1.1
「姫様! お目覚めの時間です!」
ユーリは朝日が眩しくてベッドの中でもぞもぞ動いた。
リリスがベッドの横で起こしてくる。まだ寝ていたい。
「姫様、起きないとお仕事に間に合いませんよ!」
目をしょぼしょぼと開きながら起き上がる。
リリスが長い赤毛を梳いて結ってくれる。
「嫌なら行かなくてもいいんですよ。私は冒険者なんて危険な仕事、反対なんですからね」
「ダメ、今日はアミールさんたちのパーティーのヘルプの予定だから」
まったくもう、と呟きながらリリスは朝食の支度に降りていった。
リリスは育ての親だ。魔女として薬の販売や呪術の治療などで生計をたてている。
育ての親といっても見た目は20代くらい、ピンクのふわふわの髪にくるりとした目が可愛らしいお嬢さんだ。お客さんからよくモテる。
物心ついた頃には自分の前世が魔王であるということを知った。リリスは魔王時代の腹心の部下であったらしい。
前世魔王だったといっても、今世は取り立てて目立つところもないないただの人間として、二人で市井に紛れながらのんびり暮らしている。
人間になったユーリは魔法を扱う才能が全くなかったらしく、Fランクのソロ冒険者として薬草採取など他のパーティーの助っ人として細々と活動していた。
過保護なリリスは当初は冒険者の仕事に反対していたが、ユーリが折れないとわかると『私が一緒に冒険者になるのでパーティーを組みましょう』と言ってくれた。
だがユーリとしては保護者同伴で仕事に行くなんて絶対嫌だった。何より、恐らく超高位の魔法使いであるリリスが冒険者登録なんてしたら、ギルドどころか街が大騒ぎになってしまうのが怖かった。
「たっぷり食べて、立派な魔王様になってくださいね」
「魔王様になんてならないって」
にっこり笑いながらリリスがご飯をよそうが、いつも通りスルーする。
魔王ではなく、立派な冒険者になりたいのだ。
「行ってきます」「お気をつけて」
いつも通りの挨拶を交わし、ギルドに向かう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おはようございます」
「ニッツさん、おはよう。アミールさん達はもう来てる?」
ギルド受付の笑顔の素敵な女性、ニッツに挨拶する。
「ええ、あちらの奥に。今日はエールの西洞窟の探索とアイテム収集でしたね。気をつけてくださいね」
「うん、ありがと!」
テーブルに行きがてら、他のテーブルの馴染みの顔に挨拶していく。
「おはよう、エッフェン。今日も愛刀のメンテに余念がないね」
「おはよう、アイルズさん。今日も狩り日和だね」
「エド、なんか耳寄り情報があったらまた教えてね」
日頃の挨拶は重要だ。
ふん、とか、おう、とか、あいよ、とかそれぞれと気安く言葉を交わしながら雑然と並ぶテーブルを奥へと進む。
「アミールさん、おはよう。今日はよろしく」
「おう、来たか! 荷物持ちのつまらない仕事で悪いが頼む!」
アミール達は戦士、魔法使い、弓使いの3人、Bランクのベテランパーティだ。
アイテムや道具類の運搬など、Fランクで依頼の少ないユーリによく雑務を頼んでくれる。
日頃のコミュニケーションの賜物だ。
今日の任務は街の西側エール地方の洞窟内のレアアイテム採取だ。
あそこはそれほど強い魔物も出ないはずだから余裕このメンバーなら余裕だろう。
(早く帰ってリリスにおいしいお肉でも買って帰ってあげよう)
ユーリはワクワクしながら冒険に出発した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
元気よく出ていく彼らを、依頼受付のカウンターから見つめる人物がいた。
「あんな華奢な女性も冒険者なのか」
「ユーリさん? 立派な冒険者ですよ」
受付のニッツさんが朗らかに応える。
「ユーリさんはああ見えて物凄い怪力の持ち主で、資材の運搬にとても助かると冒険者の中で人気ですよ。それにあの人柄ですから」
青年はフードを深くかぶり直してつぶやいた。
「あんな細腕で怪力なんてあるのか?」
「身体能力を強化する魔法が得意なんですよ。それに薬草の知識も詳しい。知り合いの魔女さんに教わったそうです」
「魔女!? 何という魔女だ」
青年は勢い込んで聞き返す。ニッツは勢いに圧倒されつつ、笑顔で返す。
「魔女リリス……この辺りでは有名な魔女さんですよ」
「そうか……ここにいたのか。それで、その魔女殿はどこにいる?」
青年は嬉しそうな呟きに、ニッツは困ったような顔をした。
「リリスさんを探していたんですね。ですがお一人で行くのはオススメしません。彼女の住む沼地は魔獣が多く、さらに呪われた土地と言われています。
突如一晩火柱が上がったり、三日三晩落雷がその地目掛けて降り注いだりするような場所、だそうですよ」
ニッツは脅かすような事を言う。
「それに、彼女の家を知る人はほとんどいません。彼女が街へ降りてくるのは早くて一ヶ月後でしょう」
「そんな……。早く会わないといけないのに」
青年は顔を歪める。ニッツはにこっと笑った。
「それでは、ユーリさんにご依頼ください。きっとあなたの期待に応えてくれるでしょう」