魔法が使えません
タイトルを変更しましたので、イレギュラーで更新します。びっくりさせたらすみません。
サクラが教室に入ると、エリーが朝の挨拶をしてきた。
「ごきげんよう、サクラ」
「ごきげんよう、エリーさま」
「ねぇ、今日は魔法の試験がある日よね」
「あぁ、そうですね」
(やっぱり……ゲームでやったような……)
序盤のストーリーでやった記憶がある。サクラが考え込むと、エリーは表情をくもらせた。
「あなた、魔法は得意じゃないでしょ? 大丈夫?」
「そうですね……」
(わたし、眼鏡なしだものね。それで、エリーさまは心配しているんだわ。お優しい方)
「なんとかなります」
エリーは目を据わらせた後、肩を上下に動かした。
「そう? わからないことがあれば言いなさい。わたくし、魔法は得意なのよ」
エリーはつり上がった眼鏡の端を持って、胸を張った。サクラはにこりと笑う。
「はい。その時は、よろしくお願いします」
サクラは席につき、授業の支度を始めた。しばらくして、水晶玉を抱えた教師が入ってくる。大きな透明のガラス玉を見て、やっと思い出した。
(あああっ! そうだ! ミニゲームだ!)
ゲームの序盤で出てくる最初のミニゲームだった。
画面上にランダムに出てくる円をタイミングよくタップして魔力をため、灯火の魔法を使うというものだ。モグラを叩くゲームのように、押してはダメな円があり、苦戦した記憶がある。ゲームがクリアできないと舌打ちをしそうになった。
(スマホがなくて、どうやってやるのかしら? 目に力をためる方法よね……?)
次々と生徒が教師に呼ばれ、水晶玉の中で魔法を発動させる。誰もいとも簡単にできている。少し焦ってきた。
「エリッセルさん、前に」
「はい」
サクラは席を立って教壇に近づいた。顔ほどのある水晶玉に両手をかざす。
(目力……目力……魔法よ! 発動せよ!)
願いを込めて目を広げ、呪文を言う。
「《灯れ!》」
しばらく待っても、水晶玉の中に光りはでない。シンと静けさが教室を包んだ。
(でない! どうしよう!!)
サクラは青ざめ、水晶玉を持つ手に力を込めて呪文を唱える。
「《灯れ!》、《灯れ!》、《灯れ!》」
焦りながら何度も言っても、灯火は起こらなかった。
「もういいわ」
教師がサクラをとめた。顔をあげたサクラの視界に入ったのは、厳しい顔。
「この魔法の発動は初級よ。これができなければ、次の魔法も発動は難しいでしょう。放課後、私の部屋をかすから、練習をしなさい」
「はい……」
項垂れ、水晶玉から手を外す。
「こればかりは、理屈ではなく感覚で掴むものです。コツは自分で掴むしかありません。ひとまず、練習をしてみなさい」
「はい……」
教師の言葉は厳しくも優しいものだ。答えられない悔しさがサクラの胸をしめつける。
(リオくんには偉そうに教えたのに……自分ができないなんて……)
とぼとぼと席に戻り、授業を終えた。
「サクラ! 練習ならわたくしも付き合うわよ」
放課後になり、エリーが声をかけてくれた。サクラは笑顔を顔に貼りつけ首を横にふる。
「一人で頑張ってみます。いつ終わるか分かりませんし……」
エリーは何か言いたそうな顔をして、口を引き結ぶ。サクラは明るく声を出した。
「初級魔法ですから大丈夫です! わたし、こう見えて根性だけはありますから!」
胸を張ってみると、エリーは小さくため息をつく。
「辛くなったら、いつでもいいなさい。……あなたと、わたくしは……お友達でしょ?」
エリーは目を釣り上げて、仄かに顔を赤らめた。照れているようだ。そんなしぐさが可愛らしいなと思いながら、サクラは微笑む。
「ありがとうございます。ひとまず、ひとりで頑張ってみますね」
彼女に頭をさげて、先生の待つ準備室へと向かった。
*
(できなーい!)
サクラは机の上に突っ伏した。
教師から水晶玉を借りて、魔法の練習してみたが、さっぱりできなかった。気持ちばかりが焦り、途方にくれボーッとして、はっと我に返り、また練習をする。それを繰り返していると、窓の外は夕焼け色に染まっていた。
(わたし、魔法の才能がないかも……)
ペンギンのかみさまには、五歳児並と言われた魔力レベル。これほどまでにできないと、落ち込む。
ため息を吐いて時計の針を見ると、夕食の時間が近づいていた。こんな時間まで勉強できたことに、サクラは目を見張った。
(あ……そっか。今はチェリーさんがいるから、ご飯のことを考えなくていいんだ……)
ご飯を作ってくれる人がいるっていうのはありがたい。サクラは口角を持ち上げて、気合いを入れ直した。
(せっかく勉強に集中できるんだもの。もう一度、やってみよう。できなかったら、明日、やればいいじゃない)
よしっと、声をだして、水晶玉に触れたときだ。
「――まだ誰かいるのか?」
廊下からセオドアの声がした。推しの声を間違えるはずもなくサクラは大きく身体を跳ねさせる。その拍子に、触れていた水晶玉が台座から転がり落ちた。
(割れる!)
顔を青ざめて、サクラはカエルのように水晶玉に飛びつく。両手で水晶玉をキャッチしたが、飛んだ体勢のまま、床に倒れてしまった。ドタンと大きな物音が立つ。その音に驚いたのか、セオドアがドアを開いて、教室に入ってきた。
(ひゃあああっ!)
サクラは水晶玉を抱えたまま、顔を真っ赤にさせ、体を硬直させた。わずかに見開かれた黒い目と視線が絡み合う。
「きみは……サクラか?」
(なんでもう、わたしのことを覚えているんですかぁぁぁ!)
出会いが衝撃だったせいか。はたまた彼の記憶力が良すぎるのか。どちらにしても、たった一度の、ほんのわずかな時間で顔と名前を覚えられていたことに動揺する。
口を開いて小刻みに震えていると、セオドアはサクラに近づき腰を屈めた。
「大きな物音がしたが、大丈夫か? また怪我をしていないか?」
サクラは首を横にふり、すぐ立ち上がった。
「だ、大丈夫で、でっす!……お気遣いなく……!」
サクラはペコペコ頭をさげる。
「魔法の練習をし、していてっ……! それで、あの! ちょっと……うまくできなくて……!」
(うあああっ! 頭がぐるぐるして、うまく話せないっ!)
しどろもどろに話しても、セオドアは気にしていないようで、居直った。
「魔法の練習?……どんな魔法だ?」
四角いメガネの奥の瞳がすがめられる。蛇に睨まれたカエルのように、サクラは身をちぢこませた。
「えっと……あの……灯火の魔法です……」
「灯火……」
セオドアの声がため息まじりになる。ちくりと心が傷んだ。
(初級魔法でつまづいているなんて、呆れられてしまうわよね……)
しょんぼりしていると、セオドアは水晶玉を見つめた。
「魔法の発動がうまくできないということかな?」
やや鋭さがなくなった落ち着いた声で尋ねられ、サクラはゆっくり頷いた。
「そうか。それは大変だっただろう」
(え……?)
「私は補助魔法も使えるから、手伝いができる。一緒にやってみるか?」
(へ?)
突然の申し出に、サクラは目を点にした。