呪われ騎士発見
その店内は薄暗く、不思議な匂いのお香が焚かれていた。
瓶に入った怪しい色の液体や、何かの小動物の骨。カウンターの後ろの棚には用途不明の粉末が瓶に詰められ、所狭しと並んでいる。
いかにも危ないものを売っていますよ、という店で一人座っているのは、一応十六歳になる少女、ルルリーであった。
パッと見ると少年にも見えるルルリーは、艶やかな黒髪を顎のラインで短く切っており、瞳も夜空をそのまま切り取ったような濃い紺碧色だ。
だがすぐにその色彩に気づく人は少なく、見た目を分かりにくくするためにいつもフードを深く被っていた。黒はこの国では忌まわしい色とされており、強い呪術師ほど黒色をまとっているためだ。
そう、ルルリーは呪術師であった。
正確には見習い、だが。そしてここは王都でも数件しかない呪術店である。
本当の店長であるルルリーの師匠は放浪癖があり、いつも急にいなくなるため店番としてルルリーが働いていた。が、滅多に客が来ることはなかった。ここは店長の放浪癖のせいで客を多くとることができず、限られた人しか入り口の扉を見つけられないのだ。
その上、王家御用達の呪術店が近くにあり、新規の客はほぼそちらに流れていく。
というわけで、ルルリーが接客することはゼロに近く、毎日せっせと店の掃除と呪具の点検を行っていた。
呪具、と言っても骨董品レベルのものばかりで、新しくこの店で作ることはほぼない。呪具を許可なく作ることは法律で禁止されているのだ。
呪術の黎明期と言われた数百年前は新しい呪具や呪術が盛んに開発されていた。しかし、その中には忌まわしいものが多く、遂には呪獣と呼ばれる恐るべき生物を作り出してしまった。それから呪術は法の下に管理されることになり、制限されることとなった。呪獣は未だに駆逐されることなく、人々の生活を脅かしている。
そのような歴史から、呪術師は人々から忌み嫌われている。
昔は呪術と占術を使い、人々の相談役となる良い呪術師もいたようだが。
現代において呪術店は、呪具の管理や相談、簡単な解呪、呪にもならないまじないを行ったりすることが仕事となっていた。ときたま人を呪います、なんていう外道な店もあるようだが、見つかれば裁判もなく打ち首確定である。
慎ましく店をやっていく、それが呪術師の唯一の生きる道である。
店の入り口の鐘がなり、扉が開いた。
珍しいことに、客である。
ルルリーは極度の人見知りのため、深くフードを被り直し、床を見ながら呟いた。
「い、いらっしゃいませ……」
「……」
返事がない。
ルルリーは思わず胸に手をあてる。心臓がバクバクと音をたてている。
おそらく、初めてのお客さんだ。まさか師匠がいないときに、新規のお客さんが来てしまうなんて。
ルルリーからは靴しか見えないが、騎士団に支給されている黒い革靴に似ている。
もしや、騎士の方なのだろうか。
ルルリーは勇気を振り絞って、そっと目線だけを顔のほうへと移動させた。
心臓が、飛び出るかと思った。
それほどに美しい男が目の前に立っていた。
月光のように輝く銀色の髪は長く、後ろで無造作に一つに結んでいるだけだというのに、洒落て見える。瞳は薄い翡翠色であり涼やかだ。唇はキュッと閉じられているが形がよく、輪郭もまるで彫刻のようにきれいに整っている。ただ、顔色だけはひどく悪く見えた。しかし、ルルリーはあまりの美しさに驚き、すぐに目線を下げてしまう。
なぜ、騎士さまがここに?!
ルルリーは混乱していた。
長い沈黙が続き、やっと客である男が喋りだした。
「店員は、おまえだけか?」
「は、はい」
男は手に黒い袋を持っていた。呪具に詳しいルルリーは一目でそれが“何”か分かった。
呪獣を入れる専用の袋である。
最近王家主導で開発された呪具の一つだ。騎士団が倒した呪獣を運ぶためのもので、質量の法則を捻じ曲げる信じられない呪術が使用されている。重量や大きさ関係なく、どのような呪獣も袋に入れられるようになっているのである。もはや魔法と言ってもいい代物である。
「解体、ですか?」
呪術店に呪獣を持ってきた。目的は一つだろう。
呪獣の解体だ。
呪獣の毛皮や肉体は良い素材になるのだ。稀に呪核と呼ばれる核を持つ個体もいて、高額で取引されている、呪核は呪具を作ったり使用するために必要なものなのだ。
「そうだ」
男は先ほどから必要最低限、いや、必要なことさえ話さないようだ。
ルルリーは困った。
呪獣の解体は師匠から手ほどきを受けているものの、慣れてはいない。
そして、この男はきっと間違えている。
騎士団はいつもであれば、この店の近くにある王家御用達の呪術店に呪獣を持ち込んでいるはずだ。道が少々入り組んでいるため迷い込み、たまたまこの店を見つけてしまったのだろう。呪術師を真に必要としている人にだけ、この店の扉は見えるのだ。
ルルリーは、困った。
目の前の客に、間違いを指摘するべきか否か。悩んでも答えが出そうにない。
王都の騎士は貴族が多い。平民のルルリーから間違いを指摘されたら激昂してしまうかもしれない。
「できないのか? 子どもにしか見えないが……呪術師ではないのか?」
「で、できます! 呪術師ですから」
ルルリーも呪術師の端くれである。
「すみませんが、こちらまで運んでいただけますか」
カウンターの奥には金属でできた作業台があった。袋から呪獣を出してもらう。
呪獣は幸い一体だけのようだ。狼くらいの大きさであり、毛がもふもふとしている。良い毛皮になりそうだが、すぐに皮をはぐことはできない。呪獣を無闇に解体すると呪いを受けてしまうのだ。それゆえに、呪獣の解体は呪術師でないと行えない。
「あ、あの、数刻はかかると思いますが」
男がじーっと見てきていることに気づき、ルルリーはうつむいたまま話す。
「本当にお前にできるのか、少し見せてもらおう」
「……」
この上なくやりづらい。
ルルリーはフードの下で真っ青になっていた。
しかし、信用されないのは当たり前だろう。
とにかくやるしかない、と小さく息を吐く。
そして、呪獣の前に立ち、血抜きから始めることとする。
作業台を横にスライドさせると、穴が複数開いた台が現れる。その上に呪獣を横たえさせ、首や足の付け根を思いっきり刃物で切り裂いた。血は、思ったより出ないが、ぽたぽたと穴を伝って下から垂れていく。おそらく倒したときに血はほとんど流れていたのだろう。血液も大事な素材となるため、桶にためておく、
血が出きったら、次は濡れ布巾で丁寧に呪獣を拭いていく。布巾には師匠お手製・秘伝の聖水を浸しており、呪獣にのこった呪の力を浄化させてゆく。この聖水は呪術師以外の人が使っても力を発揮することはできない。呪力、と呼ばれる力と反応して効果が出るのだ。
毛皮がきれいになると、内臓の処理を開始する。胸から開き、内臓と思われる部位を淡々と取り出し毛皮同様に呪力をこめ、呪いを浄化してゆく。
経験が浅い、とは思えないほど慣れた手つきである。
男も感心したようにルルリーの仕事ぶりを見つめていた。
ルルリーはすっかり男の存在など忘れ、解体に没頭していた。すると、内臓を取り出したその奥に、キラリと黒く光るものを見つけた。
「嘘……!」
ルルリーは叫んだ。先ほどまで青ざめていた頬が一気に紅潮する。
「呪核ですよ! それもとびっきり美しい。ねえ、見てください!」
われも忘れてつい男の目をまじまじと見つめてしまった。
男は急にテンションの上がったルルリーにやや引き気味である。
そして、ルルリーの顔も青ざめた。
(うわあ。この人。とてつもなく呪われてる)
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