彼女もまたセオさまファンでした
翌朝、寝不足でフラフラになりながら、サクラは教室に入った。セオドアのデレ顔が頭にこびりついて、興奮して眠れなかったのだ。
「サクラ」
エリーが早足で近づいてくる。
「エリーさま、おはようございます」
エリーは眉根をさけて、サクラの耳に手をそえて小さな声で話しかけてきた。
「おはよう。ねぇ、サクラ。顔色が悪いわ。もしかして、魔法がうまくできなかったんじゃないの……?」
サクラは首を横にふる。
「いえ、灯火の魔法は使えるようになりました」
「あら、そうなの?」
「はい!」
エリーは安堵の息をはく。
「わたくしが手をかすまでもなかったようね。安心したわ」
微笑んだ彼女を見て、サクラはどきりとした。
(本当はセオさまに手伝ってもらったのだけど……それを言ったら、同じファンクラブ会員なのに、抜けがけをしたと思われるのかしら……)
そう思われたら、エリーとの関係に溝ができてしまいそうだ。
(それは嫌だな……せっかくできた友達なのに……)
彼女との関係を壊したくなくて、サクラは臆病になった。引き結んだ口元を無理やり持ち上げる。
「ご心配をおかけしました。ありがとうございます」
「あら、いいのよ。わたくしたち、お友達でしょ?」
エリーはウインクをして、朗らかな笑顔を見せてくれる。その笑顔が眩しくて、本当のことを言えない罪悪感がつのっていった。
*
エリーに言えない秘密を抱えて、サクラは授業中、悶々としていた。
(なんか……エリーさまに隠し事するのは、嫌だな……)
前世では友達と揉めたこともあり、本心を隠すことができた。面倒ごとには首をつっこまずに、友達とはそれなりの付き合いができた。うわべだけの友人関係だったから、親友と呼べる人はいなかったが。
(この世界でも、そうすればいいって、わかっている。わかっているのに……モヤモヤする)
こんなの自分らしくないなと思いつつ、気分は上向かない。
(セオさまとのことをエリーさまに言ったらどうなるのかしら……)
サクラは頭の中でエリーとの会話をシミュレーションしてみる。思い浮かんだのは、目を吊り上げて怒っているエリーの顔だ。
――んまあ! サクラったら、このわたくしを差し置いて、セオドアさまと仲良くしたの! どういうつもり!
(叱られる気がする……)
それならよいかもしれない。悶々としているよりは、すっぱり怒られてしまう方が気が楽だ。
(エリーさまと話をしてみよう)
サクラは顔をあげて、授業に集中した。
授業が終わり、昼休みになった。サクラはエリーに声をかけようと、席から立ち上がる。エリーのいる席に顔を向けると、彼女はいない。
(あれ? エリーさま、どこだろう?)
教室の隅々まで見渡していると、彼女が教室の外へ出ていく背中が見えた。サクラは慌てて彼女を追いかける。
廊下に飛び出すと、エリーが使用人からバケットを受け取っている姿が見えた。
大きめのバケットを持って、エリーがこちらを向く。
「あら、サクラ。ちょうどよかったわ。わたくしと一緒にランチをしましょう」
ぱちぱちと瞬きを繰り返していると、エリーはサクラの腕に絡みついてきた。ふわりと上品な花の香りが鼻腔をくすぐる。
「わたくしの好きなミートパイとお茶を用意したわ。一緒に食べましょうね」
そのまま腕を引っ張られる。サクラはぽかんとしながらも、引きずられるまま足を動かした。
エリーが向かった先は、初夏の香りがする中庭だ。短く切り揃えられた緑が広がっている。
舗装された煉瓦の道を進み、ドーム型の休憩所――ガゼボにたどり着く。見上げるとガゼボのてっぺんには、学園のシンボル、フライレス・バードが飾られていた。
ガゼボに入ると、半円を描くように白いベンチがある。中央には、石造りの真っ白なテーブルがあった。
エリーはサクラを拘束していた腕をといて、バケットをテーブルの上に置く。
「ベンチに座って頂戴。今、お茶の用意をするわね」
「それなら、わたしも手伝います」
「あら、ありがとう。でも、わたくしがやりたいから座っててね」
迫力のある笑顔で言われてしまい、サクラは大人しくベンチに座った。
目の前ではエリーがご機嫌で、バケットから茶器を取り出していく。ティーポットの中では、茶葉がほどよく蒸らされていたようで、エリーはすぐにポットを傾けて、カップにお茶を注いでだ。フローラルな香りが漂ってきた。
インスタントの紅茶とは明らかに違う香り。サクラは興味津々で、カップを見る。
「はい、どうぞ」
エリーがカップを渡してきた。
「ありがとうございます。いい香りですね」
「ふふ。気に入ってくれたなら、嬉しいわ。どうぞ、召し上がって」
「いただきます」
香りを鼻で吸い込み、カップに唇をつける。仄かな甘さが口に広がり、すっと喉を通っていった。サクラの目が興奮で輝きだす。
「美味しいです!」
デパートで試飲した時のような非日常の味がする。サクラの笑顔を見て、エリーは満足そうに笑った。
「こちらもどうぞ。わたくしの好物のミートパイよ」
「いただきます」
テーブルの端にティーセットを置いて、エリーからミートパイとフォークが乗った皿を受け取る。
(すごく美味しそうな匂い!)
サクラは目を輝かせて、フォークでミートパイを一口サイズに切り分ける。口の中で美味しい香りがいっぱい広がり、噛むとサクッと音がした。
(外はサクサクなのに、中はしっとり。うわっ。肉汁がじゅわって出てきた!)
「美味しいです!」
「ふふっ。気に入ってもらえてよかったわ」
エリーは頬を紅潮させて笑い、ベンチに座った。
「ごちそうさまでした」
夢中でミートパイを食べきり、お茶をすする。冷めても美味しいお茶だ。最後の一滴まで飲み干すと、サクラは小さく息をついた。
「あら、ずいぶんと顔色が良くなったわね。よかった」
ほっと息をつくように微笑まれ、サクラは目を見張った。
(もしかして、エリーさま。わたしを元気づけようとしてくれたのかしら……)
彼女の優しさが心にしみ渡る。隠し事をしていた自分が、ちっぽけで卑怯に感じた。
(やっぱり、エリーさまに隠し事なんてできない!)
サクラは茶器をテーブルにおくと、背筋を伸ばした。
「エリーさま。実は昨日の放課後――」
サクラはセオドアに助けられたことを包み隠さず話した。
話を聞き終えたエリーは、目を見開いて驚いていた。茶器をそっとテーブルの上に置く。サクラは畳みかけるように声を出した。
「わたしはファンクラブの一員なのに、セオさまの個人レッスンを受けるなど、抜け駆けと思われても仕方のない所業です! どんなお叱りも受ける覚悟はあります!」
「……え? サクラ?」
「エリーさまに黙っていたこと、本当に申し訳ありません! 嫌われるのが怖くて、言い出せませんでした! でも! エリーさまはこんなにも優しくしてくださるのです! それなのに、わたしは――」
「――ちょっと、黙りなさい」
「ふごっ!?」
エリーはサクラのほっぺを両手で挟んだ。サクラは舌を噛みそうになる。エリーはぐにぐにとサクラのほっぺを動かして、いじめる。
「あなたずいぶん、わたくしを見くびっているわね」
「ふごっ! ふごごごっ!」
彼女の菫色の瞳が炎のように燃え盛っている。美人が怒ると迫力があって怖い。
エリーはふんと鼻を鳴らして、ほっぺいじめをやめた。
「セオドアさまは、その行動のひとつひとつが尊いのよ。あなたを助けたことなんて、さすがですとしか思わないわ」
(え? え?)
エリーはうっとりと微笑み、自分の体を抱きしめた。
「きっと、ひとりで練習をしているあなたをほっとけなかったのね。そういうところ、素敵ですわ。あぁ、セオドアさま……!」
もしも、ゲームだったら、彼女の背景は微ピンク色になり、薔薇のエフェクトが咲き乱れていただろう。 そのぐらい彼女は恍惚とした笑みをたたえている。
くねくねと体をよじらせる彼女の姿を見て、サクラは毒気を抜かれしまった。
エリーはサクラが思うよりも、ずっとずっと。
真の意味で、セオドアのファンであった。