ペンギンのかみさまに空から落とされたら、推しがいました
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「さくら、おきて」
幼い男の子の声に呼ばれて、さくらは重いまぶたを開いた。体はだるく、頭の中が霞がかったみたいで、前後の記憶があいまいだ。さくらは気だるい体を起し、辺りを見渡す。
目の前は、水色しかない。さくらは首をかしげ、声の方へ向いて、腰を抜かした。
(ゆるふわ系のペンギンが飛んでいるわ!)
他に例えようがないほど、ペンギンだ。容姿はぬいぐるみに近い。クレーンゲームの景品にありそうな姿で、くちばしの上に小さな丸眼鏡が、ちょこんとのっかっていた。
ペンギンは飛べない鳥ではなかったのかと、つっこむ暇さえ与えてくれないほどの状況。さくらは言葉を失い、ポカンと口を開いた。
「はじめまして、さくら。ぼくは、きみたちの世界でいうなら、かみさまだよ」
話だしたペンギンをさくらはジッと見る。
「かみさま、ですか……?」
「うん、かみさま。きみの好きな胸キュン乙女ゲームにでてくるよ。覚えていない?」
さくらの目が、ぱっと開く。
「出てきました! わたし、あのゲームは毎日、やっていましたから!」
「……きみは、あのゲームに人生を捧げていたものね……」
さくらは首を縦にふった。
さくらが心のオアシスにしていた乙女ゲーム〝あなたが眼鏡を外すとき〟は、スマートフォン用のアプリだ。
基本ストーリーは無料。一話ごとのストーリーは短めで、ミニゲームもある。一日、三話までしか無料でストーリーを進められず、その日のうちに続きを読むには、チケットを購入しなければならない。
サブシナリオ、季節イベントも豊富だが、ベストエンドにたどり着くための選択肢はシビアな設定で、好感度をあげるアイテムは課金制。キャラカードがもらえるガチャもある。
ストーリーは〝眼鏡男子と甘い学園生活を送るもの〟としか言えないほど、でてくるキャラクターは全員、眼鏡をかけていた。
「乙女ゲームのかみさまが、どうしてここに……」
「きみは死んだの。そして、乙女ゲームの世界の主人公に転生したんだよ」
「えっ! わたし、死んだのですか?!」
くちばしの上に乗っていた丸眼鏡が、ずるっと傾く。ペンギンのかみさまは、羽で器用に眼鏡を元に戻した。
「つっこむところは、そこ? なんで、ゲームに転生じゃないの?」
呆れ顔で言われ、さくらは頬に手をあてた。
「死んだ記憶がなくて……」
「あ、そう……」
ペンギンのかみさまは嘆息しながら、説明してくれた。
「きみは電車に乗っていたね。そこで、暴言を吐いて刃物を振り回している男にあったでしょ?」
さくらは手を叩いた。
「ありました! それで、おばあさんが刺されそうになって──」
「きみが代わりに刺された」
「それで、死んだんですね!」
「なんでそんなに明るいの……?」
さくらは首をかしげた。
「死んだ実感がなくて……痛かった記憶もないです……」
「あぁ。痛みや恐怖の記憶は、意図的に消したよ。そんなのあったら、転生後に支障がでそうだし」
「……そうなんですね。あ、わたしを刺した人はどうなりましたか? おばあさんは無事ですか?」
ハラハラしながら尋ねると、ペンギンのかみさまは大きなため息をついた。
「死んでまで、人の心配をして……」
「え?」
「なんでもない。きみを刺した人は捕まった。きみ以外は全員、無事」
さくらは胸をなでおろした。
「それは、よかったです」
ペンギンのかみさまはムッとした顔をして、ぱたぱたと羽を早く動かした。
「まったく! きみってやつは、自分よりも人の心配ばっかして! 優しすぎるんだよ!」
強い口調で言われて、サクラは目を点にする。
「ともかく! きみは、前世で人の為に尽くしたから、今世では幸せになれるように、この世界に転生したの。わかった?」
羽と同じくらい早口で言われて、さくらは頷いた。
乙女ゲームの世界に生まれ変わるなんて妙な気分だが、目の前にはゆるふわ系のペンギンが飛んで、しゃべっているし、不思議なことが起きても、驚きは薄かった。
「転生のスタートは、ゲームと同じ魔法学園入学から初めてもらうよ。きみは、ヒロイン。名前はサクラ・エリッセル」
(エリッセルって、ヒロインの名字だわ)
「きみが課金した分だけ、好感度アップのアイテムをあげる」
「えっ?」
ペンギンのかみさまはニヤリと笑った。
「きみが幸せになれるようにって、言ったでしょ? さぁ、いってらっしゃい。きみの推しも待っているよ」
(どういう意味なの?)
尋ねる前に、体が落下する。
(え? え? えええぇぇぇぇ?!)
いつの間にか、景色は青空に変わっていた。
空から落ちていく感覚に、サクラはパニックになる。
(きゃあああ! こわいぃぃぃ!!)
思わず体を丸めると、落下スピードがゆるまった。
(あれ? ゆっくりになったわ……?)
ぱちぱちと瞬きをしていると、背中に何かがあたる。ピンク色の花びらで視界がそまり、何かに体がひっかかった。
(いたたっ……あれ?)
落ちた先は、桜の木だった。
春に盛大に花咲く木の枝にひっかかり、サクラは目を丸める。
(今の季節は、春ってこと……?)
このゲームは名前や建物は、西洋世界を模している。魔法があるファンタジー世界で、日本のように四季があった。そして、学園の入学式は日本と同じ四月。
(桜なんて、ゲームに出てきたかしら?)
小ぶりの花をじっと見ていると。
「きみ」
サクラが推していた男性の声が聞こえた。サクラは思わず反応して慌てすぎ、木からすべり落ちた。
(また、落ちるのおおおっ!)
半べそをかきながら、身を丸めると大きな体に包みこまれた。
(あれ?)
恐る恐る目を開くと、眼前にはサクラの最愛キャラ、セオドアがいた。
視界が黒一色に染まる。強烈なまでの色彩。それは、彼の髪色と瞳の色のせいだ。
一寸の狂いもない石膏像のような目鼻立ちは整いすぎていて、はっと息を飲むほど。どこか冷たい印象に見えるのは、スクウェア型の眼鏡と、切れ長の瞳のせいだろう。無表情でサクラを見下ろしているが、それすら絵になった。
表情を崩さない鉄仮面男子。ふとした瞬間に見せる照れ顔が尊い人、とファンの間ではささやかれる男。それがセオドアだった。
(え? セオさまなの……? えぇぇぇっ?! セオさまなのー!!)
目の前に推しがいることが信じられず、サクラはあんぐりと口を開いた。
セオドアはサクラを抱えたまま、口を開く。
「怪我はないか?」
(しゃべったぁぁぁ! 課金していないのに、セオさまがしゃべっているぅぅぅ!)
彼の声は、課金しなければ聞けなかった。
声は年配の声優が役作りをしていて、一部のファンからは「ささやき声ではらめる」と、もっぱらの評判だった。
その声が、聞き放題なお得な状況。サクラはすっかり混乱した。
(え? え? セオさま……生きているの? 瞬きまでしているし……ぬるぬる動いているような……?)
スマートフォンの中で見た彼の立ち絵は、パラパラ漫画のようにしか動かなかった。人間らしい動きはひとつもない。
それなのに、逞しい腕はサクラの体を守るように包み、手のひらからは彼の温度まで伝わってきた。
(なんか、セオさまから、エキゾチックな香りまでしてくるんですけどおぉぉぉ! なんでぇぇぇ!)
生身の推しは、サクラの想像以上に強烈だった。口をはくはく動かしていると、セオドアは顔を近づけてくる。
「顔が真っ赤だ。大丈夫か?」
低いささやき声が、サクラの鼓膜を刺激する。ぞくぞくっと甘い痺れが耳から腰骨まで走った。
(ああああ! イケボがー! わたしのー! 耳にー!!!)
腰が砕けそうだ。これ以上、彼の声を聞いていられずサクラはこくこくと頷いた。
「大丈夫なら、おろすぞ」
セオドアは膝を屈め、サクラを気づかいながら地面に立たせた。ふらつくのが心配なのか、サクラの背中に手は添えられたままだ。
サクラは半泣きになりながらも、両足を踏ん張り、声を振り絞った。
「ありっ、ありがとう、ございました……」
語尾は蚊の鳴くような小さな声。それでも声は届いたようで、セオドアは背中に添えた手を離した。
「どういう理由で木に登ったのかは分からないが、注意したほうがいい。女性が登るには高い木だ」
セオドアは桜の木を見ながら、たしなめる。サクラは無言で頭をさげた。
「きみの名は?」
深く頭をさげていたサクラが顔をあげる。何を考えているのか分からない彼の顔を見ながら小声をだした。
「サクラ・エリッセル……ですが……」
「初めて聞いた名前だ。新入生か?」
「はい……」
「サクラか……いい名前だ。桜の精みたいだな」
わずかに目を細め、彼が手を伸ばしてくる。驚いて身をすくめると、頭についていた桜の花びらを摘ままれた。
「サクラ・エリッセル。覚えておこう」
(名前呼びーー!!! きゃあああっ! )
ゲームでは叶うことがなかった推しからの名前呼び。
主人公の名前は任意で変えられたが、名前の部分は声が入らない。推しから本名と同じ名を言われて、尊さのあまり眩暈までしてきた。
(あ、ダメ。腰がぬけっ……る)
とうとう耐えきれずに、地面にへたりこんだサクラを見て、セオドアがすぐさま地面に膝をついた。
「サクラ、大丈夫か? やはり、落ちたショックが強いんじゃないか?」
心配をされたが、サクラはそれどころではない。
(呼び捨てまで、しないでくださいぃぃぃ!)
セオドアは生徒全員を呼び捨てにしている。彼にとってはごくごく当たり前の呼びかけは、サクラにとって、破壊力が強すぎた。
サクラの潤んだ瞳を見たセオドアは、しばし考えた後、さっと彼女の背中に手を回した。
(え? えっ!? どうして、また抱っこなんですか!?)
横抱きにされて、サクラはパニックになる。
「医務室まで運ぶ。治癒師にみてもらいなさい」
(そんな、お気遣いなくうううぅぅ!)
声には出せない叫びが、セオドアに伝わるはずもなく。彼は颯爽と歩きだしてしまった。
本日、21時にもう一話を更新します。