呪われ騎士発見 2
先ほどは一瞬だったため気づかなかったが、よくよく見ると男は呪われていた。
男の背中には黒いもやがかかり、その肩に怨念がのしかかっている。顔色も悪く、美しい目の下にはどんよりとくまができていた。
人の念による呪、である。
妬み嫉みが自然と集まり、呪として発生してしまったのだ。通常であればその力は弱く、少し肩がこるな、程度で終わることがほとんどである。
が、ごく稀に呪いに反応しやすい体質の人間がいる。そのような人間はこの男のようにどんどん呪の力が増幅していくのだ。
(どうしよう)
ルルリーはうつむき、自分の足元を見つめる。
この呪の場合、呪具などを利用したものと違い無意識に発生してしまうものであり、解呪は非常に困難だ。
このまま呪が進行していくと、男は原因不明の病に倒れ命を落とすこととなるだろう。
「呪核まで綺麗に取り出せるとは。ちゃんとした呪術師だったようだな。礼を欠いてすまなかった」
「あ、い、いえ!」
ルルリーは取り出した黒い球、呪核をぎゅっと握りしめた。
「代金は三万ギルと素材をいくつかで構わないか? 呪核はこちらで引き取ることとなるが」
「あ、は、はい」
相場通りの金額にルルリーは頷く。
男はルルリーの腕に満足したのか、残りの解体までは見ないようだ。
「呪核の引き取りは明日以降でいいか」
「あ、も、もちろんです」
取り出した呪核は清めて、呪力をその中に封じ込めておかなくてはいけないのだ。これをしなければ、呪核は周囲の陰の気を吸収してしまい、また新たな呪獣が出現したり、呪いが発言してしまう。
「私ではなく、部下が来るかもしれないが」
「あ、でしたら、こちらの引き換え札を……」
ルルリーは汚れた手を洗ってから、番号が書かれた木札を男に渡した。この木札があれば、この店の入り口を簡単に見つけることができるはずだ。
「それを必ず持たせてください。えーと、あの」
「レイモンドだ」
「レイモンド様、以外の方が引き取りにくる場合は、必ず持たせてくださいね」
レイモンドは代金を支払おうと、革袋から銀貨を取り出している。
ルルリーは自分の手を無意識にさする。
このまま帰していいのかな。
ルルリーは、師匠からは隠すように言われているが珍しい力を持っていた。
呪いを無効化することができる、祝福と呼ばれる力であった。
複雑な手順や素材が必要な解呪とは違い、祝福はルルリーの力さえあれば呪いを軽減したり、無効化することができる。
だがまだうまく使いこなすことは出来ず、呪術も祝福も修行中の身である。
ルルリーはもう一度男、レイモンドの顔を見上げる。
まだ若そうだ。二十歳ほどだろうか。胸元には騎士団小隊長の証である勲章がつけられており、この若さで異例の出世であることが伺える。
命を落とすには、あまりにも早い。
ルルリーは勇気を振り絞り、試作品ではあるが祝福をこめた茶葉を男に渡すことに決めた。
効力は弱いが、呪の力を弱めてくれるはずだ。
「レ、レイモンド様! お疲れのようですので、当店自慢の薬草茶をサービスとしてお渡し、します」
「結構だ」
「そ、そんな……」
ルルリーは項垂れる。どうしたらもらってくれるだろうか。
明らかに落ち込むルルリーの姿に、レイモンドは短くため息をつく。
「仕方がない。もらっていこう。少年、お前が作ったのか」
レイモンドにはルルリーが少年に見えているようだった。無理もない。平民でさえ女性は髪の毛を伸ばすものだ。ルルリーのように短い髪の少女なんてまずいないのだから。
「あ、はい。毒は入ってません」
ルルリーの言葉に、レイモンドは思わず小さく微笑んだ。それは、世の女性たちが見たら卒倒するような美しい微笑であった。が、ルルリーはうつむいているため、見ていなかったが。
レイモンドは銀貨をルルリーにしっかり手渡し、頭にぽん、と優しく手を置いた。
「少年、何か不法に雇われていたり、困ったことがあれば騎士団にこい」
「は、はい?!」
そして、レイモンドは去っていった。
何か大きな誤解をされた気もするが、ひとまずうまく接客ができたようでルルリーはほっと安堵の息をついた。
願わくば、彼の呪いが少しでも和らぎますように。
「あ、隊長。無事呪獣を渡せましたか?」
レイモンドが騎士団の屯所に戻ると、副隊長のニールが近寄ってきた。
「ああ……」
今回の討伐はレイモンドが小隊長に任命されてから初めての討伐であった。呪獣の扱いは慎重にしなけれなならず大事な呪具も使用するため、呪術店まで呪獣を運ぶのは小隊長の仕事になっていた。
「まだ年端もいかぬ少年が働いていた」
ここ、ドーネイア王国では奴隷制度は廃止されているが、人身売買が裏で横行している。幼い子供たちを借金のかたに強制労働させる店もある。先ほどの呪術店の少年は、違法ぎりぎりの年齢だろうか。レイモンドとやり取りしている時も、怯えているように見えた。薬草茶も押し付けてきたが、店主から売るように命令されているのかもしれない。
レイモンドには年の離れた弟がいたため、弟を思い出しつい気になってしまった。
まあ、どれも見当はずれの心配ではあったのだが。
「少年? いつも行く呪術店の店員はお婆さんのはずですけど。ちゃんとミーリア通りの三番目の角を曲がりました?」
「……二番目では?」
そこで初めて、レイモンドは騎士団が普段使っている呪術店とは別の店に行ったことに気づいた。
「三番目ですよ! 隊長、そんなうっかりミスをするなんて。お疲れなのでは。顔色も悪いですよ」
確かに、小隊長になってから体が重たく、思考もぼんやりとしていた。慣れない業務による疲れのせいだとレイモンドは思っていた。
「あの店以外にも呪術店ってあったんですね~。あれ、隊長なんか買ってきました?」
ニールはレイモンドが手に持っていた茶葉の紙袋を目ざとく見つけた。
「薬草茶ですか? 煎れてもらいましょうか」
「いや、いい」
レイモンドはそのままニールに茶葉を押し付けた。
「やる」
「はい?」
レイモンドは戸惑うニールを尻目に、執務室で事務処理の続きをすることとした。
その間にも、レイモンドの背中の黒いもやは濃さを増していっていたが、その事には誰も気が付かなかった。