくすぐる。


「わたくしの好きなミートパイとお茶を用意したわ。一緒に食べましょうね」


 そのまま腕を引っ張られる。サクラはぽかんとしながらも、引きずられるまま足を動かした。



 エリーが向かった先は、初夏の香りがする中庭だ。短く切り揃えられた緑が広がっている。

 舗装された煉瓦の道を進み、ドーム型の休憩所――ガゼボにたどり着く。見上げるとガゼボのてっぺんには、学園のシンボル、フライレス・バードが飾られていた。


 ガゼボに入ると、半円を描くように白いベンチがある。中央には、石造りの真っ白なテーブルがあった。

 エリーはサクラを拘束していた腕をといて、バケットをテーブルの上に置く。


「ベンチに座って頂戴。今、お茶の用意をするわね」

「それなら、わたしも手伝います」

「あら、ありがとう。でも、わたくしがやりたいから座っててね」


 迫力のある笑顔で言われてしまい、サクラは大人しくベンチに座った。


 目の前ではエリーがご機嫌で、バケットから茶器を取り出していく。ティーポットの中では、茶葉がほどよく蒸らされていたようで、エリーはすぐにポットを傾けて、カップにお茶を注いでだ。フローラルな香りが漂ってきた。


 インスタントの紅茶とは明らかに違う香り。サクラは興味津々で、カップを見る。


「はい、どうぞ」


 エリーがカップを渡してきた。


「ありがとうございます。いい香りですね」

「ふふ。気に入ってくれたなら、嬉しいわ。どうぞ、召し上がって」

「いただきます」


 香りを鼻で吸い込み、カップに唇をつける。仄かな甘さが口に広がり、すっと喉を通っていった。サクラの目が興奮で輝きだす。


「美味しいです!」


 デパートで試飲した時のような非日常の味がする。サクラの笑顔を見て、エリーは満足そうに笑った。


「こちらもどうぞ。わたくしの好物のミートパイよ」

「いただきます」


 テーブルの端にティーセットを置いて、エリーからミートパイとフォークが乗った皿を受け取る。


(すごく美味しそうな匂い!)


 サクラは目を輝かせて、フォークでミートパイを一口サイズに切り分ける。口の中で美味しい香りがいっぱい広がり、噛むとサクッと音がした。


(外はサクサクなのに、中はしっとり。うわっ。肉汁がじゅわって出てきた!)


「美味しいです!」

「ふふっ。気に入ってもらえてよかったわ」


 エリーは頬を紅潮させて笑い、ベンチに座った。



「ごちそうさまでした」


 夢中でミートパイを食べきり、お茶をすする。冷めても美味しいお茶だ。最後の一滴まで飲み干すと、サクラは小さく息をついた。


「あら、ずいぶんと顔色が良くなったわね。よかった」


 ほっと息をつくように微笑まれ、サクラは目を見張った。


(もしかして、エリーさま。わたしを元気づけようとしてくれたのかしら……)


 彼女の優しさが心にしみ渡る。隠し事をしていた自分が、ちっぽけで卑怯に感じた。


(やっぱり、エリーさまに隠し事なんてできない!)


 サクラは茶器をテーブルにおくと、背筋を伸ばした。


「エリーさま。実は昨日の放課後――」


 サクラはセオドアに助けられたことを包み隠さず話した。



 話を聞き終えたエリーは、目を見開いて驚いていた。茶器をそっとテーブルの上に置く。サクラは畳みかけるように声を出した。


「わたしはファンクラブの一員なのに、セオさまの個人レッスンを受けるなど、抜け駆けと思われても仕方のない所業です! どんなお叱りも受ける覚悟はあります!」

「……え? サクラ?」


「エリーさまに黙っていたこと、本当に申し訳ありません! 嫌われるのが怖くて、言い出せませんでした! でも! エリーさまはこんなにも優しくしてくださるのです! それなのに、わたしは――」

「――ちょっと、黙りなさい」

「ふごっ!?」


 エリーはサクラのほっぺを両手で挟んだ。サクラは舌を噛みそうになる。エリーはぐにぐにとサクラのほっぺを動かして、いじめる。


「あなたずいぶん、わたくしを見くびっているわね」

「ふごっ! ふごごごっ!」


 彼女の菫色の瞳が炎のように燃え盛っている。美人が怒ると迫力があって怖い。


 エリーはふんと鼻を鳴らして、ほっぺいじめをやめた。


「セオドアさまは、その行動のひとつひとつが尊いのよ。あなたを助けたことなんて、さすがですとしか思わないわ」


(え? え?)


 エリーはうっとりと微笑み、自分の体を抱きしめた。


「きっと、ひとりで練習をしているあなたをほっとけなかったのね。そういうところ、素敵ですわ。あぁ、セオドアさま……!」


 もしも、ゲームだったら、彼女の背景は微ピンク色になり、薔薇のエフェクトが咲き乱れていただろう。 そのぐらい彼女は恍惚とした笑みをたたえている。


 くねくねと体をよじらせる彼女の姿を見て、サクラは毒気を抜かれしまった。


 エリーはサクラが思うよりも、ずっとずっと。

 真の意味で、セオドアのファンであった。

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