3.3
「お前、クソ雑魚だな……」
目の前にカード、チェスの駒、ボードゲームのいろいろなコインやらアイテムやらが散らばる。結果は惨敗。勝ちにかすりもしない。
「強すぎるよ!」
自分で挑んできたのだ、強いだろうことはわかっていたが、ここまでとは。実はカードは多少自信があったのだ。よくギルドで賭けゲームをやって仲間たちから売上を巻き上げたこともあった。しかしトリスタンの強さは比較にならない。
「トリスタン、お前、以前より強くなったんじゃないのか?」
エストはソファに座って対戦の様子を眺めていたが、興味深そうに尋ねた。
「暇さえあれば街に降りて強いと噂のやつと手合わせしてたからな。少し前までは色々な大会を色々な名前で総舐めしていた」
「そんなの勝てるわけないじゃん!!」
ユーリは思わず叫んだ。
「陛下は俺ごとき歯牙にもかけなかったからな」
トリスタンはふん、と吐き捨てた。
「次は外へ行くぞ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はぁー、球技、弓術、槍術、今のところてんで駄目だな」
「うぅ、さっきよりはマシだと思ったんだけど……」
(さすがは魔王の配下、強すぎる……てゆうか槍とか弓とか触る機会無いんだよね。少し勉強になったけど)
「昨今の冒険者とはそんな程度なのか。体術、剣術もたかが知れてるな。どうする、まだやるのか?」
自分のことだけでなく冒険者全体が侮られてしまうとは、引くことはできない。
「ぜひお願いします!」
数種類ある剣の中から重すぎず、握りの良いものを選んだ。足元の状態を確認し、トリスタンに向き合い構える。息を吸い、彼に斬りかかる。即弾かれるが、続けざまに斬りかかる。連撃を打ち合う金属音がしばらく続く。
「さっきまでのゲームよりかは遊べそうだな」
「剣術、体術はリリスが作ったゴーレムさんで訓練してたからね。並の冒険者よりはマシだと思うよ!」
「ふん、雑魚が調子づくな。人形では実践的な戦いは学べないだろ」
「わっ」
ニヤッと笑ってトリスタンが足をかける。ユーリは見事にハマって仰向けに転がる。逆光のトリスタンの目が光ったのが見えた。瞬時に頭を避けると、頭のあった位置に剣が突き刺さっている。
(このやろっ、本気で殺りにきやがった……)
飛び上がって起き上がり、距離を取ろうとする。が、トリスタンはそれを許さず一瞬で距離を詰めてきた。
「くっ」
(なんとか受け止められたけど、防戦一方だ……どうにか打開しないと……)
「オラっ、さっさと降参してエストラーダにでも助けを求めろよ! でないとマジで殺すぜ」
トリスタンは今までのゲームで見せていたやる気のない表情とは別の、残忍な顔をしていた。どうやら戦いの中でスイッチが入るタイプらしい。
(ちょっと卑怯かもだけど、アレを使わせてもらおうかな)
連撃の中、トリスタンの剣を弾く腕に力を込めた。彼の目は驚きに見開かれ、一瞬の隙が生まれた。ユーリが小さく何かを呟くと、耳にしていたピアスから閃光が迸る。
「くぅっ」
トリスタンの目がくらんでいるうちに、脚に集中して力を込め、一瞬にして彼の背後にまわる。
ピタッと、彼の首筋に剣を当てる。
風圧で彼の首に傷が付き、血が垂れる。と、びり、と空気が痺れる感覚に襲われた。
「俺の血を流させるとはな……」
トリスタンの目は完全に据わっていた。彼は剣を振り上げた。
「そこまでだ」
エストがトリスタンの剣を止めていた。
風圧だけがトリスタンの殺気の名残をユーリに感じさせた。
「ふぁっ……」
ぺたんと地面にお尻が付き、気づいたら腰が抜けていた。
「立てますか?」
「腰が抜けちゃったみたい……」
「それでは……」
エストがなぜか嬉しそうな顔をしたと思ったら、ユーリは彼の腕の中にいた。お姫様だっこされている。
(腰が抜けて騎士様にお姫様だっこされるなんて、冒険者の恥……。ギルドの冒険者仲間には絶対言えない……)
「おろして」
「ユーリを地べたに座らせておくなんてできませんね」
「はぁ……」
どうせエストは聞き入れてくれないから早々に諦めた。役得だとでも思っているだろう。
ユーリは抱きかかえられながらトリスタンに手をのばす。
「傷をつけてしまってすみません、大丈夫ですか?」
トリスタンはユーリの手を払いのける。
「こんなのすぐに治る、構うな」
そのままトリスタンはスタスタと屋敷の中に入っていった。彼はどかっとソファに座り込むと、繊細なティーカップの紅茶をごくごくと飲んだ。
エストはゆっくりとユーリをソファに腰掛けさせ、自分も隣に腰を下ろした。
「エストラーダ、お前の希望を叶えてやる。これで満足だろ、さっさと帰れ」
「あぁ、そうだな。それでは帰りましょうか、ユーリ」
「ちょっと待って」
帰りそうな流れになるのを慌てて引き止めた。
「侯爵様、恐れ入りますが、ゲームを始める前に約束していただいていましたよね。私がゲームに勝ったら『私達の』希望を叶えるって」
途端にトリスタンの目が剣呑な光を帯びる。
「なんだ人間、吸血鬼の血がほしい、とでも言うつもりか?」
「まさか! 私がほしいのは……」