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夢も希望も無いので、帝国軍決死隊に志願します。

作者: 居残り

-きっと僕たちの生を重く、死を軽くさせていた-


 なあ、俺ら決死隊に志願しねー?

ふと浮き上がってきた言葉は検閲を逃れ、

隣で戦火を薄く匂わす天を仰ぎ見ていた熊埜御堂 航へと流れた。

然して意味がないその響きは確かなる魅力を秘めていたようで、

夢も希望もない若者二人を優しく誘った。


生きることに無気力な二人には決死なんて強い言葉は

遠く空の彼方の誰かのものなのである。

一呼吸、二呼吸挟んでは言葉を数回飲み込んで、

また呼吸を挟んで意外な言葉が返ってきた。期待通りでもあった。


「いいね、志願しようか」

きっかけはいつだったろう、今朝通学電車の吊り下げ広告の

志願者募集ポスターだったろうか。

はたまた帝国の影響が色濃い義務教育の中で培われた

当然の価値観というべきか、否。

自暴自棄なのである。




 現在、帝国領地球最終防衛区域旧日本国と

月の表層及び地下空間が帝国が支配する領土だ。

対する国際連合防衛議会と欧阿州連合は

旧アジア地域を除く地球全土を勢力下に置いている。


国際連盟共同月面開発臨時国家を基とする帝国は当初、

アジア二大国の軍事力を掌握しアジア全土に手を伸ばした。

その後、旧日本国を除くアジア地域の殆どが戦火により消失し

現在は軍事施設と荒野が広がっている。


双方に民間人を含む多大な被害を与えた結果、

両勢力の合意で民間人を巻き込む一切の行為が禁止された。

 旧日本国被害状況。首都壊滅、大阪近辺の大地の消滅、

関東より北の地域の軍事転用。


民間人は九州から名古屋までに一挙集中しており、

総人口は日本国のピークを越える。

その奇妙な人口の多さは帝国からの人員派遣をせず、

地球での戦闘員を現地確保する政策によるものである。


両勢力の上層部及び一般民間人は白人が半数以上を占めるが、

殆どのアジア人種が戦火で消失したにも関わらず帝国の戦闘員は全てアジア人。

その歪みは人類分布エリアの全てで強烈なアジア人差別を生み出している。




今朝通学電車で見た吊り下げ広告は遠の昔に古ぼけて、

しばらく入れ替わりがないことがわかる。

第一線パイロット志願者募集と書かれ、

ゲーム好きであれば目を惹かれる文言が添えられていた。


一般的な帝国軍入隊ルートは防衛大学、一般入隊、社会生活困難者徴兵制度、

そして決死隊。

この中で唯一最初から帝国軍最大の主力兵器である

"脊髄直結型外骨格ヒューマノイド五根塑像帝釈天mk.4de"

に搭乗が確約されるのは決死隊のみである。


敵の兵器との大きな差は精髄直結型外骨格という部分で、

手術により神経のバイパスを作り直接兵器に搭乗する。

対する敵の兵器は遠隔操作かつコマンド式なため、

出力は然程変わらずとも動きに相当な差が出る。


体を動かすつもりで動く30m程のヒューマノイドは、

その出力の高さから本物の身体よりよく動くらしい。

男の子であれば一度は操縦してみたいと思うだろうし、

実際自分自身それを望んでいた節はあった。




 「僕はいいんだけどさ、親御さんとかいいの?」

なるほどと思った。きっと返答が遅れた理由はこちらにあったのだ。

航は大家族の1人で全て帝国の奨学金を利用して生きてきた。

親も奨学金の返済のために出産ノルマを達成しているだけあってか、

自分自身のこととなると考え方が淡白なはずだからだ。


「大丈夫大丈夫、うちのあれは期待とかじゃねーから。

 親には、まあ言わなくていっか。お前が来るなら身辺整理とかいらねーよ」

嘘偽りのない言葉なればこそ、強がりと捨てた期待が尾を引いていた。

それからはとんとん拍子でことは運んで行った。


俺は捨てる、とにかく物を捨てた。

この世界から自分のいた証を綺麗に削除するかのように全てを捨てた。

思い入れのある品もこうなれば、ただのガラクタ同然だった。

一人暮らしの部屋を引き払い、

携帯端末から航と数人の仲間以外の連絡先の悉くを消し、

身支度するほどに心は軽くなっていった。




 最寄りの一学年3000人の公立小中高一貫学校のすぐ側に

防衛大学兼出撃基地がある。志願の手続きはそこで行う。

僕たちは死地へと向かう飛行機も出撃基地も幼い頃から眺めてきた。


勉強に飽きて空を眺めれば、すぐ誰かの死と繋がることが出来たのだ。

それはコンクリートで出来た味気のない建物で、

首都にある学校と地方にある学校で見た目の差異はなく、

隣には同じく防衛大学兼出撃基地あった。


統一された規格は統一された人を育み、統一された質問を生み出した。

「戦争ってなんですか?戦争って誰がしてるんですか?

 戦争って何のためにしているんですか?」

恐らく小学校で一番耳にする質問であろう。


戦争をしているのは自分たちで、言わば悪者で、

唯一人死にがでる立場にいても実感は湧かない物だ。

なぜなら、民間人の被害がお互いにゼロの状態で戦争をしているからだ。

それでも帝国の軍人とは旧日本国の民間人に他ならない。




 部屋を引き払った後、航の部屋に身を寄せていた。

質素な部屋だから、友達を呼んで遊ぶにはちょうど良く、

幾度となく他の仲間も含め夜を明かしたものだ。


2人で適当な朝食を済ませ、2杯目のコーヒーに手をつけると

テレビから流れてくるのはいつものニュースだ。

「昨日、我が帝国兵士256人が尊き死を迎えた。

 帝国軍総司令官はこの事を遺憾に思い....

 戦線は後退を余儀なくされ地球領地、一昨日比で99.23%となっており....」

ずっと昔から思っていたことがある。


民間人に被害が出ず、

一般的な生活をしていれば強制徴用されることもないのに

なぜこんなニュースばかり流すのであろうか。意味があるのであろうか。

そんな疑問も今や日常に溶け、思考として表面化することさえもなくなった。


「志願、いつにするか?」

航はキョトンとした顔で、考えてもなかったと言わんばかりの顔をする。

お互い顔を見合わせ、決定打になる意見を2人とも

持ち合わせていないことだけが確かだった。

そんなこんなで大学の友達と適当に遊びつつ有り金が尽きたら、

とかそんなふわふわした結論に達したのだ。


1日1日と自分が怠惰な時間を過ごす中で、

航は親に兄弟に決死隊志願の話を通し、何食わぬ顔で帰ってきた。

当たり前のことを定められたように行っただけのようだった。

そして仲間を呼びお別れ会と称した飲み会を何回か繰り返すうちに

とうとう2人とも有り金が尽きた。

悲しくはなかったし、

無感情という程でもない期待と諦めが形を成しては消えていった。




 「阿頼耶識 唯也。決死隊へ志願します。」

「熊埜御堂 航。同じく決死隊へ志願いたします。」

了、響く機械音声とこちらに一瞥しただけの審査官に

些か居心地の悪さを覚える。


無機質な部屋の中、2人の審査官がフロントに立っており

何やら事務仕事をしているが、

それは志願と関係があることなのかも窺い知れない。

フロント手前のタッチモニターに

生体認証から紐付けされたマイナンバーを通して情報が流れていく。


大昔、人は厳格には管理されていなかったらしいと思い出した。

それはきっと奇妙なことで、社会から認識されていなければ

自分がいるかどうかも怪しいからだ。

そんな不便な世の中には住みたくないと思っていたが、

こうも簡単に自分の全てを見透かしたように

モニターに人生が羅列されるのは楽しくはない。


一通りの情報が走馬灯のように流れていくのを眺めるうちに、

いつしか本当の走馬灯を見ていた。

まだ希望も形に成らない夢も漠然とある期待に胸躍っていた幼少期の頃だ。

ニュースはいつも暗い事ばかりだとしても、

それは当たり前のことで自分の毎日で精いっぱい。


要するに自分の人生を生きていたのだろう。

比べて今の自分はどうだ、走馬灯を見るには遅すぎて

既に見るに堪えない屍のような気さえしてくる。

せめて希望を持っていた頃の自分が死ぬ前に走馬灯を見ていたら、

志願を思い留まれたのかもしれないのにやはり遅すぎたのだ。


情報精査完。手続きを開始。

機械音声が思い耽るだけの時間を与えながらも強く現実に引き戻した。


やっと審査官がこちらを見据え、どうぞこちらにと次の部屋に通される。

統一された無機質な空間に頼りない長机が一つ、

椅子が二つあり審査官が嘸かしダルそうな様子で腰を掛ける。


部屋はほぼ左右対称、

奥行きも同じか少し長い程度の空間のちょうど真ん中に机があるのだが、

確かに審査官と志願者二人の距離は遠く離れているように感じる。

それから淡々と経歴の確認や志願理由等の質問があり、

段々と人生も感情も簡略化された表現に置き換えられていった。

一頻り必要な工程が終わるころには邪念も晴れ、

諦めの中に一人と一人がぽつり立っている。


「ではこの後、健康診断がありますから

 既定の書類を持ち医療棟へ向かうように。

 健康上の問題と脊髄直結型外骨格への適応確率が

 一定以上と確認が取れ場合、

 神経バイパス手術が行われます。」

書類といってもほとんどが電子化されているし、

生体認証で事が足りるのだから渡された書類数枚は、

手持ち無沙汰にならないための配慮のように思えた。




 正直面倒臭いという感情が湧いてくるのだが、

志願してしまった手前仕方がない。

夢も希望も無いから志願したはいいが、

志しも能動的な感情も持ち合わせてはいないのだから当たり前だろう。


不真面目な二人は皮肉な事に、

脊髄直結型外骨格との適合率は高評価だった。


流れ作業の間に医務官補佐が話してくれたのは

適合率で半分くらいの人が不合格なのよ、

だとか審査官っていうのは大体適合率が不合格だった人がなるのよ、

だとか不思議なことに

審査官が二度目受けると適合率があがってたりするの、

だとか噂話のように話してくれた。

二度目の検査で適合率が上がっているとはどういう事なのだろうか、

検査に意味があるのか疑問を持ちながらも

そんなには興味もなかったので聞き流していた。


ここまで来ても男の子だからか単純なもので、

脊髄直結型外骨格ヒューマノイド五根塑像帝釈天mk.4deに

乗れることが決まったことは少しのわくわく感をもたらした。


適合率で不合格、審査官にもならず、戦闘機パイロットとして

人間ミサイルになるという一番つまらないシナリオだけは回避できたのだ。

じゃあ、次は神経バイパス手術ね頑張ってきなさいと

医務官補佐に背中を押され二泊三日の手術入院が始まり、

一日目は身体を休め状態を整え、二日目はほぼ麻酔で記憶もない、

すぐに三日目の朝が訪れた。


朝目が覚めればすぐ異様に重い身体と頭部と背中の異物感に気付く、

両方のこめかみと肩甲骨と肩甲骨の間あたりに

金属パーツが組み込まれている。

まだ起き上がるには早いらしく

隣で同じく目が覚めた航としばらく話をしていた、

この神経バイパスを使ってVRゲームしたいよね

なんて下らないいつもの会話だ。


そして、しばらくすると担当した医務官より

手術結果と身体の状態の説明があった。

手術結果は良好で、

五感の全てがバイパス出来るようになっているとのことだった。

五感というからには、

味も感じるのかよと突っ込みを入れていい雰囲気なのかもわからず

二人とも頷くばかりである。


脊髄直結型外骨格ヒューマノイド五根塑像帝釈天mk.4deの五根塑像とは

眼根、耳根、鼻根、舌根、身根の五根を共有する、

土から出でいずれ土に帰る人間そのものという意味がこもっている。

やはり決死のため、死ぬための兵器であるのは明白だった。

こうしている間にも着実に命のタイムリミットは近付いてきているのだ。




 それから目まぐるしく日は積み重なり、堪らず息を吐いた。

元々集団行動も固められたスケジュールも得意なタイプではない。

決死隊志願兵の扱いは帝国軍の中で一番良い。


肉体的鍛錬、隊として集団行動が免除されるうえ、

好きなものが食べられるのだ。

だからと言って窮屈さを感じないかと言われるとこれは性だろう、辛い。


自室は8人ドミトリータイプ、

航も一緒でそれは楽しさがあるからいいのだが、

高校に責任と忙しさを混ぜたような生活習慣なのだ。


起床、朝飯、座学のあとは

狂ったようにシュミレーターでの訓練を繰り返す日々、

明日おそよ二週間目にしてやっと実機の登場訓練が予定されている。

部屋ではその話で持ち切りで、

いつぶりだろうかこんなに心躍り同じ話を集団でするのは。

忘れていた感覚が生への執着を擽るのは、

生きることを諦めた自分たちへの当てつけのようにも感じた。


目覚ましの音楽が鳴る、所属が別の隊員が飛び起きる中、

自室は皆もぞもぞとゆっくり動き出す。

「やっと実機訓練だー!」

消え入りそうなおはようの間をすり抜けて航の声が聞こえてきた。

そうだね、だったり楽しみだなという適当な相槌に嬉しそうな顔が見える。

彼は本当に死ぬことをわかっているのだろうか。

でもそれはきっと無粋な問いなのだろう。




 「エントリー開始しろ」

どこからしゃしゃり出てきたのか聞きなれない老人男性の声が響く

音声のみでアシストしてくれているオペレーターとは別に、

管制塔にはお偉いさんもいるようだ。


「了解、神経を接続します、各自端子位置を合わせ待機を」

「3 2 1 瑜伽プロセス開始。先ず眼根開通します。各自見えていますでしょうか

 耳根、鼻根、舌根、身根の順に開通しま... 

 って未だ聞こえてるわけないですよね

 耳根、鼻根、舌根、身根開通しました。同調率全員安定していますね。」


目を開けるという動作をしたわけではないのに、

訓練場の敷地の映像が見えていた。

風を切る音に地面の感触、乾いた土の匂いがする。

身体は浮いている様に感じていたが、そういうわけではなかった。

身体が恐ろしく軽く感じるのだ。

30mもの巨体は煩わしさを感じることなく、自然に馴染んでいた。


「凄い同調率ですよ、92%を超えています。名前はえっと阿頼耶識さんですね」

こちらに話しかけたというよりは管制塔の中の会話のようだ。

ほう、阿頼耶識だとか、

阿頼耶識かと納得するような声に、

名前負けしていないといいのだが

といった偉そうな声まで聞こえてきて

少し気恥ずかしさと不快さが込み上げている。

パンチャ バラーニだの唯識思想から至る、

52番に到達するなどわけのわからない言い争いまで始まっている。


「あ、そうだ。えーと、起動のためにマントラの詠唱をお願いします。」

航を皮切りにマントラが、恥ずかしそうにばらばらと唱えられた。

全個体起動を確認しましたとアナウンスがあるとお互いの姿を確認するように

訓練場に並べられたお互いの機体をきょろきょろと確認しあっている。

30mの巨体で迫力は相当なものなはずなのに、

皆そわそわしているから面白いのである。


「管制システムオフライン、自立制御システムに全権を移行。

 あ、無線は切らないでくださいね」

そしてお互いの損傷、訓練場の損傷をしない範囲で

自由に体を動かしてみるようにと言われると

各々、ストレッチの真似事をしたり、寝転がってみたり、

駆けっこしたりして感覚を確かめていた。




 その日を境に訓練は実機を使った演習に代わり、

一週間ほどの期間だが体感速度は相当早かった。

実戦配備はすなわちそのまま前線に行くことになる。


わかっていたがここまでくると自室のメンバーも

静かなもので神妙な面持ちへと変わっていった。

出撃基地での最後の夕飯は豪華で、

酔い過ぎない程度にとお酒までも用意されていた。


そこで気付いたことがある、

半数近くの同期がすんと落ち着いた表情で穏やかさを保っていたのだ。

力の入っていない、含みの無い表情だ。

昨日まで覇気のあった人でさえ落ち着いているのだ。


非常に妙で気持ちが悪いが、

死期を悟った人間が本当に悟ったような顔をすると聞いたことはあるが、

それはこの志願兵でも同じことが言えるのかと驚くばかりであった。

そしてわかったことがある、

その日ほとんどの決死隊メンバーの同調率が過去最高になっていたことである。


即ち、

死に近づき冷静を保った精神状態であればあるほど同調率はあがるようだった。

肝心な自分はというと同調率100%を記録した、

戦地以外では初めての数字だそうで

また管制塔のお偉いさんたちが嬉しそうにしていたのである。


酔いも回りお互いに抱き合ったり思い思いに最後の夜を楽しんだ後、

鏡の前で一人佇んでいた。

自分の表情がわからないのだ、自分の気持ちがわからないのだ、怖くないのだ、

そんな状況だけが怖かった。




 配備当日、三人一組の班に分かれ

それぞれ担当の前線基地へと向かっていった。

航とは別の班になり残念だったが特に何を感じるわけでもない。

早かれ遅かれどちらも数日中には死ぬだろうから、

こだわることでもないと思った。

それからのことは本当にどうでもよかった。

向かう途中班員と談笑していただけだった。


ただ、一つだけ印象に残った事がある。

搭乗する機体が傷だらけなのである。

現地のエンジニアが再利用多いからねと笑っていたが

死に装束が白無垢姿でないのは違和感を感じていた。

三人が搭乗し、神経が接続された。いよいよ死地へと向かう。


砲弾がかすめ、銃弾が機体にあたっても

さすがはこの巨体だけあってものともしなかった。


任務は単純で前線を進め敵前線基地を攻め落とすため、

敵の主力兵器と戦うことだ。

敵の主力兵器も似た形状スペックだが

やはり遠隔操作のコマンド式故に動きが悪いのは確かなようで、

敵の兵器5体に対してこちらは1体の応戦で事足りる。


やはり人が直接搭乗するメリットは確かなようで

面白いほどに戦況はこちらに傾いた。


なんだ、これでは案外楽に勝ててしまうと思った矢先班員の一人が発狂した。

痛い、熱い、寒い、辛い、語彙の数だけ苦痛を表現する。

だが、感覚のフィードバックこそあれど、

敵の兵器はそこまでの火力を有していないのだ。


咄嗟にもう一人の班員と引きずり基地へと戻る。

「あら、もうショートしちゃったか」

そう呟いたエンジニアへ機体を降りてどういうことかと問い詰めた。

「死を完全に覚悟しちゃって、

 同調率が上がり過ぎると脳神経が切れちゃうんだよね」

はあ、とため息のような相槌を打つ他なかった。


そしてもたもたもしていられなかった。

今は戦況が優勢とはいえ、放っておけば攻め入られ死者が出ることになる。

再び死地へ向かう他ない。




 納得がいってしまった。

事あるごとに利用せざるを得ない奨学金、

返済のためには出産ノルマか出兵の必要がある。

ありとあらゆる場所において

一身にヘイトクライムを集めるアジア人という鳥籠の鳥。


これらすべてが効率よく脊髄直結型外骨格ヒューマノイドへの

同調率の高い人間を軍に供給するためにシステムであることに。

そして同調率とは死を悟ることによって上昇し、

自ら死を受け入れることによって限界を超えてしまうことに。


ふざけるなと言いたかった。

でも言っても意味があることとは思わないし、

その気力は遠の昔に消え去っていた。

だから自分の同調率が高いわけだと

少し笑えてきてしまったのである。

これでよかったと多分納得出来てしまう自分が酷く情けなくて、

嫌いになれない自分らしさでもあった。

ここまでされて尚、自分のために怒る牙を削ぎ落とされていた。


ふと我に返る。航のことだ。


あいつは確かに生きることに無頓着で死を悟ってしまう人間かもしれない。

それでも純粋にこの機体、

五根塑像帝釈天に乗ることを心から楽しみにしていたように思う。

自分のためには怒れなくても、友達のために怒るべきなんじゃないかと思う。

誰かの命の糧となる死を選んだつもりが一人の死を許せない。

自分の死をいくら悟ってもそれは自分の話だからだ。


航が志願したのは自分が誘ったからであった、

航にはまだ生きてほしいと願った。

でも、先ずこの戦場を終わらせなければならない。

そしてどうにか生きて合流することだ。




 何はともあれ乗るしかないのだ


「瑜伽プロセス開始 ナウマク サンマンダ ボダナン インドラヤ ソワカ」


-同調率に異常、100%を超えています- と制御システムが訴える。

でも、発狂した班員のようにはなっていない。死を悟っても認めていないのだ。


-眼根、耳根、鼻根、舌根、身根、同調率100%オーバー-

-五根塑像帝釈天との同調率、観測領域を出ます。脳負荷未知-

-五根+1、意根の発現を確認。同調率尚も上昇中-

-意根シンクロ率100%達成、尚も上昇、逆流します-

-これより六根全てを五根塑像帝釈天と

搭乗員の脳での並列処理に移行。意識掌握確認-


先ほどまでとは比べ物にならない出力で動くことが出来た。

同調率が与える戦力開放量の規定数値を優に超えているのだろう。

一身腐乱に薙ぎ払い攻め落とす、敵は遠隔操作だから死なない、

死ぬとしたら自分だけだと思うと安心感がある。

邪念を振り払いただ目的のために身体は突き動かされた。


再びシステムが告げる。

-六根清浄、至り-

-反転します、信根、勤根、念根、定根、慧根のプロセスを開始-

-瑜伽精度向上を図ります。失敗。再度実行。失敗-

-念根を脳の単一処理に変更。瑜伽精度向上を図ります。成功-

-念の拡大を確認。脳を念専用領域に指定-

-五根塑像帝釈天、定義を拡大。五力塑像帝釈天-


その機体は既に人智を超えていた。基地より通信が入る。

「名前負けはしていなかったな、

 三十七道品が二つの方法から解脱に向かうとは!」

煩かった。無線を切った。お前らが悪いんだろう。

不快というわけではないが、

口から出かかった言葉を救い上げようと水面に顔を付ける。

そこに何かあるわけではなかった。漠然と水流だけが感じられるばかりだ。


-末那識に到達、自我の掌握を開始。失敗-

-末那識、名前を変更、執我識、一時破棄します-

-限定的阿頼耶識を再現。刹那を観測-

-諸法無我、定義を形成-

-阿頼耶識到達。仏性確認、仮称[憍尸迦]-

-帝釈天、顕現します-


機体はいつしか遠い昔恐れられた神の姿へと変わっていた。

この機体を使ってするべきことは明白だった。

声に出して残すべきことも明白だった。


「人の身で神を模し、

 人の身に許された51の悟りを越えようとすればこうもなる」

元凶である月の住人、そして旧日本国の帝国軍を埃を払うかの如く薙ぎ払った。

その中にはきっと航もいたことだろう。


「こんな粗末な仏像を一つでも残してはおけない。

 この機体も破壊しなくてはならない。

 俺が機体から降りるとき、人の身ではこの智に耐えられず消える。

 端から願っていた事だったし、それにこれはインドラでも増してや悟りでもない。

 ただ単に蝋の翼を捥がれただけのことだから」


心も身体も軽かった、そうすることが正しいと思うようにだけ身体を動かした。

何も悟っておらず、自滅的思考に花咲いた一人の若者がいた。

それこそが人間を人間たらしめる。

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