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2.2

肌がビリビリする。大地が震動している。生物全てを威圧するような咆哮なのに、どこか切ないように聞こえるのはなぜだろう。胸を締め付けられるような気がする。


「急げ! 泉へ向かうぞ!」


リロフをはじめ周囲の騎士達が俄に騒然とした。


突然のことに呆然としながら彼らを見守っていたところ、目の前の大木がバキバキと音を立てて倒れた。折れた大木の先から、巨大な黒いドラゴンが姿を現した。


先日現れたレッドドラゴンなど比べ物にならない圧倒的なプレッシャー。スンスンとヒクつかせた鼻が異物を見つけたのか、目線がユーリを捉える。


「逃げろ!」


ドラゴンの背後でリロフが叫んでいた。


(なんだろ、この気持ち……)


瞳の色合いに、ふいに懐かしさを感じ、手を伸ばした。

ドラゴンと見つめ合う。周囲の騎士が叫んでいるはずだが、まるで音が消えたように感じた。ドラゴンが首を伸ばし口を大きく開いた。


ベロリ。大きな舌がユーリの手を舐め上げた。


(ベタベタ……)


ヨダレまみれになりながら目の前のドラゴンを見上げたところ―。


大きなドラゴンが瞬時に背の高い黒髪の男性に変身した。彼はじっとユーリを見つめ、ぎゅっと抱きしめた。


「えっ!!」

「会いたかった……」


絞り出すような苦しげな呟きに、突き放すこともできずされるがままに立ち尽くすしかなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「つまり、王立騎士団の総帥がドラゴンの獣人で、その総帥が発情期だった……と?」


騎士団が敷設していた宿営用テントの中、ユーリは黒髪の男性を膝枕していた。


(なぜこうなった……)


自分の膝の上で静かに眠る男性――名前をエストラーダ・ヴァルマというらしい――を見つめながら、頭を抱えたくなった。

ユーリを抱きしめた彼は、そのままユーリの肩に頭を載せてすやすや寝息を立てて寝始めたのだ。まあしょうがないと、彼の宿営テントまで担いでさらにベッドまで運んだのだ。ベッドに横たえて帰ろうとしたのだが、寝ているはずの彼が頑として腕を離してくれない。あまりに安らかな寝顔に起こすのも忍びなく、仕方なく今の膝枕の状態に落ち着いたのだった。


「というか、騎士団の総帥ってこんなに若いんですか?」

「見た目で判断するな! 総帥閣下は王立騎士団を創設時からずっと総帥であられる!」

(王立騎士団って設立何百年とかの単位じゃなかったっけ……?!)


リロフがテントの入り口付近に立って説明を続ける。


「総帥は尋常でない強大な力をコントロールしておられるが、最近そのバランスを崩されていたのだ。その原因がどうやら……」


リロフはゴニョゴニョと言い淀む。


「獣人族に発情期はつきもので、市販の薬もあるはずだけど」


「ドラゴンには市井で扱われるどんな薬も効果がなかったのだ。そもそもドラゴンは寿命が長いため発情期もただの獣人族に比べ極端に少ない。繁殖の必要性が低いからな」

「だけど突然起こってしまったと……」

「ずっと不調が続き苛立ちが抑えられないようで、普段の冷静さからは想像もつかない様子だった。睡眠もまともに取れていないようだった。見かねた団員で対策を検討し、鎮静効果のあるこの泉に薬草をありったけ浮かべ、その身を浸すと良い、という噂を試してみることにしたのだ」

「なるほどね……」


体格は確かに良いが、こうして自分の膝の上の穏やかな寝顔を見ていると騎士団のトップとは思えない。膝の上の青年、エストラーダの目にかかっている前髪をさらっとすくった。すると、彼の瞼がぴくり、と動き、彼は勢いよく起き上がった。


ユーリは彼の顔を覗き込むような体勢でいた。膝枕をされている彼が勢いよく起き上がった。つまり大きな音を立てて彼の頭とぶつかった。


「ったぁ……!」


ユーリは頭を押さえた。目に涙が浮かぶ。


彼は起き上がり、ユーリと違い痛い素振りも見せずに慌てて振り仰いだ。ユーリの姿を確認し、ほっとしたように呟いた。


「良かった。まだいた」


彼は立ち上がると、リロフに向き直る。


「リロフ、出ろ。呼ぶまで誰も近づけるな」

「ですが総帥……その冒険者は……」

「彼女は……」


彼はチラリとユーリを振り返る。ユーリは頭を押さえ痛みをやり過ごしながら成り行きを見守っていた。


「俺の(つがい)だ」


ひゅっ、とリロフが息を呑んだ。


「それは失礼しました!」


そう言って彼は敬礼して慌ててテントから出て行ってしまった。


(ちょっと待って、リロフさん! 失礼じゃない! それに『番』って……)


狭い空間に男女で二人きりになり、貴族令嬢では無いとは言え、良くない状況であることは理解できる。しかも相手は『番』がどうとか言っている。さっきまで暴れまわっていたドラゴンだ。


感情の読めない顔をしながらエストラーダはユーリに向き直り、おもむろに膝をついた。


「お久しぶりでございます。陛下」

「ふぁ!?」


素っ頓狂な声が出た。彼はユーリの手を取り、そっと口づける。


「ひぇっ」


「番などと申してしまい、申し訳ありません。他の者にはそう説明するのが早かったので致し方なく。それに俺にとって貴女が特別な存在であることには変わりありません」


彼はユーリの手を取りながら立ち上がり、ベッドの横に座った。


「魂に刻み込まれた繋がりですからね」


彼はユーリの手を彼の胸に添えた。彼の心臓の鼓動が伝わる。


(ひぃっ……なんか色気が凄い……)


「あの、あなたは前世の……?」

「魔王陛下の忠実なる剣、龍公爵のエストラーダ・ヴァルマです」


期待するようにじっと見つめられるが、前世のことはよく思い出せない。なんとなくドラゴンの時から懐かしいような気がしたが、その程度だ。


「はじめまして、私は冒険者のユーリです。人間です」

「ユーリ、それが今生の貴女の名前ですか」


噛みしめるようにユーリの名前をつぶやきながら彼は俯く。


「……それにしても、俺を憶えていらっしゃらない……?」


(美青年がシュンとしている……なんだか罪悪感が……)


「何百年もずっと貴女を待っていたのに……」

「う、申し訳ないとは思うけど……前世のことはよく憶えていなくて……」


彼はユーリのことをじっと見つめる。ゆっくりと顔が近づいてくる。


「姿が変わっても俺にはすぐわかったのに。貴女はどうしたら思い出してくれますか?」


後ずさろうとすると肩を軽く押され、ベッドに押し倒される体勢になる。


(こ、これはまずい)


「あの、ちょ、ちょっと待って」

「ずっと待っていたのに、これ以上待てだなんて酷なことを言う……あぁ、本当に貴女はいい匂いだ」


彼はスンスンとユーリの首筋の匂いをかぐ。


「貴女が助けたレッドドラゴンに貴女の匂いが付いていて、それを嗅いでから魔力の抑制がきかなくなったのです」

「あぁ、あのはぐれドラゴンね……て、近いな!」


並の男には力で負けない自信があるが、そこはやはりドラゴン、そして騎士団総帥、押し返してもびくともしない。


「配下だとか言う割に元上司の言うこと全然聞いてくれないね!」

「貴女が何も思い出さない限りは、飢えた獰猛なドラゴンとか弱い魅力的な女性ですからね」

「騎士と守られるべき一般人でしょ! 自重しなさい!」


彼はユーリの言葉にクスクス笑って身体を起こす。


「貴女の前ではあらゆる立場なんてどうでもいいのです。それにしても今生の貴女は随分天真爛漫なようだ」

「前世では違ったの?」


少し興味を惹かれて尋ねる。


「陛下はよく退屈そうな、冷めた顔をしていましたね。そんな貴女を本気にさせることができたのは、アレだけだったな……」

「?」


ぽそりと呟いたエストラーダの言葉に疑問を抱いたが、次の瞬間彼はにっこり笑って向き直った。


「ところで今日は泊まっていかれるんでしょう?」

「まさか」


そんな大歓迎という顔をされてもお断りだ。


「もう外は真っ暗ですよ」

「冒険者なんだから夜でも一人で帰れる」

「番と呼んだ貴女を一人で夜に帰したなんてことになると、俺が振られたとみなされて部下達がさぞ心配するでしょう」

「……」

「貴女の職場まで押しかけて俺との仲を取りなそうとするかも……」

「わかった! その代わり別のテントを使わせて!」

「生憎余分なテントはありません」

「じゃあ女性団員のテントに」

「生憎女性の団員はおりません」

「くっ……じゃあ総帥さんが他のテントに……」

「エスト」

「?」

「昔のように『エスト』とお呼びください」

「……初対面なのに……」

「俺にとっては久しぶりの再会なのです。この奇跡を味わい……」


エストの身体がぐらりと揺れ、ベッドに倒れ伏した。


「え、ちょっと!」

(……寝てる!)


彼はすやすやと先程と同じように眠りについていた。


(そういえばかなりの寝不足と不調だったんだっけ、この人。

リリスもそうだけど、魔王の配下は変わった人が多いのかな? なんだか凄く振り回されたような……疲れた……)


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