1.2
その頃――
(わぁ、困った……)
洞窟の最深部に潜ってアイテム探索に勤しんでいたところだった。
アミールたちが『何でこんなところにあんなバケモノが! 撤退だ!』と言って走り去っていってしまったのだ。
目の前には大きな口に鋭い牙をずらりと見せているレッドドラゴンがいる。
「よしよし、群れとはぐれたの? 私も道案内を失って困っていたんだ。
お前、出口まで案内してくれない?」
ユーリはその鼻先にゆっくり手を伸ばす。途端、ガチッっと顎が鳴らされる。
危うく指先がドラゴンのおやつになるところだった。
ユーリはドラゴンの後ろに生える植物を見る。
「興奮作用のある薬草を食べてしまったんだね。それに、初めて一人になって気が立っているみたい。
ちょっと吐き出してもらおうかな。先に謝っておくよ。優しくできなくてごめん」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
洞窟の奥の方で地鳴りがした。
「ユーリ!!」
アミール達が洞窟の外から叫ぶ。
「はいっ!」
元気な返事が聞こえたと思ったら、ユーリがのんびりと洞窟から歩いてきた。
「お前、無事か?!」
「はい、ご心配おかけしました。採取していたアイテムも確保しています」
「そんなことより、レッドドラゴンはどうした?!」
「私に気づかずに洞窟の奥の方へ進んでいったようです。少しじっとしてやり過ごすことができました」
にっこり微笑む。
「相変わらず強運の持ち主だな。レッドドラゴンは高位の冒険者か騎士団討伐要請の対象だ! ギルドに帰ったらすぐ……」
アミールが言いかけていたところだった。
ドォォォン――!
爆発するような音がし、洞窟の上部から黒い影が勢いよく飛び出した。そのまま一気に黒い点になるまで見えなくなった。
(今度は群れからはぐれないようにね)
「あのスピード、あのパワー……ほんと誰も死者が出なかったのが奇跡だ……」
アミールパーティーの魔法使いはぺたりと腰を抜かしている。
「ユーリ、今日は特別ボーナス出してやる……」
「やったー」
喜ぶユーリを見て皆が顔を見合わせて笑っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「姫様! 本当ですか!? レッドドラゴンに遭遇したって!」
「だからそうだって言ってるでしょ。落ち着いてよ、リリス」
食卓で立ち上がったリリスを宥めながら上質なお肉を切り分ける。
「落ち着いていられますか! だから冒険者なんて危ないって言ってるのに……。
レッドドラゴンを一撃でのせる、なんてもし人間に知られたら、迫害間違い無しですよ!」
「大丈夫。上手くやるよ」
リリスはのんびりお肉を頬張るユーリの様子に歯噛みした。
「きぃーっ! 姫様全然わかってない! 本当に人間なんて信用ならない恐ろしいやつらなんですからね!」
「でも人間なんて他の種族に比べると非力なもので、私だってか弱くてできないことがたくさんあるよ。リリスや他の三人?もかなりの強さなんでしょ? 魔王はどうして敗れたの?」
前世のことはほとんど憶えていないのだ。何となくリリスの手に触れると懐かしい気がする程度だ。
か弱い、の部分にかなりもの言いたげな顔をしながらもリリスは答える。
「人間は手を組むのです。個の力は非力ながらも力を合わせて互いの弱点を補い合うのです」
「魔王だってリリスとか、軍団を持っていたんでしょ?」
「魔王に付き従った者たちはプライドが高く基本的に手を組むことはしません。徒党を組んだのは『あなた様』という圧倒的カリスマがいたからこそ成立したのです」
「私じゃなくて、私の前世ね」
そこはしっかり訂正しておきたい。
前世と現世は全く別物だ。そうでないと前世の罪の重さに押し潰されてしまうだろう。
リリスはユーリの言葉を無視して、顔を翳らせながら続けた。
「たかが人間ごときが何人集まろうとあなた様を倒せるようなことはなかったのですが……その当時、あなた様を打ち破る光があったのです……」
「リリス……」
リリスは前世の魔王を慕っていただろうから、思い出すのは辛いのだろう。悲しげな顔をしたリリスの手にそっと触れる。
「姫様……」
リリスは私の手を握って顔のそばに持っていき、頬を擦り寄せた。
「うふふ〜。姫様が私に優しい〜」
スリスリスリ
「やめろー! 離せ!」
「うふふ。イヤです」
「すりすりするなー!」
静かな森の中でユーリとリリスの喧騒がこだましていた。