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2.1

「ニッツさん、今日は良い依頼入ってる?」


あくる日、雑談しがてら今日のギルド依頼状況について受付のニッツに尋ねる。


「おはようございます。ユーリさん。今日は特殊な依頼が入っていますよ」

「特殊な依頼? 高ランク限定ってこと?」

「いえ、なんでも王立騎士団のヘルプだとか」

「王立騎士団?!」


王立騎士団といえば、数百年この国の中枢を守護する騎士の中のトップ、エリートの中のエリートだ。


ギルドのメンバーの中でも騎士になりたがる者は時々いるが、騎士になれたとしてもどこかの貴族の私兵、国お抱えの王立騎士は関係者の推薦がなければなれないのだ。

戦闘技術はもちろん、実績、判断力、統率力、忠誠心に教養、品位も求められるため、並の人間では目指すことすら難しい。

階級で落とされることはされないらしいが、英才教育に時間を割ける貴族が多くなってしまうことも頷ける。


そんな精鋭騎士たちを率いる長はこの国の安寧の礎を築いた人物として英雄と呼ばれ、それが現在の王立騎士の伝説的存在に拍車をかけていた。


(辺境貴族の騎士じゃなくて王立騎士団が出張ってくるような依頼って、どんな魔獣が出たっていうの?)


早速耳の早い者たちで形成された人だかりをかき分けながら、依頼掲示板の前に立った。


「ユーリ、おはよう」

「エド、おはよう。早速例の王立騎士の仕事で賑わってるの?」


情報収集の得意なエドがいたので、これ幸いと声をかける。


「当たり前だろ。英雄と名高き王立騎士と一緒に仕事できるなんて、自分の能力を世間にアピールするチャンスだ。騎士になりたい奴らなんて殺到するだろうな、って思ってたんだが……」

「ん? どんな内容なの?」

「それが……」


エドは見てみろ、とでも言うように掲示板を顎でしゃくった。


『王立騎士の南部遠征に同行し、ラベルナの花、エレナスの葉を大量に採取可能な人物を求む』


「何これ? 採取依頼?」


ラベルナの花は睡眠改善、エレナスの葉は鎮静効果のある薬草だ。地域によってはよく生えているが、それぞれよく似た毒草があり、不慣れな人間が手を出すと大変なことになる。


「討伐依頼じゃねえのか」


なんだ、と期待して見に来ていた人混みがぞろぞろ散っていく。

王立騎士と一緒に仕事をすることには変わりないだろうが、『一緒に討伐』ではなく『一緒に薬草採取』では逆に笑いものになるとでも思っているのだろう。討伐依頼でなければ実力を示せる機会は少ないだろうし、実際募集はFランクから引受可能な依頼だ。


「お前はやるのか、ユーリ?」

「うん、引き受けることにするよ。普通の依頼より報酬が良さそうだしね」


ニヤリと笑いながら手でお金のかたちをつくるとエドが苦笑した。


「相変わらずだな。行ったら騎士の奴らがどんなだったか教えてくれよ」


お金は大事。早く一人立ちして、リリスに一人前と認めてもらわねば。それに薬草採取は得意だ。一通りリリスから教えてもらっている。ランクが低くても受けられる依頼は貴重だ。


受付でニッツに依頼受理手続きを済ませると、まだ近くにいたエドが思い出したように話しかけた。


「そういえばユーリ、お前と話したがっている奴がいたぞ。見ない顔だったけど」

「ん? 誰?」

「あ、ちょうど今入ってきた奴だ」


入り口を振り仰いだ途端、心臓が大きく飛び跳ねた。


フードを目深に被った青年。口元も隠れておりほぼ目元しか見えない。


(ほとんど顔なんてわからないのに、それなのにどうしてこんなに……)


彼が辺りを見渡し、彼の鋭い目と目があった。身体中の血が頭に昇ってくるような気がする。


(顔が熱いっ……!)


睨まれたようにその場から動くことも顔を逸らすこともできないうちに、彼はまっすぐに歩いてきた。


「君に聞きたいことがある」


目の前に立ち止まると間髪入れずに切り出された。


「……っ!」


息を大きく吸い込んで、ようやく呪縛から逃れたように走り出した。


「っ、待てっ!」


彼が背後で声をかけるのも聞かず、一目散にギルドを飛び出していった。


(何なの……何なのあの人……)


走っていてもこれほど早く打ったことがない、というくらい心臓が鳴っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


王立騎士の依頼の集合場所、南部の森の入り口に行くと、既に20人程で彼らは待機していた。


「お前がギルドから募集要請を引き受けた冒険者か?」

「はい、Fランクのユーリです。宜しくお願いします」


事務官らしき騎士がギルドから届いたデータベースとユーリを照らし合わせながら訝しげな顔をする。


「まだ小さい子供みたいじゃないか。こんなので大丈夫なのか?」


不遜な物言いだが慣れているのでにこりと受け流す。


「薬草の知識は一通りあります。森の案内経験もありますし、体力と腕力は見た目以上にあります」

「ふん、荷物にはなるなよ」


補佐官のリロフだ、と名乗った彼は、ユーリを一睨みした後『出発だ』と周りに号令をかけた。


(依頼したくせに偉そうに、とリリスだったら怒っているかもな。

でもエリート騎士だけあって、プライドは高そうだけどギルドの仲間たちに比べると物腰は随分上品だ)


ギルドのことを思い出し、つられて出掛けに振り切って逃げてきた彼のことを思い出しそうになり慌てて頭を振った。


(仕事に集中しなくては!)


「今日中に2種の薬草を大量に集め、夕方までに先遣隊に合流する。……おい、お前本当に大丈夫か……」


今日の道程を説明していたリロフが、首をふるふると振っていたユーリに訝しげに声をかけた。本当に心配してくれているのかもしれない。説明も丁寧にしてくれるしいい人なのだろう。


「大丈夫です。ところで、鎮静効果の高い薬草、それにこの森の奥にある泉は鎮静作用の効果のある泉ですよね? 半狂乱になっている獰猛な獣でもいるのですか?」

「……」


冗談で言ってみたつもりだったのに、リロフは深刻そうな顔で前を見ている。


「何かあっても秘密はしっかり守ります。依頼引受時に機密保持契約を交わしていますから」


受理手続きの契約書類には魔法誓約が付いていて、依頼人に不利益になることは口外できない。もちろん法律外のことは除くが。


「目的地に付近に着けば何か勘付くかもしれないが……我が王立騎士団の問題だ。なるべく詳細は明かしたくない。

お前には悪いが目的地はかなり危険だ。安全の保証はできないため、依頼達成の後は速やかに目的地からは離れて欲しい」

「はぁ」


気の抜けた返事をしてしまったが、元々王立騎士団の依頼なんて特殊な任務、おかしな内容であることなど織り込み済みだ。こちらは割の良い報酬さえ貰えればオッケーなのだ。


薬草が生息している辺りまでやってきたので、紛らわしい毒草を避けながら薬草を回収していく。道中他の騎士達にも手伝って貰いながら午後半ばでようやく目的の量まで回収できた。


(しかし、森の中が随分荒れているような……)


以前来たときより枝が折れていたり時には大木に巨大な爪痕があるようだ。小動物どころか、鳥の囀りすら聞こえない。手負いの魔獣でもいるのか。彼らはその討伐任務でもしているのだろうか。極秘というのが気になるが。


「これで任務完了だ。任務中のことはくれぐれも口外するな。道中気をつけて帰れ」

「毎度ありです。あなた方も気を付けて」


リロフから完了書にサインを貰い、採取地から帰ろうとした時だった。


空気が震え、巨大な獣の咆哮が森の中に響き渡った。


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