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攻略前なのに、推しがグイグイくるのですが  作者: りすこ
チュートリアル 学園生活の始まり
1/16

ペンギンのかみさまに空から落とされたら、推しがいました

眼鏡キャラがてんこ盛りです。応援してもらえると嬉しいです。

 

「さくら、おきて」


 幼い男の子の声に呼ばれて、さくらは重いまぶたを開いた。体はだるく、頭の中が霞がかったみたいで、前後の記憶があいまいだ。さくらは気だるい体を起し、辺りを見渡す。


 目の前は、水色しかない。さくらは首をかしげ、声の方へ向いて、腰を抜かした。


(ゆるふわ系のペンギンが飛んでいるわ!)


 他に例えようがないほど、ペンギンだ。容姿はぬいぐるみに近い。クレーンゲームの景品にありそうな姿で、くちばしの上に小さな丸眼鏡が、ちょこんとのっかっていた。


 ペンギンは飛べない鳥ではなかったのかと、つっこむ暇さえ与えてくれないほどの状況。さくらは言葉を失い、ポカンと口を開いた。


「はじめまして、さくら。ぼくは、きみたちの世界でいうなら、かみさまだよ」


 話だしたペンギンをさくらはジッと見る。


「かみさま、ですか……?」

「うん、かみさま。きみの好きな胸キュン乙女ゲームにでてくるよ。覚えていない?」


 さくらの目が、ぱっと開く。


「出てきました! わたし、あのゲームは毎日、やっていましたから!」

「……きみは、あのゲームに人生を捧げていたものね……」


 さくらは首を縦にふった。


 さくらが心のオアシスにしていた乙女ゲーム〝あなたが眼鏡を外すとき〟は、スマートフォン用のアプリだ。


 基本ストーリーは無料。一話ごとのストーリーは短めで、ミニゲームもある。一日、三話までしか無料でストーリーを進められず、その日のうちに続きを読むには、チケットを購入しなければならない。


 サブシナリオ、季節イベントも豊富だが、ベストエンドにたどり着くための選択肢はシビアな設定で、好感度をあげるアイテムは課金制。キャラカードがもらえるガチャもある。


 ストーリーは〝眼鏡男子と甘い学園生活を送るもの〟としか言えないほど、でてくるキャラクターは全員、眼鏡をかけていた。


「乙女ゲームのかみさまが、どうしてここに……」

「きみは死んだの。そして、乙女ゲームの世界の主人公に転生したんだよ」

「えっ! わたし、死んだのですか?!」


 くちばしの上に乗っていた丸眼鏡が、ずるっと傾く。ペンギンのかみさまは、羽で器用に眼鏡を元に戻した。


「つっこむところは、そこ? なんで、ゲームに転生じゃないの?」


 呆れ顔で言われ、さくらは頬に手をあてた。


「死んだ記憶がなくて……」

「あ、そう……」


 ペンギンのかみさまは嘆息しながら、説明してくれた。


「きみは電車に乗っていたね。そこで、暴言を吐いて刃物を振り回している男にあったでしょ?」


 さくらは手を叩いた。


「ありました! それで、おばあさんが刺されそうになって──」

「きみが代わりに刺された」

「それで、死んだんですね!」

「なんでそんなに明るいの……?」


 さくらは首をかしげた。


「死んだ実感がなくて……痛かった記憶もないです……」

「あぁ。痛みや恐怖の記憶は、意図的に消したよ。そんなのあったら、転生後に支障がでそうだし」

「……そうなんですね。あ、わたしを刺した人はどうなりましたか? おばあさんは無事ですか?」


 ハラハラしながら尋ねると、ペンギンのかみさまは大きなため息をついた。


「死んでまで、人の心配をして……」

「え?」

「なんでもない。きみを刺した人は捕まった。きみ以外は全員、無事」


 さくらは胸をなでおろした。


「それは、よかったです」


 ペンギンのかみさまはムッとした顔をして、ぱたぱたと羽を早く動かした。


「まったく! きみってやつは、自分よりも人の心配ばっかして! 優しすぎるんだよ!」


 強い口調で言われて、サクラは目を点にする。


「ともかく! きみは、前世で人の為に尽くしたから、今世では幸せになれるように、この世界に転生したの。わかった?」


 羽と同じくらい早口で言われて、さくらは頷いた。


 乙女ゲームの世界に生まれ変わるなんて妙な気分だが、目の前にはゆるふわ系のペンギンが飛んで、しゃべっているし、不思議なことが起きても、驚きは薄かった。


「転生のスタートは、ゲームと同じ魔法学園入学から初めてもらうよ。きみは、ヒロイン。名前はサクラ・エリッセル」


(エリッセルって、ヒロインの名字だわ)


「きみが課金した分だけ、好感度アップのアイテムをあげる」

「えっ?」


 ペンギンのかみさまはニヤリと笑った。


「きみが幸せになれるようにって、言ったでしょ? さぁ、いってらっしゃい。きみの推しも待っているよ」


(どういう意味なの?)


 尋ねる前に、体が落下する。


(え? え? えええぇぇぇぇ?!)


 いつの間にか、景色は青空に変わっていた。

 空から落ちていく感覚に、サクラはパニックになる。


(きゃあああ! こわいぃぃぃ!!)


 思わず体を丸めると、落下スピードがゆるまった。


(あれ? ゆっくりになったわ……?)


 ぱちぱちと瞬きをしていると、背中に何かがあたる。ピンク色の花びらで視界がそまり、何かに体がひっかかった。


(いたたっ……あれ?)


 落ちた先は、桜の木だった。

 春に盛大に花咲く木の枝にひっかかり、サクラは目を丸める。


(今の季節は、春ってこと……?)


 このゲームは名前や建物は、西洋世界を模している。魔法があるファンタジー世界で、日本のように四季があった。そして、学園の入学式は日本と同じ四月。


(桜なんて、ゲームに出てきたかしら?)


 小ぶりの花をじっと見ていると。


「きみ」


 サクラが推していた男性の声が聞こえた。サクラは思わず反応して慌てすぎ、木からすべり落ちた。


(また、落ちるのおおおっ!)


 半べそをかきながら、身を丸めると大きな体に包みこまれた。


(あれ?)


 恐る恐る目を開くと、眼前にはサクラの最愛キャラ、セオドアがいた。


 視界が黒一色に染まる。強烈なまでの色彩。それは、彼の髪色と瞳の色のせいだ。


 一寸の狂いもない石膏像のような目鼻立ちは整いすぎていて、はっと息を飲むほど。どこか冷たい印象に見えるのは、スクウェア型の眼鏡と、切れ長の瞳のせいだろう。無表情でサクラを見下ろしているが、それすら絵になった。


 表情を崩さない鉄仮面男子。ふとした瞬間に見せる照れ顔が尊い人、とファンの間ではささやかれる男。それがセオドアだった。


(え? セオさまなの……? えぇぇぇっ?! セオさまなのー!!)


 目の前に推しがいることが信じられず、サクラはあんぐりと口を開いた。

 セオドアはサクラを抱えたまま、口を開く。


「怪我はないか?」


(しゃべったぁぁぁ! 課金していないのに、セオさまがしゃべっているぅぅぅ!)


 彼の声は、課金しなければ聞けなかった。


 声は年配の声優が役作りをしていて、一部のファンからは「ささやき声ではらめる」と、もっぱらの評判だった。


 その声が、聞き放題なお得な状況。サクラはすっかり混乱した。


(え? え? セオさま……生きているの? 瞬きまでしているし……ぬるぬる動いているような……?)


 スマートフォンの中で見た彼の立ち絵は、パラパラ漫画のようにしか動かなかった。人間らしい動きはひとつもない。


 それなのに、逞しい腕はサクラの体を守るように包み、手のひらからは彼の温度まで伝わってきた。


(なんか、セオさまから、エキゾチックな香りまでしてくるんですけどおぉぉぉ! なんでぇぇぇ!)


 生身の推しは、サクラの想像以上に強烈だった。口をはくはく動かしていると、セオドアは顔を近づけてくる。


「顔が真っ赤だ。大丈夫か?」


 低いささやき声が、サクラの鼓膜を刺激する。ぞくぞくっと甘い痺れが耳から腰骨まで走った。


(ああああ! イケボがー! わたしのー! 耳にー!!!)


 腰が砕けそうだ。これ以上、彼の声を聞いていられずサクラはこくこくと頷いた。


「大丈夫なら、おろすぞ」


 セオドアは膝を屈め、サクラを気づかいながら地面に立たせた。ふらつくのが心配なのか、サクラの背中に手は添えられたままだ。

 サクラは半泣きになりながらも、両足を踏ん張り、声を振り絞った。


「ありっ、ありがとう、ございました……」


 語尾は蚊の鳴くような小さな声。それでも声は届いたようで、セオドアは背中に添えた手を離した。


「どういう理由で木に登ったのかは分からないが、注意したほうがいい。女性が登るには高い木だ」


 セオドアは桜の木を見ながら、たしなめる。サクラは無言で頭をさげた。


「きみの名は?」


 深く頭をさげていたサクラが顔をあげる。何を考えているのか分からない彼の顔を見ながら小声をだした。


「サクラ・エリッセル……ですが……」

「初めて聞いた名前だ。新入生か?」

「はい……」


「サクラか……いい名前だ。桜の精みたいだな」


 わずかに目を細め、彼が手を伸ばしてくる。驚いて身をすくめると、頭についていた桜の花びらを摘ままれた。


「サクラ・エリッセル。覚えておこう」


(名前呼びーー!!! きゃあああっ! )


 ゲームでは叶うことがなかった推しからの名前呼び。

 主人公の名前は任意で変えられたが、名前の部分は声が入らない。推しから本名と同じ名を言われて、尊さのあまり眩暈までしてきた。


(あ、ダメ。腰がぬけっ……る)


 とうとう耐えきれずに、地面にへたりこんだサクラを見て、セオドアがすぐさま地面に膝をついた。


「サクラ、大丈夫か? やはり、落ちたショックが強いんじゃないか?」


 心配をされたが、サクラはそれどころではない。


(呼び捨てまで、しないでくださいぃぃぃ!)


 セオドアは生徒全員を呼び捨てにしている。彼にとってはごくごく当たり前の呼びかけは、サクラにとって、破壊力が強すぎた。


 サクラの潤んだ瞳を見たセオドアは、しばし考えた後、さっと彼女の背中に手を回した。


(え? えっ!? どうして、また抱っこなんですか!?)


 横抱きにされて、サクラはパニックになる。


「医務室まで運ぶ。治癒師にみてもらいなさい」


(そんな、お気遣いなくうううぅぅ!)


 声には出せない叫びが、セオドアに伝わるはずもなく。彼は颯爽と歩きだしてしまった。


本日、21時にもう一話を更新します。

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