呪われ騎士発見 3
「すんませーん!」
入り口のドアの鐘が鳴る。
二日続けて客である。
茶色い髪は短く刈り上げており、髪と同じ色の瞳は細く垂れている。いかにも温厚そうな男、副隊長のニールであった。
「これ渡せば分かるって言われたんですけど」
ルルリーはニールが差し出してきた木札をおずおずと受け取った。
その姿はまるで怯える小動物のようで、庇護欲をくすぐられる。
ニールはその姿をみて納得した。
(なるほど、確かにこれは隊長が心配する訳だ)
フードで顔はほとんど見えないが、美しい黒髪に、ほんのり色づいた唇は小ぶりで可愛らしい。世の中にはこのような“少年”が好きな大人もいる。それに、先ほどからびくついているようにも見える。虐待を受けたものの特徴ではないだろうか。
レイモンドに呪核を取ってくるように頼まれ、ついでに少年にも気を配るようにニールは言われてきたが。どうしたものかとニールは考える。
その間にルルリーは奥から箱に入れた呪核と、呪獣の素材の一部を持ってきた。
「あ、あの、素材ですけど、このような感じでいいでしょうか」
黒く光る毛皮は美しく、きれいに処理されていることが一目で分かった。
「ほかにも体液や血液、内臓などもありますが……一般の用途があまりないものなので、こちらで引き取っても……いいでしょうか」
「違う店でもそうしてたからいいっすよー」
昨日来店した重く暗い雰囲気のレイモンドとは違い、ニールのノリは軽かった。
ルルリーは人と目を合わせて話すのが大の苦手なため、極力ニールのほうを見ないようにしながら、呪核の箱を開けた。
箱の中には黒い球が美しく輝いている。
呪核の美しい光がルルリーは大好きであった。そのため、知らずに頬が赤く色づいていく。
「呪核はこのようになってます。とっても美しいでしょう。黒の純度が高く、吸い込まれそうなほどです……きっと、素晴らしい呪術に使えると思います!」
思わず顔をあげて、ルルリーはニールに微笑みかけた。それはそれは可愛らしい笑顔であった。
「ん? 君、もしかして、女の子?」
「……!」
ルルリーは目を伏せた。
師匠から、女の子一人の留守番は危ないから、店に立つときは少年のふりをするように言われていたのだ。ふり、といっても髪を短くしていれば、それだけで大抵の人はルルリーを男の子だと勘違いしていたが。
「やっぱりそうでしょ! 女の子一人でお店やってるの? 危ない目に遭ったりしない? 大丈夫?」
このままでは店長が騎士団にしょっ引かれるかもしれない。ルルリーは慌てて弁解する。
「ちゃ、ちゃんと店長がいます! とってもお世話になってますし、防犯用の呪具もありますから!」
ルルリーを両手を思わず握りしめる。
「それに、私、呪術大好きなので!!」
「……そ、そうなんだ」
何か弱みでも握られて働かされているのかとニールは思っていたが。
先ほどの呪核を見つめる少女の恍惚とした表情から察するに、好きで働いているのだろう。
「それなら良かった。うちの隊長が強制労働じゃないか、って心配してたんだよ」
「そ、そうなんですね。ご心配おかけして申し訳ありません」
ルルリーは恐縮しながら、毛皮や呪核を布の袋に丁寧にいれ、ニールに渡した。
「あ、あの。レイモンド様は、お茶を飲んでいたでしょうか?」
「お茶? ……ああ! あれね~、あれはね~、あの~俺が飲んじゃったんだわ! ごめん! まさか女の子からの贈り物だとは思わなくてさ」
「お、贈り物という訳では!」
「いやいや、照れなくてもいいから。うちの隊長めちゃめちゃカッコいいでしょ。だから女の子のファンが多くてさ。まあ、隊長はそれで女嫌いがますます加速してるんだけどって、こんな話はどうでもいいか」
ニールは頭の後ろを困ったようにポリポリとかいた。
「そう言えば、あのお茶のんだら頭がすっきりしたんだ。この店で売ってるお茶なの?」
「あ、はい。私が作ってます」
ルルリーは茶筒をいくつか棚から取り出した。ちなみにどれもほんのり祝福がかけられており、呪われていなくても体調が少しよくなったりする優れモノである。試作段階のため、大々的に売り出してはいないが、効果は保証付きである。
「こちらはカモマイルというハーブをブレンドしたお茶で、寝る前に飲むとリラックスできます。後、これは少し味に酸味があるんですけど、疲労回復に効果のある薬草茶になります」
急に生き生きと話し出すルルリーに、ニールは目を丸くした。
呪術や薬草茶が何よりも大好きなのだろう。
「ならそのお茶たちも買っていこうかな。最近、うちの隊長顔色が悪くて、夜も眠れてないみたいなんだ。飲ませてみるよ」
「あ、ありがとうございます」
よほど呪われ体質ではない限り、このお茶を飲めば呪いから解放されるはずだ。
ルルリーは安心してニールに茶葉を渡した。
「隊長~、少し休憩にしましょう」
時刻はもう夕刻。朝からレイモンドは働きづめであった。呪われていなくても過労死するレベルである。
ニールは近くの屋台で買ってきた串刺しの肉と一緒に、温かいお茶を持ってきていた。
香ばしい肉の香りに、レイモンドも思わず手を止める。
「すまないな」
騎士団用の食堂もあるが、レイモンドはあまりそちらにはいかない。ニールも自分の分を取り出し、ガツガツ食べ始めた。
しばし無言で食べ進め、終盤にさしかかったところで、レイモンドはお茶を手にした。
少し変わった匂いのお茶だが、どことなく落ち着く匂いではあった。
お茶を一口飲むと、不思議と頭がさえわたる気がした。
レイモンドはそのまま一気にお茶を飲むと、ほ、と息を吐いた。
心なしか顔色もよく見える。
「それ、あの呪術店で買ってきたんですよ。頭がすっきりしますよね」
「……何か、薬物でも入っているのか?」
「はあ? 何言ってるんすか。あの子がそんなことする訳ないでしょう」
レイモンドは呪術店の少年を思い浮かべた。終始挙動不審であったが、呪術のことに関してはしっかり話していた。だが、一度しか会っていない人間を信用できるほど、レイモンドはお気楽ではない。ニールは違うようだが。
「と言うか、隊長! あの子、少年じゃなかったですよ。れっきとした女の子でした!」
「……そうか。なら次からは三番目の角を曲がり、以前から使っていた呪術店に行かなくては」
少年だと思ったから、弟を思い出し優しくしたのだが。まさか少女だったとは。
年端のいかぬ少女であろうと、女は女だ。レイモンドはとにかく女性が嫌いだったのだ。
(しかし、このお茶は何故か気になる……いや、もう行かないほうがいいだろう)
体が軽くなっている気がするのも、所詮気のせいだろう。
その夜、レイモンドは一か月ぶりにぐっすりと眠れた。