Side レイモンド
目の前の少女が急に倒れたため、レイモンドは慌てて手を伸ばす。
床にぶつかるすんでのところでルルリーを腕に抱きとめた。驚くほど軽く、いつもフードで隠れている顔が初めて間近で見えた。
よく見れば整った顔をしており、閉じられた瞳を縁取る睫毛は長く、肌の色は透き通るように白い。少年、には到底見えなかった。
「おい、大丈夫か?!」
軽くゆすってみるが瞳は閉じられたままだ。胸は上下しており、呼吸はしているようだ。
疲れからくるものだろうか。医者を呼ぶべきか。
レイモンドは悩みながら、ルルリーを横抱きに抱え直した。いわゆるお姫様抱っこである。
ひとまず横にさせるべきであろう。
レイモンドは店内を見回すが、呪術店にベッドのようなものが置いているはずがなかった。
ルルリーを抱えたまま、カウンターの奥を見ると階段が見える。
もしや上が居住スペースなのだろうか。
「勝手に入ってすまない」
ルルリーに聞こえるはずがないのだが、謝りながら階段を登る。
階段を登り切った先には扉が二つあった。
適当に手前の扉を開けてみると、そこには素朴な木製のベッドと、小さな机といすが置いてある部屋があった。本棚には呪術関係の本が並んでいる。
ルルリーの部屋だろうか。
年頃の少女の部屋にしてはあまりにも地味であるが、らしい、とも思えた。
レイモンドはベッドへそっとルルリーを横たえる。
耳を近づけてみると、すーすーと静かな寝息が聞こえた。
こうしてみるとまだあどけなく、ただの少女に見える。
しかし、レイモンドには女神のように見えた。本人に言うとまた倒れてしまうかもしれないが。
レイモンドはこの一か月、ひそかに苦しんでいた。
頭が重たく、思考が鈍り剣の腕も落ちてきていたのだ。
せっかくつかみ取った騎士団の小隊長という役を、このままでは務めることが出来ないとさえ感じ始めていたところであった。
それが、あの薬草茶に出会ってから少しずつ解消され、今日遂に霧が晴れたかのように頭が冴えていた。
すべて目の前の少女のおかげである。
祝福と言う力を持っているらしいが、そのような力がこの世に存在していたとはレイモンドは知らなかった。
内緒にするように頼まれたが、頼まれなくても誰にも言うつもりはなかった。
このような力を持っていると知られたら、貴族や王族から囲われる可能性もある。
貴族や王族は平民よりも呪われやすい立場だ。
呪術は法的には禁じられているが、不審な死を遂げる貴族もいる。
呪術が使われたのでは、とまことしやかに語られているが、証拠は誰にも見つけることが出来ない。最近の呪術は次第に巧妙化しているのだ。
そのような貴族社会で、呪術を無効化してくれる力を持つ呪術師は、喉から手が出るほど欲しい存在であることは確かだ。
ルルリーは自分の失態でレイモンドの命が危なくなったと言っていたが。
最近の体調を考えると、今回のことがなくてもレイモンドは命の危機に陥っていたはずだ。
そのため、ルルリーが命の恩人であることに変わりはなかった。
しかも、この呪われ体質をどうにかしようとしてくれているのだ。
赤の他人のレイモンドのために。
レイモンドは女性が嫌いだった。
自分の見てくれだけをみて言い寄ってくる女性の今まで多かったこと。
きつい香水の香りは不快しか生まない。
誰もレイモンド、と言う人間を見ようとしないのだ。
しかし、ルルリーは違った。
全くレイモンドに興味がないように見えるのだ。実際にもそうだろう。
“ただ”の呪われやすい騎士団小隊長、と思っていそうだ。
レイモンドの呪に関することだけ興味があるようだ。
それが不思議と心地がいい。
レイモンドは宝物をさわるように、ルルリーの手を優しく握った。
医師を呼びに行きたいが、彼女を一人にしていいものか。
レイモンドはしばらくの間、ルルリーの眠る横顔を見つめていた。