3.1
もうすぐ建国祭だ。街が普段と違った期待感と賑わいを見せている。
建国祭は、その昔勇者が魔王を討ち滅ぼし、荒れた地に国を築いたことを祝うお祭りだ。
人形劇の旅芸人が見せる芸に子どもたちが群がっている。題目はもちろん勇者の伝説の冒険譚だ。この国の子供ならばみんな知っている。けれど子どもたちは瞳をキラキラさせながら劇に見入っていた。
昔々、悪い魔王がいた。悪い魔王は力の弱い種族を暴力と甘言で従わせ、人間の世界を滅ぼそうとしていた。世界が闇に覆われそうになった時、ある冒険者の青年が立ち上がった。聖剣に選ばれた彼は勇者となり、各地で悪さを働いていた魔王の手下たちを次々と下していった。そしてついに、からくも勇者は魔王を打ち倒した。
勇者は魔王に洗脳されていた部下たちを開放した。特に魔王の近くにいた配下3人は勇者が国を拓くのに大きな力を与えた。
ドラゴンの王様は言った。「勇者様に忠誠を誓い、この国のためにその剣を捧げましょう」
吸血鬼の王様は言った。「勇者様に礼節をつくし、この国が疫病で苦しむことがないようにしましょう」
妖精の王様は言った。「勇者様に愛情を捧げ、この国が永遠に豊穣であるよう祈りましょう」
彼らと協力し、勇者様は国を治め、永遠に幸せに暮らしました。
国民としてもちろんユーリも知っているが、改めて聞くとムズムズする。魔王とは前世の自分のことだし、ドラゴンの王様はこの間会ったエストのことだ。
(そう言えばこの昔話にリリスは出てこないんだな……。リリスは強いけど、勇者に協力した三人とは別行動だったのかな……)
リリスと言えば、エストからようやく開放され家に帰った日は困ったものだった。
真っ暗な家で、真っ暗な顔をしたリリスが座って待っていた。ユーリが明け方帰ってきたときには泣きつかれてしばらく放してもらえなかった。冒険者なんだから、何日か帰ってこれない依頼があることくらいわかってほしい。
エストラーダはあれから特に何も言ってこない。あの感じだとすぐにストーカーになりそうな気がしていたので数日間は戦々恐々としていたが、家にもギルドにも訪ねて来られる気配がなかったので安心した。
もう一つの懸念事項、ままならない自分の心については……先延ばし状態である。名前も知らない彼は、あの日ユーリが逃げ出して以降、姿を現さなくなってしまったのだ。彼のことを思い出すと、動悸が早まり顔が熱くなる。顔が全部見えたわけではなく、目元が見えただけだ。それなのに、惹きつけられてしまう。今までそうなったことがないから比べようもないが、どうやら一目惚れというやつだろう。
ユーリがギルドのテーブルでため息ばかりついていると、知った顔が冷やかしていく。
「恋でもしたか? ユーリ」
「うるさい、ほっといて」
「ハハハ、まじかよ」
(彼を探さないと。決して邪な目的じゃないぞ! 会って謝って、それからなぜ声をかけたのか聞かないと)
「おいユーリ、騎士団での仕事はどうだったんだ?」
長期の依頼から戻ってきたエドがにっと笑いながら同じテーブルについた。
「どうもこうも、変な奴に会ったよ」
「へぇ、どんな?」
「詳しくは言えないけど……」
「おい、ユーリ! 表見てみろ!」
前回の依頼であった諸々を愚痴ろうと思った矢先、大きな声で呼ばれた。何やら外が騒がしい。
外に出てみると、この辺りでは見ないような豪奢な黒塗りの馬車。馬車かと思ったが、引いているのは俊敏そうな小型の地龍だ。そして馬車を引く御者は騎士団の制服、馬車の側面には王立騎士団の紋章。となれば誰が誰を呼んでいるかは察しが付くところだ。
馬車からリロフが出てきた。ユーリの姿を人垣の中に見つけると目礼し、近付いた。
「ユーリ殿、先触れもなく失礼する。この後時間はあるか?」
王立騎士の直接指名に人垣がどよめく。
「どうせあの人の呼び出しでしょ。大丈夫、行きます」
目立つのが苦手なので、さっさとこの場から逃げ出したくて馬車の扉を開ける。すると急に腕を引かれよろけたところを抱きとめられた。
「はぁ……会いたかった」
馬車の扉はユーリの背後でエストの魔法により閉じられた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彼はユーリを抱きしめながらスンスンと首筋の匂いを嗅いでいる。
「総帥閣下、お忙しいはずでは……?」
建国祭といえば王立騎士の重要な行事の一つのはず。重要人物の警護と花形のパレード。また寝る暇もないほど忙しいはずの騎士団トップがこんな所に居て良いはずはない。
「距離を感じるお言葉ですね。俺のことを名前では呼んでくださらないのですか?」
「その前に色々言いたいことがあります……まず離せ、この変態!」
エストは一瞬キョトンとしてから、何か照れるように口元を隠した。
「これは……クルな……」
(変態って呼ばれて何喜んでんだコイツ!)
ユーリはエストの腕から逃れると彼の対面に座って腕を組んだ。
「……それと、ギルドに乗り付けて来るなんて非常識じゃないですか! 変な噂が立ったらどうするんですか!?」
(ただでさえ騎士団内では私は総帥の番ということに……これ以上目立つのはゴメンなのに!)
「俺としては周囲への牽制になるなら良いことかと思いますが」
「私の仕事と生活に支障が出るでしょ!」
「そんなことになったら……」
彼はユーリの手を取る。
「いつでも俺の元へ来てください。生涯幸せにします」
手の甲にキスされる。
リリスはユーリを「姫様」と呼ぶが、実際お姫様扱いなんてされたことのないユーリは初心な反応をしてエストを大層喜ばせてしまった。
「それで、今回は何の用で呼び出されたの?」
「……会っていただきたい人物がいるのです」
「別に報酬がもらえるなら構わないけど……もしかして前世の関係の人?
それなら成功報酬制にはしないで。クリアできる自信ないから」
エストが迎えに来たのなら可能性はあると踏んでいた。淡々と言ったつもりだが彼は目を伏せた。
「……俺は今、自分のエゴでユーリを傷つけるようなことをしようとしているのかもしれません」
彼は迷っていたようだ。忙しいさ中に自分で来たのも罪悪感があったからかもしれない。
「まだ私達出会って短いけれど、あなたが私に過保護なのはよくわかったから。私を傷つける可能性があるとしてもやらなくてはならないことなんでしょ?」
彼の手を握る。
「大体、報酬が発生するならそれはプロの冒険者としての仕事。多少傷つくことなんて気にしない。依頼人ならもっとエゴの塊みたいなの見てるから大丈夫」
「……ありがとうございます」
彼はユーリの手を取りふたたび口元に引き寄せた。またキスされるかと思いきや、今度は手の甲をぺろりと舐められた。
「ぎぇっ」
彼はクスっと美しく笑った。
そろそろ手が出そうだ。