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呪い、再び 2




 おかしい。

 ルルリーの渡した茶葉なら、人の念によって発生した呪いでも解呪できるはずだ。

 それなのにまだレイモンドは呪われている。

 お茶を飲まなかったのか。

 それともまさか、短期間のうちにまた呪われたのだろうか。

 だとすればとんだ呪われ体質の騎士である。

 今までよく無事に生きてこれたものだ。


 ルルリーは立ち上がり、じっとレイモンドの背中のもやを見つめた。

 解決策が全く思い浮かばない。

 毎日祝福を付加したお茶を飲んでくれたら死ぬことはないだろう。

 しかし、そのためには自分の能力をレイモンドに伝えなければいけないのだ。

 祝福が使えると知れ渡ってしまうと、師匠曰く、国に一生監禁されこき使われることになるらしい。


 (う~ん。普通に解呪するふりをして、お店にきてもらうしかないかな)


 一人で悶々と考えている間に、サナはレイモンドにお礼を伝えていた。

「あの、ありがとうございます! 助かりました。何かお礼をしたいのですが……」

「結構だ」

「ですが」

「結構」

「…………」

 さすがのサナも笑顔が凍り付いている。


 こういう態度だから呪われているのだろうか。


 真剣な顔をして失礼なことを思っているルルリーを、レイモンドはじっと見つめる。

「本当に女だったのか」

 フードが外れて素顔があらわになったルルリーは、髪の毛は短く少年のようだが、顔のつくりは柔らかく女性らしかった。レイモンドの言葉に思わずフードを深く被りなおす。

「あら、騎士様、ルルリーをご存知なんですか」

「仕事で店に邪魔しただけだ……」

 そうなの? と問いかけるようにサナがこちらを見つめてくる。

 ルルリーは人形のようにカクカクと頷いた。

「そうだな……礼なら呪術師、おまえにしてもらおう」

「ぅえっ?!」

 ビックリしすぎて変なところから声が出てしまった。

 レイモンドの言葉に、サナは「あら」と楽しそうにやりとりを見つめている。

 何か変な誤解をしている。間違いない。

「あ、あの。助けてもらったことは感謝してますけど、私何もお礼できるようなこと……体も見ての通り貧相なので」

 思わず自分の小さな胸元をさわる。

「頭でも打ったのか? 体で払えなど一言も言っていないだろう」

 レイモンドはあきれたようにため息をついた、そしてしばしの沈黙のあと、少し言いづらそうに話し出す。

「……茶を」

「はい?」

「店で売っている茶が欲しい」

 


 レイモンドはニールが煎れてくれたお茶を飲んでからすこぶる調子が良かった。

 だが、お茶を飲んでから数日もすれば頭がどんどん重たくなり思考が鈍っていく。

 そうして一週間がたち、体の不調に耐え切れずルルリーの呪術店のお茶を買いにきたのである。

 女の店だからもう行かない、と言っておいて一週間後に行こうとしているのだ。何やら気恥ずかしくて、ニールに内緒でレイモンドはやってきていた。


 もちろん、そのようなことはおくびにも出さず、レイモンドは無表情のままルルリーを見つめていた。


「わ、分かりました。とりあえず店まで行きましょうか」

 茶葉が欲しいということは、一度はルルリーの作ったお茶を飲み効果があったようだ。

 なぜこんなに早く呪いが強くなっているかの謎はおいておいて、祝福をかけたお茶を渡すことにしよう。

「サナ、また今度食べに行くね」

「残念だわ。すぐに食べに来てね。話したいこともあるし。あ、それとその傷、すぐに消毒しときなよ!」

「うん、分かった」

 サナと別れ、二人は無言で呪術店まで歩く。

 周囲からかなり視線を感じるのは気のせいではないだろう。

 背が高く見目のいい男と、フードを被った性別不明の怪しい人物との組み合わせは嫌でも目立っていた。


(早く呪術店に着きたい……)


 ルルリーは男の歩幅に合わせるために、必死に足を動かした。

 

 



 扉を開けると、慣れ親しんだお香の匂いがふわっと漂ってくる。

 ルルリーは荒くなっていた息を必死に落ち着かせる。

 早足で歩いていたらレイモンドも早足になり、最後は軽く走って帰ってきていたのだ。

 普段運動しない少女にとっては地獄のような数分間であった。

 横の男をちらりと見上げるが、息一つ切れていない。超人だ。

「急いでいたが、何か用でもあったのか」

「い、いえ、別にないです」

 あなたの歩調に合わせただけですが。

 もちろん、そのようなことを言い返すこともできず、ルルリーは真っ青な顔でカウンターの奥に向かう。

「あ、レイモンド様はその辺に座っててください」

 ルルリーはレイモンドから見えない位置で、先ほどの男たちの皮膚片を爪から採取しておく。ひとまず瓶に詰めておいて、呪うかどうかは後で考えることにした、

「おい」

「は、はい?!」

 急に声をかけられ、一瞬自分のしていたことがばれたのかと思ったが。

「傷を処置するのが先だ。茶葉はそのあとでいい」

「あ、はい」

 じーっと翡翠色の瞳で見つめてくるため、本当は処置などするつもちはなかったが適当に軟膏を塗っておく。

 一見冷たそうに見えるが、意外と優しい人なのかもしれない。口調は無愛想だが、それに関してはルルリーも人のことは言えない。

 傷の処置を終えると、レイモンドに売る茶葉を見繕う。

 祝福をかけた茶葉は数種類おいてあるが、味の好みもあるだろう。


(そうだ)


「あの、レイモンド様。もしよかったら、お茶の試飲してみませんか? 味もいろいろあるので」


 目の前で飲んでもらえると、呪に作用しているかすぐに分かる。

 あまり祝福の力を使ったことがないため、自分の能力に自信がないのだ。師匠からばれたら大変だから使わないように言われているのもあるが。

「…………」

 返事はないが否定しないということは煎れてもいいだろう。

 お湯を沸かしながら茶葉の計量も行っていく。

 まずは精神を安定させ就寝前に飲むのをおすすめするカモマイルを主とした薬草茶。

 そしてもう一種類はネトルという薬草を主としたもので、毒素の排出に向いているタイプにした。

 お湯が沸いたためお茶を煎れ始めるが、少し蒸らす必要がある。

 まあその時間の長く感じること。

 お互いによく話すタイプではないためか、無言のまま時間が過ぎていく。


「ど、どうぞ」


 一瞬時間が止まっているのではないかとも思えたが、なんとかさわやかな香りのお茶が出来上がった。

 レイモンドはゆっくりと二種のお茶を飲み比べている。

 すると、レイモンドの体の中からほわほわと白い光の玉が浮き始め、黒いもやを消していく。

 おそらく、この白い光が祝福の力なのだろう。もちろん、ルルリーにしか見えていないが。

 直接祝福をかけることができたら早いのだが、残念ながら人に祝福をかけることがルルリーは出来なかった。物を介してでないと力が伝えられないのだ。


「ん……?」

 いぶかしげにレイモンドは二つのお茶を見比べている。

 呪いには効いているはずだが、気に入らなかっただろうか。

 そうしている間にも黒いもやはどんどん消えていき、最後にはなくなった。

「……どちらもスッキリするな……二つともいただこう」

 二つとも効果があったため、どちらにしようか悩んでいただけであった。


 レイモンドは呪が消えたためか、晴れやかな笑顔をルルリーに向けている。前回の笑みは見ていなかったルルリーだが、今回はばちりと正面から見てしまった。

 笑顔がまぶしすぎて暗い店内が一瞬明るく感じるほどであった。

 ルルリーはすぐにうつむき、動揺を隠すため一心不乱に茶葉を袋に入れ始めた。

 その間にレイモンドが銀貨を出そうとしていたため、手を横に振る。

「わ、結構です! 今日のお礼なので。お代はいらないです」

「しかし……」

「気に入ったのなら、また買いに来てください」

 茶葉の入った袋をレイモンドの手に押し付ける。

 出来たらまたすぐに来てほしい。呪いの様子を確認したいのだ。

 純粋な呪術師としての気持ちであった。

「……また気が向いたら、今度は客として来よう」

「あ、はい、お願いしますね」

 

 その日の夜からレイモンドは、就寝前にお茶を飲むようになり、よく眠れるようになった。




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